九個目のたこ焼き
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
商店街のたこ焼き屋「八粒堂」。
この店のルールは、とても単純だ。
たこ焼きは八個で一パック。
五分に一粒。
四十分で一箱。
常連なら誰でも知っている。
今日も機械はゆっくり回っている。
ぽと。
五分。
ぽと。
十分。
店主は少し元気がなかった。
風邪というほどではないが、
体が重い。
新聞も今日は読まず、
ただ椅子に座っている。
その時、年配の女性が店に来た。
常連ではない。
しかしどこか懐かしい雰囲気の人だった。
「たこ焼き一つください」
店主は小さくうなずいた。
「はいよ」
機械はいつものように回る。
ぽと。
一粒。
ぽと。
二粒。
女性は静かにベンチに座って待っていた。
スマホも見ない。
ただ商店街を眺めている。
三十分ほどたった頃。
女性がぽつりと言った。
「昔ね」
店主は聞いているのかいないのか、
静かにしている。
女性は続けた。
「主人がたこ焼き好きで」
少し笑う。
「よく買って帰ったんです」
ぽと。
七粒目。
女性は言う。
「二人で半分ずつ」
少し遠い目をする。
「四つずつ食べるんです」
そして四十分。
ぽと。
八粒目。
店主が動く。
トングで集め、
いつものパックに入れる。
その時だった。
ぽと。
もう一粒落ちた。
常連なら首をかしげる光景だ。
たこ焼きは八個のはずだ。
だが今日は——
九個あった。
店主は少しぼんやりしていた。
何も不思議に思わず、
九個をそのまま入れようとした。
しかしパックは八個用。
どうやっても収まらない。
少し押してみる。
すると不思議なことに、
九個全部がきれいに入った。
店主は気にしない。
「お待たせ」
女性に渡す。
女性はパックを開けた。
そして少し驚く。
「……あら」
九個ある。
女性は店主を見る。
「これ」
店主は首をかしげる。
「?」
女性は少し考えた。
そして小さく笑った。
「いいの?」
店主は言った。
「今日はサービスです」
自分でもなぜ言ったのかわからない。
女性は静かにうなずいた。
ベンチに座る。
そして一つ食べる。
「おいしい」
二つ。
三つ。
四つ。
そこで手が止まる。
パックの中には、あと五つ。
女性は空を見た。
夕方の色。
少し冷たい風。
そして言った。
「ねえ」
誰にともなく。
「今日は」
たこ焼きを一つ持つ。
「あなたの分もあるよ」
女性は五つ目を食べた。
六つ。
七つ。
八つ。
そして最後の一つ。
少しだけ時間をかけて食べた。
女性は立ち上がる。
空のパックを返す。
「ごちそうさまでした」
店主はうなずいた。
女性は帰っていく。
商店街の向こうへ。
その背中を見ながら、
常連がぽつりと言った。
「なあ」
店主を見る。
「今、九個入ってなかったか?」
店主は首をかしげる。
「そうでしたっけ」
機械は静かに回る。
ぽと。
また一粒。
常連は小さく言った。
「たこ焼きは八個だろ」
店主はゆっくり答えた。
「そうですね」
そして少しだけ笑った。
「でも今日は」
機械を見る。
「もう一人来てたのかもしれませんね」
夜の商店街に風が吹く。
どこかで誰かが笑ったような気がした。
そしてこの店では今日も——
ぽと。
丸い時間が焼き上がる。
この話は少しだけ切ない話です。
八個のたこ焼き。
それは
二人で分ける数。
しかし今日は九個。
つまり、
もう一人分が残った。
それは
思い出の人
亡くなった誰か
心の中にいる人
かもしれません。
そして不思議なことに、
この店では
そんな人の分も、時々焼けてしまう。
たぶんこの機械は、
未来だけではなく
人の想いも見ているのかもしれません。




