表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たこ焼き 八粒堂  作者: さんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

奇跡のたこ焼き

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

商店街のたこ焼き屋「八粒堂」。


今日も店の奥では、

銀色の機械が静かに回っている。


ぽと。


五分に一粒。


この店のたこ焼きは、ゆっくり生まれる。


常連たちは、それを急がず見守る。


新聞を読む人。

ぼんやり空を見る人。

機械を観察する人。


この店では、「待つこと」も楽しみになる。

それはもう、ひとつの優雅な遊びのようだった。


だが常連の間には、

ひとつだけ、妙な噂があった。


それは——


「千個に一粒、奇跡のたこ焼きがある」


誰が言い出したのかは分からない。本当かも分からない。


ただ、そのたこ焼きを食べた人は、

不思議と幸運を呼び込むとか。


事故を避けた者。

失くし物が戻ってきた者。

電車に乗り遅れたことで、大きな災いを免れた者。


そんな話が、ぽつぽつとあるのだ。


もちろん、誰も本気にはしていない。

偶然かもしれないしそうでもないかもしれない。


店主ですら知らない。

機械はただ、たこ焼きを焼いているだけだからだ。


その日。


一人の青年が店に来ていた。


スーツ姿。

面接帰りらしく、少し疲れた顔をしている。


「一つください」


店主は新聞を畳んだ。


「はいよ」


青年は静かに待った。


ぽと。


一粒。


ぽと。


二粒。


その間、青年は履歴書を見直していた。


「はあ……」


小さなため息。


どうやら面接はうまくいかなかったようだ。


四十分後。


八粒そろった。


店主が箱に詰める。


「お待たせしました」


青年は礼を言い、店の前のベンチに座った。


たこ焼きを一つ食べる。

二つ食べる。


三つ目を口に入れた、その瞬間——


景色が、少しだけ揺れた。


いや、揺れたのではない。


一瞬だけ、違う光景が見えた。


商店街の交差点。

トラック。

急ブレーキ。

自転車。


そして——


衝突。


青年は、はっとして立ち上がった。


「……今のは」


ただの想像かもしれない。

だが胸がざわつく。


青年はたこ焼きを店に置いたまま、急いで交差点へ向かった。


ちょうど信号が青になったところだった。


しかし——


青年は足を止めた。


「……危ない」


思わず、声が漏れる。


前を行く自転車の男が、わずかに顔を上げた。


後ろの人が言う。


「どうしたんですか?」


青年は答えない。


数秒後。


ドンッ!


トラックの急ブレーキ。


自転車が弾かれる。


人々がざわめく。


青年は息を呑んだ。


——だが。


男は地面に倒れ込みながらも、

ゆっくりと体を起こした。


「大丈夫か!」


誰かの声。


「あ、ああ……」


男は呆然としながらも頷いた。


大きな怪我は、なさそうだった。


青年は立ち尽くした。


——さっき見た光景と、少しだけ違っていた。


青年は店に戻り、たこ焼きの箱の中を見た。


残っているたこ焼きは、どれも同じに見える。


——だが。


さっき口にした一粒だけが、

どこか違っていた気がした。


常連が、いつの間にか隣に立っていた。


「たまにあるんだよ」


青年が振り返る。


「何がです?」


常連は笑った。


「未来の味がするたこ焼き」


青年は言葉を失った。


信じられない。

だが確かに——


さっき、未来を見た。


そして、ほんの少しだけ違った。


店主は新聞をめくりながら言った。


「さあねえ」


少しだけ笑う。


「うちは、ただのたこ焼き屋ですよ」


そして軽く笑う。


青年は黙って、残りのたこ焼きを見つめた。


その中に、もう奇跡の一粒はない。


千個に一粒。


それは偶然の産物。


店主も、常連も、

本当の理由は知らない。


ただ一つだけ分かっていることがある。


この店では今日も——


ぽと。


まるで、時間が一粒、焼き上がったかのように、


いい匂いが香っていた。


そして、ほんのまれに。


未来も、少しだけ、焼き上がるみたいだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ