「八粒堂」の時間の謎
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。
なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
商店街のたこ焼き屋「八粒堂」。
今日も店の中では、銀色の機械がゆっくり回っている。
ぽと。
五分に一粒。
その規則正しい焼き上がり、常連たちは静かに眺めていた。
この店では、それがもはや当たり前の光景だった。
そこへ、あの男
昨日のせっかちな客が、今日も来ていた。
彼は昨日、この店でたこ焼きを二箱待った。
一箱四十分。
順番待ちを含めて——きっちり二時間。
途中で帰ることもできたはずだった。
だが、不思議なことに、銀色の機械を眺めているうちに、
帰るという選択肢そのものが、静かに消えていた。
機械を見ながら、常連と話して、
何かに追われていた彼は、
気づけば二時間を過ごしていた。
そして、店を出たとき違和感に気づいた。
商店街は、何も変わっていなかった。
魚屋の呼び声。
誰かの自転車のベル。
遠くの方でパンが焼けるパン屋の匂い。
「たこ焼き屋に入る前にも、パンの匂いがしたが、今、何時なのか」
せっかちの男は、独り言を言いながら時計を見る。
止まっている。
「あれ?遅れているのか?」
もう一度見る。
今後は、スマートフォンの時間を確認する。
不思議と……十分しか経っていない。
彼は振り返った。
「え?」
店の中では
ぽと。
五分に一粒変わらずたこ焼きが落ちている。
——あの二時間は、どこへ消えたのか。
そして、今日。
男は再び、八粒堂の前に立っていた。
扉を開ける。
「いらっしゃい」
店主が、軽く新聞を畳、いつも通りの声で迎える。
男はゆっくり店内を見渡した。
昨日と同じ光景。
同じ機械。
同じ速度。
ぽと。
五分に一粒。
男は席に腰を下ろした。
常連が笑う。
「戻ってきたね」
男も少し笑った。
「ええ、まあ……確かめたくて」
「何を?」
男は機械を見た。
「昨日の二時間です」
店主が新聞をめくりながら言った。
「いましたね、きっちり」
男は頷く。
「でも外では、十分しか経っていなかった」
店主は、わずかに口元を緩めた。
「そういう店なんですよ。お客さん気にしすぎです。」
隣の常連が、ぽつりと呟く。
「知らないの?」
男が聞く。
「何を?」
常連は機械を見つめ、指を指す。
ゆっくり回る鉄板。
膨らむ生地。
そして——
ぽと。
落ちるたこ焼き。
少し声を潜めて言った。
「実はさ、この機械さ」
間を置く。
「時間を食べるんだよ。」
男は苦笑し、全く信じていない様子。
「そんな馬鹿な!」
別の常連が肩をすくめる。
「たこ焼きが焼けてるんじゃない」
「時間を焼いてるんだ」
男は黙って機械を見た。
五分。
一粒。
つまり——
五分という時間が、一粒のたこ焼きになる。
店主が言った。
「この店で待つ時間はね」
トングをくるりと回す。
「外の世界から借りてきた時間じゃないんです」
そして静かに続ける。
「ここで生まれた時間なんですよ」
ぽと。
また一粒、落ちた。
男はそれを見て、ふっと笑った
「なるほど」
常連が聞く。
「何が?」
男は答える。
「だからみんな、のんびりしてるんですね」
機械を見つめたまま続けた。
「ここでは、時間が減らない」
店主が頷く。
「まあ、そういうことです」
やがて男は店を出た。
今度は、時計を見なかった。
代わりに、空を見上げる。
商店街は、いつも通り喧騒の中にあった
けれど——
彼の歩く速度だけが、
ほんの少し、ゆっくりになっていた。
そして店の中では、今日もまた、
ぽと。
いつも通り、時間が一粒、焼き上がって、いい匂いが香っていた。




