第576話「氷没古都アバランシュと、風寒(ふうかん)の関節刺」
港町ノース・ヴェイルの冷気ノードを撃破し、一時的な温もりを取り戻した往診チーム。しかし、崩落した祭壇の背後から姿を現したのは、ガルフレイド大陸の最奥へと繋がる漆黒の大裂溝でした。縦穴の先に広がるのは、数百年の昔に凄まじい寒波によって丸ごと氷漬けにされたという幻の都市『氷没古都アバランシュ』。猛烈な寒風(風寒の邪)が吹き荒れ、足を踏み入れる者の関節や筋肉を瞬時に凍てつかせる死の古都で、往診チームを待ち受ける新たな激闘と東洋医学の奇跡を描きます!
ヒュゥゥゥゥゥ……ッ!!
大裂溝の縦穴を降下した往診チームの視界に飛び込んできたのは、息をのむほど幻想的で、そして恐ろしい光景であった。
見渡す限りの空間に広がるのは、青白い巨氷の中にそっくりそのまま閉じ込められた巨大な石造りの街並み。
高層の塔も、壮麗な神殿も、かつて賑わっていたであろう広場も、すべてが分厚い透明な氷の層に包まれ、時を止めている。
東方寒冷大陸『ガルフレイド』の歴史から数百年前に姿を消した伝説の都市――『氷没古都アバランシュ』。
「う、うわぁぁ……っ! 街全体が、まるでお部屋の角氷の中に沈んじゃってるみたい……! でも、すっごくきれいなのに、寒さが港町の比じゃないよぉ……っ!」
ネネが分厚い毛皮のフードを目深にかぶり直し、ガタガタと震えながらすり鉢を胸に抱きしめた。
「美しいのは表面だけだぞ、ネネ。足元を見ろ……」
ハクが片眼鏡の位置を直し、足元の氷床を指さした。
青白い氷の層のわずか数メートル下。そこには、数千人もの古都の住民や兵士たちが、当時の姿のまま凍りつき、まるで助けを求めるように手を伸ばした姿で静止していたのだ。
「……寒邪に侵され、逃げる間もなく全身の気血が凍結した痕跡です。ですが……驚くべきことに、彼らの胸の奥には、かすかですが生命の原熱(陽気)が『氷漬けの仮死状態』として奇跡的に残っています」
枢は氷床に膝をつき、透き通る氷越しに住民の体表面の様子を観察しながら呟いた。
「仮死状態……!? 先生、それじゃあこの街の人たちは、数百年間も生きたまま凍りつかされてるってことかい!?」
ガストンが目を見張り、太い拳をギュッと握りしめた。
「ええ。ですが、不用意に外部から急激に温めたり、物理的に氷を砕こうとすれば、凍りついた血管や組織が破壊され、二度と目覚めることはなくなります。内側から正しく気血の巡りを再開させ、徐々に解凍しなければなりません」
『――クックック……不法侵入者が現れたか。我が主『絶陰の四皇』の眠りを妨げる者は、この古都の石像と同じ運命を辿るが良い』
その時、氷の建造物の屋根の上から、高らかで冷酷な笑い声が響き渡った。
姿を現したのは、半透明の氷の鎧を身に纏い、二本の巨大な氷結鎌を構えた異形の怪人――寒邪の四天王が一人『風寒の鎌フレイス』!
フレイスが鎌を大きく一閃すると、古都の通りを一気に突き抜ける「狂乱の吹雪(風寒の邪)」が渦を巻き、暴風となって往診チームへと襲いかかった!
バシバシバシッ!!
「ぐぁっ……!? こ、この風……刃みたいに鋭いだけじゃねえ! 風が当たった瞬間に、関節の節々が激痛を起こして動かなくなりやがる……ッ!」
ガストンが盾を構えたまま、膝と肘を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
「 clinical に見て、これが東洋医学でいう『風寒の邪』か……! 外からの猛烈な『風(風邪)』が『冷え(寒邪)』を連れて肌の毛穴(蠠理:しんり)から侵入し、関節や筋肉の経絡に直接突き刺さって動気(気血)を完全停止させてやがる!」
哭が短剣を握る手首を痛そうにさすりながら、歯を食いしばる。
「その通りです! 風は経絡の奥へと邪気を誘導し、寒は一瞬で凝固させる。この『風寒相搏』の病理こそ、関節を激痛で麻痺させ、全身を強直させる最大の要因……!」
枢は吹き荒れる風寒の嵐の真ん中で静かに立ち上がり、往診鞄から細長くしなやかな白銀の聖鍼を滑り出させた。
彼が狙うのは、人間のあらゆる関節の痛みと緊張を解き放ち、体表の風邪を追い払う「風の関門」――!
「ガストンさん、哭! 激痛に耐え、私の背後で気道を確保してください!」
「おうよッ! ガルフレイドの民を救うためなら、肘の痛みくらい突っ張ってみせるぜ!」
ガストンと哭が互いの背中を預け合い、踏ん張りながら陣形を維持する。
「ハク、リナ! 身体を内側から温め、風寒を体表から発散させる『葛根湯』と『桂枝湯』の発汗・解表蒸気を我々の周囲に展開しなさい!」
「了解です! 太陽の熱気を宿せ、解表温気噴霧ッ!!」
ハクとリナの放った薬湯の香ばしく温かな蒸気が、往診チームの身体を優しく包み込み、毛穴をふんわりと温めて開いていく。
「今です……! 風寒の邪気を追い払い、筋肉と関節の拘縮を打ち砕く!」
シュッ――!!
枢の指先から放たれた聖鍼が、ガストンの首の後ろ、髪の生え際の外側にある大きな凹み――風邪の侵入口であり最高の駆風穴『風池』、そして首の根元の巨大な熱の集積穴『大椎』へと吸い込まれるように刺入された!
「さらに……手足の関節を通じさせ、風寒を体外へ追い出す『風市』へ!」
ガストンの太ももの外側、手を自然に下ろした時に中指の先が当たる名穴『风市』へ、枢の繊細な旋転手技が施される!
ドクン……ッ!!!!
「――ぐ、おおおおおッ!?!? 肘と膝の激痛が……一瞬で消えたッ!? 固まってた関節が、油を差したみたいに軽く、熱く動くぞぉぉッ!」
ガストンが驚喜の声を上げ、巨大な盾を羽のように軽々と振り回してみせた。
「『風池』と『大椎』で体表を塞ぐ風寒の邪気を追い払い、『風市』で下半身と関節の血流を一気に開放しました! これが、風寒の邪を退ける『解表散寒』の術です!」
「な……なに!? 我が誇る絶対凍結の鎌風を、たかが数本の鍼で無効化するだと……!?」
屋根の上のフレイスが驚愕に目を見開く。
「 clinical に見て、お前の鎌風なんて相棒の鍼の前じゃただの冷やし中華の風だぜ! 影疾風・寒邪一閃ッ!」
関節の痛みを完全に克服した哭が影となって跳躍し、フレイスの氷結鎌を一撃で叩き割った!
「ぐわぁぁぁぁぁッ! 覚えていろ……『絶陰の四皇』様が目覚めれば、お前たちなど……ッ!」
フレイスは捨て台詞を残し、古都のさらに深い闇の中へと逃走していった。
◇
風寒の嵐が止み、静けさを取り戻した氷没古都アバランシュ。
「助かりました、枢先生。……ですが、あいつの言っていた通り、この古都の最奥にはさらなる絶望――『絶陰の四皇』と呼ばれる古の魔導士たちが眠っています。彼らが目覚めれば、ガルフレイド全土の仮死状態の住民たちは永遠に命を失うでしょう」
ガイルが古都の最奥にそびえる「大氷結晶宮」を見上げて呟いた。
「恐れることはありません」
枢は氷漬けの住民たちへ優しく視線を向け、往診鞄を力強く抱え直した。
「数百年の時を超え、彼らが再び温かな陽光の下で目を覚ますその時まで……私の鍼と皆さんの生薬で、この冷え切った古都の生命力を必ず蘇らせてみせます!」
古都アバランシュの深い闇と、眠りし数千の命を救うため――往診チームの熱き探訪は、さらなる深遠なる戦いへと突入していくのだった!
第576話をお読みいただき、誠にありがとうございました。
今回は、数百年前の寒波によって丸ごと氷漬けにされた伝説の都市『氷没古都アバランシュ』に足を踏み入れた往診チームが、寒邪の四天王フレイスの繰り出す「風寒の邪(強い風と冷えが合体した邪気)」による関節痛と強直の攻撃に対し、枢先生の『風池』『大椎』『風市』への鮮やかな刺鍼と漢方生薬の連携によって打ち破る、新展開の熱い救命劇をお届けいたしました!
さて、今回は作中でガストンさんや哭が襲撃され、枢先生が速やかに解決した「風寒の邪(風邪+寒邪)」の病理に基づき、「冬場の冷たい風に晒されたり、夏場の強いエアコンの冷風に直接当たり続けたことで、首や肩、肘や膝などの関節が急激に痛む・固まって動かしにくい、ゾクゾクとした寒気(悪寒)がして首の後ろがカチコチに凝り固まっている時」に、体表の毛穴を開いて体内に侵入した冷えと風の邪気を追い払い、関節の痛みを劇的に和らげてポカポカにしてくれる最高峰の駆風散寒の名穴をお届けします。
今回ご紹介するのは、首の後ろにある、風邪の最大侵入口にして最高の撃退穴『風池』です。
場所は、**首の後ろ(後頭部)の生え際で、太い首の筋肉(僧帽筋)の外側の凹んだ部分(頭を少し後ろに倒した時に、指がすっぽりハマって頭の奥までズーンと心地よい響きが抜けるところ)**にあります。
東洋医学において「風」のつくツボは、体外から悪さをする邪気(特に風寒)が集まりやすい場所とされています。強い冷風に当たって「あ、風邪をひきそう」「首や肩の関節が冷えて痛む」と感じた時は、この『風池』から冷気が侵入しています。ここを適切に温め・刺激することで、作中の枢先生が聖鍼で風寒を追い払ったように、体表の血流が一気に巡り、固まっていた首・肩・関節の緊張と痛みがスーッと解け去ります。
ケアする場合は、両手で頭を抱えるようにし、親指の腹を左右の『风池』に当て、頭の中心(鼻の奥)に向かってじわーっと気持ちいい強さで5秒間押し上げるのを5回ほど繰り返してみてください。また、シャワーを浴びる際に『風池』やその下の大椎(首の根元)に熱めのお湯を数十秒間当てるだけでも、全身の寒気が吹き飛び、風寒に負けない軽やかで健やかな身体を取り戻すことができますよ。
次なる第577話は、明日**7月26日(日曜日)のお昼【12:00】**に更新を予定しております。大氷結晶宮へ向かう往診チームの前に立ちはだかる、新たな氷の病理とは!? どうぞお楽しみに!




