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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第六章:過労の覇権と再生の経絡】

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第534話「暴君の執務室と、聖鍼の対峙」

地下ホールの異様な光景をあとにし、ついに最上階の執務室へと辿り着いた往診チーム。扉の向こうから聞こえるのは、かつて「街の女傑」と呼ばれた面影を失った、冷酷な領主ルクレツィアの叱責の声でした。暴君との直接対峙、どうぞお楽しみください。

 地下の異様な残業空間を抜けた往診チームは、バザルの手引きによって、誰に見つかることもなく館の最上階へと続く隠し螺旋階段を登りきった。

 辿り着いたのは、天井が高く、四方に精緻な彫刻が施された豪華な廊下の一角。その突き当たりには、ひときわ重厚な存在感を放つ黒檀の巨大な両開き扉――領主ルクレツィアの執務室が、静かに佇んでいた。

 しかし、その美しい大理石の廊下に漂う空気は、先ほどの地下ホールに負けず劣らず異常なものだった。換気が行き届いているはずの広い空間であるにもかかわらず、まるで重油が床一面に焦げ付いているかのような、胸がムカムカとするほど淀んだ「不調の気配」が充満しているのだ。


 「――なぜ、今週の東方航路における関税収益の予測値が、予定の4・2%も下回っているのですか。私は数字のズレを最も嫌うと言ったはずですが」


 厚い黒檀の扉を透過して、低く、硬く、そして一切の人間的な感情が削ぎ落とされた女性の声が、冷徹に響いてきた。


 「ひっ、う、申し訳ございません、ルクレツィア様……! ですが、先日の海域の異常気象の影響で、商船の到着が大幅に遅れておりまして、どうしても実数が……!」


 「言い訳は不要です。そのような瑣末な自然現象を予測し、事前に補填の計算を終わらせておくのがあなたの仕事でしょう。今夜中にすべての関税割当を再計算し、明朝の6時までに私の机に提出しなさい。終わるまでは一秒の睡眠も許可しません。人間は、限界を迎えてからが本当の『成果』を出す時間です」


 「そ、そんな……! 私はもう、この五日間で合計3時間しか寝ておらんのです! これ以上は、本当に命が……!」


 「成果を出せない命に、一体どのような価値があるというのですか。これ以上私の時間を奪うのであれば、即座に職を解き、地下の強制査定場へ送ります。……下がりなさい」


 「あ、ああ……っ!」


 ガタガタと激しく椅子が引かれる音が聞こえ、すぐに扉が勢いよく開いた。中から飛び出してきたのは、高級な仕立ての服を着た、初老の財務官とおぼしき男だった。しかし、その顔は完全に生気を失い、幽霊のように真っ白で、涙と脂汗でドロドロに汚れきっていた。男は往診チームの姿に気づく余裕すらなく、狂ったように頭を抱えながら廊下を走り去っていった。


 「……酷いな。声を聴くだけで、喉の奥がガチガチに締感覚が分かるわ。バザル、あの声が本当に、昔は優しかったっていう領主様なの?」


 リナが不快感と恐怖が混ざった表情で、自身の細い腕を抱えながら身震いした。バザルは、かつてないほど悔しそうに拳を血がにじむほど強く握りしめ、低く掠れた声で応じた。


 「間違いありません……。ですが、あんな声は昔のルクレツィア様じゃねえ。昔のあの方は、俺たち衛兵が夜勤で疲れていりゃあ、『男ならもっと飯を食って寝ろ!』って、自ら厨房に立って巨大な肉塊を焼いて奢ってくれるような、豪快で情に厚い、誰もが憧れる最高の姉御肌だったんだ……! なんで、なんであんな冷酷な化け物みたいになっちまったんだ……!」


 「臨床的に見て、完全に精神の経絡が何者かによって書き換えられているな」


 哭が外套のフードを少し持ち上げ、扉の隙間から漏れ出る気配を、深紅の瞳で冷酷に観察した。


 「ただの過労や性格の豹変ではない。身体の防衛本能である『疲労感』そのものを魔力によって強制的に遮断され、脳の最も原始的な部分が『効率』と『成果』という強迫観念だけで駆動させられている状態だ。いわば、壊れたまま限界を超えて回転し続ける魔導エンジンと同じだな。遠からず、すべての血管が破裂して狂い死ぬ。……悪趣味な呪縛だ」


 「……アドバイザーを名乗る魔王軍の幹部、そいつがルクレツィアさんの身体に、その最悪な呪いを植え付けた張本人ですね」


 ハクが怒りに声を震わせながら、医療カバンから数本の清潔な鍼が入ったケースを取り出し、枢へと手渡した。


 枢は静かにその鍼を受け取ると、白銀の瞳をまっすぐに黒檀の扉へと向けた。彼の表情には、激しい怒りではなく、重篤な患者を目の前にした医療従事者としての、果てしない慈悲と絶対の覚悟が宿っていた。


 「行きましょう。どれほど深く凝り固まった呪縛であろうとも、人間の命が巡る輝きを、私は諦めません」


 枢が静かに一歩を踏み出し、その細くしなやかな指先を、黒檀の重厚な扉へと掛けた。

 ノックすらしない。ただ、圧倒的な威厳をもって、扉を正面から静かに押し開く。


 バァァァン……と、重々々しい音が広い執務室に響き渡った。

 部屋の奥、巨大なマホガニーの机に向かい、山のような羊皮紙に囲まれていた一人の女性が、鋭く顔を上げた。

 彼女こそが、サンタ・ルチアの領主ルクレツィア。

 豊かな赤髪をきっちりと結い上げ、燃えるような真紅のドレスを身にまとっているが、その顔色は驚くほど酷い土気色だった。目の下には、まるで死人のような深い影が刻まれ、その瞳は、感情の光を一切失ったガラス玉のように不気味に静まり返っている。


 「――何者ですか。私は今、一分間で金貨百枚に相当する計算を行っている最中ですが。許可なき立ち入りは死罪に値します」


 ルクレツィアは羽ペンを置くことすらなく、冷徹な視線を往診チームへと向けた。


 「ルクレツィア様……! お願いです、もう目を覚ましてください!」


 バザルがたまらず前に飛び出し、床に膝を突いて叫んだ。


 「バザルですか。衛兵隊長でありながら、職務を放棄して不審者を招き入れるとは。あなたの脳細胞の効率は、私の予測を遥かに下回るゴミ屑のようですね。即座にその首を跳ね、次の隊長を任命します」


 「客観的に見て、ゴミ屑はお前のその頭頭骨の中身だ、女」


 哭が前に出ながら、冷酷に言い放った。


 「お前は今、自分が有能な統治者として動いているつもりだろうが、その実はただの哀れな操り人形だ。首筋から背骨にかけての気の滞りが、すでに限界値を超えている。今すぐその歪な思考を止めなければ、あと数時間で脳の血管が一本残らず弾け飛ぶぞ」


 「黙りなさい、不届き者が……! 私の効率を、私の成果を邪魔する者は、誰であろうと排除します……!」


 ルクレツィアが激昂した瞬間、彼女の全身から、ドス黒い、過労と焦燥の魔力が爆発的に吹き荒れた。その凄まじいプレッシャーに、リナやハクが思わず腕で顔を覆う。

しかし、その暴風の中心へと、白い医療着をまとった青年が、まるで重力を無視するかのように滑らかな足取りで、音もなく踏み込んでいった。


 「――往診の時間です、ルクレツィアさん」


 枢の白銀の瞳が、至近距離でルクレツィアのガラス玉のような目を正面から射抜いた。

その手には、月光のように静かにきらめく、一本の銀鍼が握られていた。

新大陸を揺るがす「過労の覇権」のトップ、その狂気の呪縛を解きほぐすための、聖鍼の絶対的な臨床が、今ここに幕を開ける。

第534話をお読みいただき、ありがとうございました。


ついに暴君ルクレツィアとの直接対峙を迎えました。アドバイザーによって極限まで「効率の呪縛」をかけられたルクレツィア、本当に痛々しくも恐ろしい状態でしたね。


 今回は、作中のルクレツィアのように「極度のプレッシャーや強迫観念に囚われ、脳が興奮しすぎて夜全く眠れなくなってしまった時」に、強制的に自律神経をリラックスモードへと切り替えるためのツボをお届けします。

 今回ご紹介するのは、足の裏にある『湧泉ゆうせん』というツボです。


場所は、足をグッとすぼめた時に、足の裏の最も大きくへこむ、上から3分の1あたりの中心にあります。


ここは東洋医学において、頭に上りすぎた過剰な「熱(イライラや興奮)」を一気に足元へと引き下げ、生命のエネルギー(腎気)を湧き上がらせる、睡眠と疲労回復の超重要拠点です。

ケアする場合は、両手の親指を重ねてツボに当て、カカトの方に向けて強めにグッ、グッと押し込むように、息をゆっくり吐きながら3秒間刺激してみてください。お風呂上がりなどに行うと、頭のコリがすうっと抜けて、心地よい眠りにつくことができますよ。


 次なる第535話は、明日7月4日(土曜日)の【12:00】に更新を予定しております。ついに始まったルクレツィアへの往診治療! 暴走する過労の魔力に対し、枢先生の銀鍼はどこを突くのか――。どうぞお楽しみに!

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