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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第六章:過労の覇権と再生の経絡】

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第533話「地下通路の潜入と、歪んだ残業(ワーク)」

作戦会議を終えた往診チームは、バザル隊長の先導のもと、ついに領主館の地下に隠された隠し通路へと潜入します。華やかな港町の裏で、人々の生気を吸い上げていた「過労の闇」の片鱗が、徐々にその姿を現し始めます。

金曜日のランチタイムに、じっくりと焦らず描かれる新章の緊迫感をお楽しみください。

 「――旦那、ここから先が地下通路です。足元がかなり暗いので、どうか気をつけてついてきてください」


 夜の帳が完全に降り、潮風がどこか冷たく感じられるようになったサンタ・ルチアの港。バザルは周囲を鋭い目で見回しながら、手慣れた手つきで錆びついた重い鉄扉の鍵を開けた。

 ギィィ……と、油の切れた不快な金属音が夜の静寂に響く。扉の向こうには、湿ったカビ臭い空気が漂う地下へと続く石造りの階段が、まるで巨大な怪物の喉奥のように深く伸びていた。

 普段なら港に届いた高級な密輸品や、領主への献上品を人目を忍んで搬入するために使われる隠し通路。だが、今のこの場所には、不気味なほどの静寂と、肌を刺すような冷気が満ちている。往診チームは息を潜め、一歩一歩慎重にその暗闇へと階段を下りていった。


 「ねえ、バザル。本当に足取りが軽いわね。昼間、あんなにハァハァ言って大粒の涙を流しながら床に這いつくばってた人とは思えないわ」


 リナが背後から、緊張感を和らげるように少しからかうような声音で囁いた。


 「いやあ、リナお嬢、本当に自分でも信じられないんですよ。数ヶ月間、頭の中にずっと熱く焼けた鉄板が埋まっているみたいに重苦しくて、目を開けるだけで吐き気がしていたんです。それが、旦那に首のツボを指先で突かれてからというもの、まるで背中に羽が生えたみたいに体が軽い。こうして歩いているだけで、体中に綺麗な空気が巡り、指の先まで血が通っているのが分かるんです。神医の旦那の技は、魔法なんかよりずっと本物の奇跡ですよ」


 バザルは振り返り、暗がりの中でも分かるほどすっきりとした笑顔を見せた。その表情には、かつて街の民を怯えさせていた凶暴な衛兵隊長の面影は微塵もない。


 「奇跡ではないな」


 往診チームの最後尾を歩く哭が、漆黒の外套を揺らしながら冷淡な、しかし確かな医学的見地を口にした。


 「客観的に見て、お前は交感神経の異常な過緊張状態にあっただけだ。それが枢の一突きによって強制的に解除され、収縮しきっていた血管が本来の広さを取り戻した。脳に十分な血液と酸素が行き渡れば、人間として当然の思考と代謝に戻る。お前が今感じている感動は、ただ『生身の人間として健康になった』という、極めて単純な事象に過ぎん」


 「はは、哭先生は相変わらず手厳しいな。でも、バザルさんの言う通り、血流が正常化して本当に良かったです。……それにしても、これだけ広い領主館の地下なのに、いくら隠し通路とはいえ衛兵の気配が少なすぎませんか?」


{ハクが背負った大きな医療カバンの紐をぎゅっと握り締めながら、暗闇の奥に耳を澄ませる。オークの巨漢ガストンも、いつでも引き抜けるように腰の巨大な戦斧の柄に手をかけ、低く唸った。}


 「ああ、妙だな。普通、こういう重要拠点の裏口にゃあ、最低でも二人か三人は不寝番の兵が立ってるもんだ。ネズミ一匹通さねえってな。だが、ここは罠の気配すらしねえ。ただ不気味に静まり返っていやがる」


 「……みんな、館の『中』に集められているんです」


 バザルの声が、急に重く、沈んだトーンに変わった。


 「領主のルクレツィア様が、半年前から『効率化』を異常なほど口にするようになりましてね。外の見張りや警備なんてものは直接的な利益を生まない、そんな無駄な人員がいるなら、一分一秒でも多く書類仕事や金塊の査定、貿易の計算に回せと命令を下したんです。今、この館の敷地内にいる者は、戦うための武器ではなく、書類とペンを持たされて、寝る時間すら削られて働かされています」


 「警備を排除してまで労働に回すなんて……。そんなの、組織の防衛能力を自ら捨てるようなものじゃない。 clinical に見ても完全に破綻しているわ」


 リナが眉をひそめる。そんな異常な統治がまかり通っていること自体が、この街の病みの深さを物語っていた。


 地下通路の緩やかな傾斜を登りきると、突き当たりに頑丈な木製の扉が現れた。バザルが懐から取り出した鍵を静かに差し込み、ゆっくりと押し開ける。

 扉の隙間から漏れ出てきたのは、まばゆいほどの魔導灯の光――そして、それ以上に濃厚な、人間のドロドロとした「負の気配」だった。


 隠し扉の先は、本来なら使用人たちの広大な休憩所や、港から運ばれてきた物資を一時的に保管するための地下ホールだった。しかし、そこに広がっていたのは、およそ人間らしい営みや活気とはかけ離れた、世にも恐ろしい歪な光景だった。


 「――おい! そっちの東方諸国との貿易不整合の計算は終わったのか!? 早くしろ、ルクレツィア様に提出する時間はとっくに過ぎているぞ!」

 「ダメだ、もう三日も寝ていない……。目がかすんで、インクの文字が全部虫の這う跡にしか見えないんだ……。誰か、気付けの薬を……でなければ濃いコーヒーをくれ……」

 「休むな! 手を止めるな! 隣の班の査定速度が上がっている! 私たちの班が遅れれば、明日の配給はさらに半分に減らされるぞ!」


 広いホールを埋め尽くしていたのは、数百人におよぶ役人や使用人、そして街から強制的に徴用されたと思われる町人たちだった。彼らは長机にびっしりと並び、山のように積まれた書類の山に向かって、血走った目で狂ったように羽ペンを走らせていた。

 彼らの顔色は一様に、生気を失った不気味な土気色。目の下には、昼間のバザルが浮かべていたものよりも遥かに深く、どす黒い漆黒のクマが刻み込まれている。


 誰もが極限の疲労のせいで肩を怒らせ、呼吸は浅く、ゼェゼェと喉を鳴らしながら作業を続けている。さらに異常なのは、長机の随所に、すでに意識を失って倒れ伏している者が何人もいることだった。しかし、周囲の人間はそれを見向きもせず、むしろその倒れた人間の分の書類を奪い合うようにして計算を続けている。

ある若い役人は、睡魔に襲われてカクンと頭が落ちそうになるたびに、自らの太ももを鋭いペン先で深く突き刺し、鮮血を流しながら無理やり意識を保っていた。その行為に、痛みを感じている風すらなく、ただ機械のように手を動かし続けている。


 「な、何よこれ……。みんな、完全に目が据わっているじゃない……! 狂ってるわ、こんなの絶対に異常よ!」


 リナが短い悲鳴を上げて思わず口元を両手で抑え、一歩後退りした。ガストンも斧の柄を握る手に凄まじい力を込め、あまりの胸糞悪さに顔を派手に歪める。


 「おいおい、魔王軍の奴隷鉱山だって、これよりはまだマシな顔をしてやがったぜ。ありゃあ労働じゃねえ、ただ生きたまま中身を削り取られてるだけだ。枢旦那、あいつらの身体、もう限界を超えてパツパツだぞ」


 「……酷いな。気血の巡りが完全に逆流し、精神を維持するための『しん』が完全に摩耗している。それも、本人の意志ではない。この地下空間全体に、人間の防衛本能と恐怖心を意図的に麻痺させ、限界を超えて労働を強いる悪質な『呪縛』の気が満ち満ちているな」


 哭の深紅の瞳が、ホールの天井の隅にどんよりと漂う、薄黒い霧のような不気味な魔力の気配を鋭く睨みつけた。

単なる領主の暴政やブラックな労働環境ではない。人間の心の中に眠るストレス、恐怖、絶望、そして焦燥感を極限まで高め、そのガチガチに凝り固まった身体から発生する「負のエネルギー」を、最も効率よく吸い上げるための魔魔王軍の歪なシステム。それが、このサンタ・ルチアの館の地下で、すでに完成しつつあったのだ。


 「……行きましょう」


 その光景を、一言も発さずにじっと見つめていた枢が、静かに、しかし地を這うような深く重い声で言った。

その白銀の瞳には、かつてないほど激しい、医療従事者としての静かな、そして圧倒的な怒りの炎が宿っていた。指先が、かすかに、しかし確実に、次の臨床を求めて繊細に脈打っている。


 「これ以上、この異常な空間に彼らを置いておくわけにはいきません。これでは心が壊れる前に、すべての血流が止まってしまう。トップの経絡を正し、この街の気の巡りを、本来あるべき健全な姿へと一刻も早く再生させます」


 「応よ! 旦那がそう言うなら、俺が先陣を切って案内します! この上の隠し階段から、領主様の執務室のすぐ裏手に出られます!」


 バザルは熱い涙を浮かべながら力強く頷き、往診チームを促した。

人々の命と笑顔を吸い上げる「過労の覇権」。その闇の深さと、魔王軍の卑劣な手口を肌で感じながら、往診チームは地下の狂気を背に、一歩一歩、元凶たる領主ルクレツィアが待つ最上階の扉の直前へと、着実に足を進めていくのだった。

 第533話をお読みいただき、ありがとうございました。


領主館の内部に漂う「過労の覇権」の異常な実態と、往診チームの怒りをじっくりと描写いたしました。現代の過酷な労働環境を魔法で最悪の方向にブーストしたような地下ホールの光景、本当に胸が痛む描写でしたね……。


 さて、今回は作中の役人たちのように「長時間の文字仕事や、過度な集中によって目がかすみ、頭がガチガチに凝り固まってしまった時」に、一瞬で頭をスッキリさせて血流を戻すためのツボをお届けします。


 今回ご紹介するのは、頭の後ろ、髪の生え際にある『天柱てんちゅう』というツボです。

場所は、首の後ろの太い筋肉の左右両外側、髪の生え際にあるくぼみの中にあります。


ここは東洋医学において、頭部に新鮮な血流を送り込むための「最も重要なゲート(関所)」の一つです。パソコンや書類を長時間凝視して眼精疲労が溜まると、このツボの周りがガチガチに硬く塞がってしまい、脳への血流が滞って頑固な頭痛や激しいイライラの原因になります。


ご自身でケアする場合は、両手の親指をツボに当て、頭の中心(斜め上)に向けて心地よい強さでグッと押し上げるように、息をゆっくり吐きながら5秒間刺激してみてください。じわっと頭の後ろから目の奥が温かくなり、視界がパッと明るくなるのが実感できますよ。


 次なる第534話は、本日夜の【21:00】に更新を予定しております。

いよいよ最上階の執務室の扉を開け、暴君と化した領主ルクレツィアと直接対峙する枢先生。そのガチガチに凝り固まった身体に、どのような聖鍼の治療が施されるのか――。どうぞお楽しみに!

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