第488話「熱狂の旧精錬坑道!沸き立つ血脈と清熱を司る少海」
地上を覆う煙毒を退け、残党のボスが言い残した禁忌の地――蒸気都市の最深部「旧精錬坑道」へと突入した往診チーム。
火曜日のお昼休み、ホッと一息つく大切なひとときに、一行を待ち受けていたのは、旧ギルドが遺した最悪の血液沸騰装置が放つ、肉体を内側から焼き尽くさんとする「熱の牢獄」でした。
急激な「血熱」の上昇により、全身が真っ赤に跳ね上がり、激しい「動悸」と精神の「狂乱」に襲われる仲間たち。
地獄の底のような熱気の中、新メンバー・ネネの涼やかな調合と、聖鍼師・枢先生の白銀の長鍼が、血脈にこもった濁熱を瞬時に清める、プロの「劇的調律」を披露します!
「人間の身体を流れる尊い血の巡りを、魔力のために沸騰させるなど、断じて許されることではありません。皆さんの血脈に宿る『静かなる清流』、今すぐ私の一鍼で取り戻してみせましょう。ハクさん、ネネさん、血の熱を冷ます清涼の調合を! 蒸気都市最深部、最終往診を開始します!」
12時、火曜昼の更新。世界往診紀行編・蒸気都市編、堂々の完結回となる第488話!
お昼のひとときに、体の中の余分な熱がスーッと引いていくような、最高に爽快な救命治療劇をお楽しみください!
ドクン、ドクン、ドクン……!
地響きのような不気味な脈動音が鳴り響く、赤黒い煉瓦造りの地下空間。
「旧精錬坑道」の最奥部には、巨大なガラス管の中で真っ赤な液体がボイルされる、旧ギルドの負の遺産「血液沸騰魔導炉」が、狂ったように熱気を放ちながら稼働していた。
「あ、あつい……! 体の中が、お湯を流し込まれたみたいにグラグラ煮え立ってるよ……っ。頭の中が真っ赤になって、何も考えられない……!」
ネネが自分の両頬を手で押さえながら、荒い息を吐いて床にへたり込む。その肌は、まるで高熱を出したかのように真っ赤に上気していた。
「くっ……! 外部の熱だけではないわ。私の心臓が、勝手に限界を超えて脈打っている……! 視界が真っ赤に染まって……引き金を引く指の感覚が、熱さで麻痺していく……っ」
リナが魔導銃を杖代わりにしながら、激しい動悸に胸元を掻きむしり、壁に背中を預けて激しく喘ぐ。
「血の経絡(血分)に熱毒が完全に侵入し、精神を司る『心』を狂わせにかかっています……。ハァ、ハァ……、このままでは……脳の血管が焼き切れてしまいます……っ」
シオンが自分の頭を両手で抱え込み、激しい頭痛と狂乱のプレッシャーに耐えるように、ガタガタと床に膝をついた。ガストンもまた、あまりの血流の暴走に、全身の血管を浮き上がらせて咆哮を上げている。
「皆さん、深く息を吐いて、意識を私の声に集中させてください。これは強力な『血熱』が心の経絡を直撃したことによる、急性の上気症状です。心臓のポンプが暴走し、精神(神)が居場所を失ってパニックを起こしています」
地獄の釜底のような熱気が渦巻く中、聖鍼師・枢だけは、どこまでも澄み切った川の水のように静かに立ち続けていた。彼の十指の間に、眩い涼気ある白銀の長鍼が滑らかに引き抜かれる。
「ハクさん、ネネさん。血脈の熱を冷まし、五臓の乾きを潤す『清営中和液』の準備を。……その前に、私が皆さんの心臓の暴走を、その場で完璧な『凪』へと調律します」
「フん、待たせてくれたな。ネネ、大樹海の奥深くに咲く『地底氷蓮』の根をすり潰せ! 私の純水魔法で、この空間の熱毒ごと一気に冷却・中和してやる!」
「うん……っ! みんなの血が燃えちゃう前に、ウチらの薬草で絶対に涼しくしてみせるからね!」
ネネが気力を振り絞ってすり鉢を操り、ハクの純水とともに、清らかな氷の霧を空間全体へと放射し始める。坑道内の温度がわずかに下がり、魔導炉の心臓部が見えた。
「では皆さん、肘の力を抜いて、楽にしてください」
枢の長鍼が、リナ、シオン、ガストンの肘の内側へと、目にも留まらぬ神速の運鍼で次々に穿ち込まれた。
肘を軽く曲げた時にできる内側の横じわの端(小指側)と、肘の出っ張った骨(上腕骨内側上顆)のちょうど真ん中――心臓の熱を直接、冷たい海へと流し落とす最高の清熱穴。
チクリ。
「手の少陰心経の合水穴――少海を深く穿ちます!」
枢の鍼が完璧な角度で少海の奥へと滑り込んだ瞬間、3人の肉体から「スーッ……」と、熱い蒸気が抜けていくような鮮烈な感覚が突き抜けた。
「少海は、心経の『合水穴』であり、文字通り『心の熱を冷たい少なき海へと還す』という、血熱・心火の暴走を鎮める最高峰の名穴です! この一鍼により、沸騰しかけていた血流のテンポを瞬時に正常値へと戻し、脳の興奮と激しい動悸、精神の狂乱をその場で完璧な凪へと引き戻します!」
「――ハァァァ……。あ、頭のなかの、あの真っ赤な炎が……消えていく……。冷たい清水が、体の中を優しく巡っていくみたい……!」
シオンの瞳に、いつもの理性的で聡明な光が完全に戻った。彼は魔導書を瞬時に開き、魔導炉の暴走術式を逆展開する巨大な凍結陣を足元に描く。
「胸のバクバクが止まったわ……。視界の赤みも完全に消えた。――ターゲット、魔導炉の点火コア。今度こそ粉砕する!」
リナが立ち上がり、放たれた精密な3連射が、魔導炉のエネルギー源である呪詛の結晶を正確に撃ち抜いた。
「ガハハハハ! 全身の血がめちゃくちゃに澄み渡っていくのが分かるぜ! ――ネネちゃん、ハクの兄ちゃん、トドメを刺しちまいな!」
ガストンが復活の咆哮とともに大盾を掲げて突撃し、魔導炉の隔壁を怪力で完全に破壊した。
「今だ、ネネ! 命を弄ぶ歪んだ鉄の炉を、大自然の静寂へと還すぞ!」
「いっけえええーーーっ! ウチらの特製『地底氷蓮液』、燃え盛る炉の底に特大サイズでぶち込むよーーっっ!!」
ハクが天空へと跳躍して炉の主幹パイプを強引に引き裂き、ネネがすり鉢から放った黄金の冷却薬液が、沸騰していた赤黒い液体へと一気に流し込まれた。
バチバチバチ、ジュウウウウウウウッッッ!!!
都市の深部を脅かしていた血液沸騰装置は、激しい水蒸気を上げながら完全に機能停止し、ただの冷えた静かな鉄の塊へと還っていった。
同時に、最深部に澱んでいた熱毒は清らかな山の気となって地上へと抜け去り、蒸気都市全体に、どこまでも涼やかで心地よい、本当の「凪の風」が吹き抜けたのだった。
「ふぅ……。実に見事な最終治療でしたね、皆さん。血が清らかに巡ってこそ、人の心は本当の平穏を得ることができるのです」
枢は白銀の長鍼を鮮やかに消毒し、いつもの穏やかな微笑みを仲間たちへと向けた。
「へへ、先生の『少海』って本当にすごいね! 肘をちょっと突かれただけで、体の中のクーラーが全開になったみたい!」
ネネが自分の腕をさすりながら、満面の笑顔を見せる。
「当然だ。心の主を制する往診チームに、冷ませぬ熱など存在しない。ふん、これにて一件落着だな」
ハクが満足そうに不敵な笑みを浮かべ、往診鞄を肩にかけ直した。
蒸気都市の地上も地下も完全に救い出し、職人たちの熱い歓声に包まれながら、再び青空の下へと出航する魔導船。
しかし、美しく蘇った都市を旅立つ往診チームの往診鞄には、世界中の困窮した患者たちからの、新たなる往診要請の書簡がすでに次々と届き始めていた――。
第488話「熱狂の旧精錬坑道!沸き立つ血脈と清熱を司る少海」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
蒸気都市編の堂々たる大団円として、血液を沸騰させる「強烈な血熱・動悸・精神狂乱」に苦しむ仲間たちを、ガストンさんの隔壁破壊、リナさんの精密射撃、シオンさんの凍結逆展開、そしてハクさんとネネちゃんの「地底氷蓮」の冷却新薬から、枢先生の「少海」による劇的な心火清熱の一刺しによって救い出す、最高に爽快な決戦完結回、お楽しみいただけましたでしょうか!
過酷な環境やストレスによって、体の中にこもってしまった異常な「熱」と「血流の暴走」を、経絡の水のスイッチを入れることで一瞬にして清らかな清流へと戻してみせる枢先生のプロとしての圧倒的な臨床能力が、地下坑道の迫力ある映像美の中で鮮やかに描き出されましたね。
今回は、急激な熱感や動悸、パニックを伴う精神の昂ぶりを根本から解消するために枢先生が用いた、肘の内側にある非常に重要な名穴、少海の効能について解説させていただきます。
東洋医学において「少海」は、手の少陰心経に属する合水穴であり、文字通り「心臓や精神の熱を、清らかな水が集まる海へと引き込む」ための、最高峰の清熱・安神スイッチです。
ここは、精神的なストレスや過労、外部の熱邪によって暴走してしまった「心火」を一気に鎮め、血流のテンポを穏やかに整えることで、激しい動悸、ほてり、不眠、手の震え、さらには肋間神経痛や肘の痛みなどをその場で劇的に緩和する素晴らしい効果を持っています。
現代における自律神経失調症による動悸のケアや、イライラ・パニックの更生、夏の暑さによる熱中症の予防などにも臨床で最優先される、プロの鍼灸師にとってもこれ以上ないほど重宝されている素晴らしい名穴です。この的確な一刺しで、仲間たちの心と血脈を一瞬にして美しい凪へと戻してみせる枢先生の臨床の冴えには、今回も深く感動させられましたね。
見事に蒸気都市の危機をすべて救い抜き、新たなる待合室からの要請を胸に、さらなる新天地へと魔導船を走らせる往診チーム。
次なる新たなる新章・第489話は、本日【21:00】に更新予定です。
一日の終わりのリラックスタイムに、往診チームが次なる大陸で出会う、新たなる命の謎と未知の治療劇を、ぜひお楽しみに!




