第487話「決戦、第一蒸気煙突!塞がる胸中と気を巡らす大杼」
第一蒸気煙突のバルブが全開固定され、都市を覆い尽くそうとする最悪の「特濃煙毒」。
月曜日の夜、一日の仕事を終えてホッと一息つくリラックスタイムに、往診チームは黒煙が渦巻く煙突の最上部へと決死の突入を試みます。
しかし、濃度を増した煙毒は職人たちだけでなく、往診チームの肉体をも包み込み、激しい「胸の苦しさ(胸悶)」と、肺が押し潰されるような「呼吸困難」を引き起こします。
酸欠で意識が遠のく限界の状況下、ガストンの肉体の盾、リナの魔導銃、シオンの障壁、そして新メンバー・ネネの薬草が道を拓き、聖鍼師・枢先生の白銀の長鍼が、詰まった胸の関門を内側からダイレクトに爆破・解放します!
「煙で街を包み込み、人々の胸の鼓動まで窒息させようというのなら、私の一鍼が、その閉ざされた気の門を今すぐ拓いてみせましょう。ハクさん、ネネさん、煙の核を中和する準備を! 皆さん、蒸気都市の核心戦、往診を開始します!」
21時、月曜夜の更新。世界往診紀行編・蒸気都市編中編、第487話!
一週間が始まったばかりの月曜の夜に、胸の奥がスーッと軽くなり、深い呼吸が戻るような至高の鍼灸調律劇をお届けします!
ゴオオオオオッッ!!
不気味な紫色の特濃煙毒が、巨大な鉄筒から牙を剥くように噴き出す第一蒸気煙突の最上階。
金属の足場を駆け上がった往診チームだったが、大気中に充満する圧倒的な熱毒の圧力を前に、呼吸の自由を完全に奪われつつあった。
「う、くっ……! 空気が……吸い込めない……! 胸の真ん中が、鉄のバンドでギチギチに締め付けられているみたいに苦しい……っ」
リナが魔導銃を構えたまま、片手を激しく胸元に当てて膝をついた。肺に溜まった煙毒が「胸悶」を引き起こし、全身の酸素が急速に枯渇していく。
「頭が……ぼーっとします。肺が膨らまなくて、魔法の詠唱を維持するための息が……続きません……!」
シオンが魔導書を必死に抱きしめながら、苦しげに喘ぎ、その場に崩れ落ちそうになる。
「ウオォォッ! このガストンのぶ厚い胸板をもってしても、この肺の苦しさは耐えられねえ……っ。呼吸が、浅くなって……力が入らねえぜ!」
ガストンが大盾を床にぶつけ、荒い呼吸を繰り返しながら、何とか前線を維持しようと必死に踏みとどまっていた。
「皆さん、肺の力を抜いてください。これは強烈な熱毒が胸中の『宗気』を圧迫し、五臓六腑の全ての気の巡りを急激に停滞させているのです。骨(肋骨)の周囲の経絡が緊張し、胸を広げるための気機が完全に遮断されています」
紫煙が視界を遮る極限の闇の中、聖鍼師・枢だけは、どこまでも深く健やかな呼吸を維持していた。彼の十指の間に、月光のように厳かに輝く白銀の長鍼が、滑らかに引き抜かれる。
「ハクさん、ネネさん。煙突の制御バルブを凍結・中和する液体の準備を。……その前に、私が皆さんの胸の檻を、一瞬で解き放ちます」
「フん、待たせるな枢。ネネ、大樹海の奥底に眠る『氷感の露』をすり鉢へ注げ! 私の冷却魔力と混ぜ合わせ、この最上階の熱を根底から凍りつかせてやる!」
「がってん承知! みんな、ウチらの薬草で胸の中を涼しくするから、あとちょっとだけ耐えてね!」
ハクとネネが凄まじい手際ですり鉢を操り、空間に向けて「氷の微粒子」を含んだ香気を散布し始める。煙毒の熱気がわずかに和らぎ、バルブの全容が見えた。
「では皆さん、背中の力を抜いて、楽にしてください」
枢の長鍼が、リナ、シオン、ガストンの背中へと、目にも留まらぬ神速で次々に穿ち込まれた。
首の後ろの大きな骨の出っ張り(第7頸椎)から、背骨を2つ下がった場所(第1・第2胸椎の間)から左右に指幅1本半。すべての骨の病を司り、呼吸器の深部へと気を送り込む最大の関門。
ズン……!!!
「足の太陽膀胱経の経穴であり、骨会――大杼を深く穿ちます!」
枢の鍼が完璧な深度で大杼の奥へと到達した瞬間、3人の背中から胸の奥に向けて、カチリと鍵が外れたような劇的な解放感が突き抜けた。
「大杼は、すべての骨のエネルギーを統括する『骨会』であると同時に、肺のすぐ近くに位置し、胸の中に溜まった邪気や熱を背中から一気に外へと発散させる最高峰の要穴です! 煙毒によってギチギチに収縮していた肋骨周りの筋肉(肋間筋)をその場で瞬時に弛緩させ、肺の檻をこじ開けて、圧倒的な深呼吸を可能にします!」
「――はぁぁぁぁぁぁっっっ!!! す、すごい……! 胸が、胸が嘘みたいに大きく広がる……! 空気が、いくらでも入ってくるわ!」
リナの瞳に、極限のスナイパーとしての冷徹な光が完全に戻った。彼女は立ち上がり、魔導銃を煙突の心臓部へと正確に向ける。
「肺の痛みが完全に消えました……! これなら、どんな巨大な中和陣でも展開できます!」
シオンの魔導書から、紫色の煙を押し返す、眩い純白の結界陣が最上階全体へと広がっていった。
「ガハハハハ! 胸がめちゃくちゃ軽くなったぜ! ――ネネちゃん、ハクの兄ちゃん、あのバルブまでの道は、このガストンがこじ開けてやる!」
ガストンが復活の咆哮とともに大盾を掲げて突撃し、バルブを死守していたギルドの残党たちを、圧倒的な怪力で次々と吹き飛ばしていく。
「そこよ! ――バースト・シェル!」
リナが放った精密な一撃が、バルブを固定していた旧ギルドの呪詛装置を正確に粉砕した。
「今だ、ネネ! 狂える蒸気を、大自然の氷結で鎮めるぞ!」
「いっけえええーーーっ! ウチらの特製『氷感中和液』、一番奥の歯車に特大サイズでぶち込むよーーっっ!!」
ハクが天空へと跳躍してバルブのレバーを強引に引き下げ、ネネがすり鉢から放った黄金の冷却薬液が、赤熱していた煙突の基盤へと一気に流し込まれた。
シュウウウウウウウッッッ!!!
街を滅ぼさんとしていた特濃煙毒が、一瞬にして真っ白な、まるで高原の朝を思わせる清らかな涼風へと姿を変え、蒸気都市全体を吹き抜けていく。空を覆っていた黒煙は完全に消え去り、スチーム・ガルドには、美しい月光と満天の星空が戻ったのだった。
「ふぅ……。実に見事な大往診でしたね、皆さん。呼吸が整えば、人はどんな困難にも立ち向かうことができます」
枢は白銀の長鍼を鮮やかに消毒し、往診鞄へと収めた。
「へへっ、どんなに胸が苦しくても、先生の『大杼』の一刺しとウチらの薬草があれば、いつでも胸の中を青空にできるね!」
ネネがすり鉢を担ぎ直し、人懐っこい笑顔で枢に親指を立てる。
「当然だ。肺の気機を制する往診チームに、通せぬ滞りなど存在しない」
ハクが片眼鏡の奥の瞳を和らげ、満足そうに不敵な笑みを浮かべた。
月光に照らされる往診チーム。しかし、崩壊した装置の影から、逃げ遅れた残党のボスが、信じられないものを見たというように枢を見上げて声を震わせた。
「お、お前たち……これで終わりだと思うなよ……。この蒸気都市のさらに地下、廃棄された『旧精錬坑道』には……人間の『血液そのもの』を沸騰させ、魔力へと変換しようとした、ギルド最大の禁忌がまだ眠っている……。そこを開放すれば、お前たちの身体は内側から燃え尽きるぞ……!」
蒸気都市を救った往診チームの前に提示された、さらなる未知の病巣――「旧精錬坑道」と、血流を揺るがす禁忌の謎。
聖鍼師・枢と仲間たちの不滅の往診旅路は、美しく蘇った都市の蒸気の音に背を押されながら、さらなる深部へと進路を向けるのである。
第487話「決戦、第一蒸気煙突!塞がる胸中と気を巡らす大杼」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
蒸気都市編の中編として、過酷な煙毒(熱毒)による「急激な胸の苦しさ・呼吸困難」に苦しむ仲間たちを、ガストンさんの前線突破、リナさんの精密破壊、シオンさんの純白結界、そしてハクさんとネネちゃんの「氷感の露」の中和新薬から、枢先生の「大杼」による劇的な胸郭解放の一刺しによって救い出す、最高に爽快な決戦回、お楽しみいただけましたでしょうか!
外から迫る圧倒的な息苦しさを、背中にある重要な骨の関門を開くことで一瞬にして凪へと戻し、最高の深呼吸へと繋げる枢先生の臨床の真髄が、チームの完璧なコンビネーションの中で鮮やかに描き出されましたね。
今回は、胸の激しい圧迫感や息苦しさ、呼吸器の緊張を根本から解消するために枢先生が用いた、背中の上部にある非常に有名な名穴、大杼の効能について解説させていただきます。
東洋医学において「大杼」は、足の太陽膀胱経に属し、すべての骨のエネルギーが交わる「骨会」であると同時に、肺の機能を背中からダイレクトにサポートする、呼吸器疾患最高峰の特効穴です。
ここは、背中や肋骨周りの筋肉の緊張を劇的に緩め、胸の中の空気の通り道(気機)を一気に広げることで、不快な胸の苦しさ、激しい咳、喘息、さらには首や背中の強烈なこりなどをその場で劇的に緩和する素晴らしい効果を持っています。
現代におけるストレス性の息苦しさのケアや、気管支の不調の更生、慢性的な肩甲骨周りのこり解消などにも臨床で最優先されるこの素晴らしい名穴を、胸の檻を外す鍵として完璧に機能させてみせる枢先生の知識の深さには、今回も深く感動させられましたね。
見事に都市の地上を救い、ついに地下に眠る旧ギルド最大の禁忌「旧精錬坑道」へと肉薄する往診チーム。
次なる蒸気都市編の大クライマックス、第488話は、明日火曜日の【12:00】に更新予定です。
ホッと一息つく大切なひとときに、往診チームが血の禁忌に挑む、新たなる知恵と感動の決戦完結回を、ぜひお楽しみに!




