第475話「不穏なる夜のバザール!残党の逆襲と陰陵泉の排毒」
ギルドの即効薬の呪縛から商人たちを解き放ち、活気を取り戻し始めた交易都市バルカ。
しかし、既得権益の崩壊を認められないギルドの残党たちが、町に残された禁忌の「備蓄薬」を強引に使って、最悪の逆襲へと動き出します。
市場を襲う原因不明の暴走。絶体絶命の危機の中、リナの弾丸が、そして新メンバーのネネの野生の知恵が、崩壊後の町を守るために炸裂します。
「薬は人を支配するための道具ではありません。自らの利権のために、再び患者たちの肉体を危険に晒すというのなら、私のこの銀鍼が、その歪んだ執着を根底から解体します。皆さん、夜のバルカを守り抜きましょう。緊急往診、開始します!」
21時、火曜夜の定期更新。世界往診紀行編・バルカ編中編、怒涛の第475話!
一日の終わりを迎える夜のひとときに、これまでの仲間と新しい風が完璧に調和する、夜間防衛バトルをお届けします!
夜の帳が下りたバルカの市場は、昼間の活気が嘘のように、張り詰めた静寂に包まれていた。
シオンが灯した魔導の松明が、赤茶けた石壁にゆらゆらと長い影を落とす。
「……来るわ。それも、かなりの大人数。足音が異常に重い。まるで、自分の肉体の限界を忘れて無理やり走らされているような……不気味な足音よ」
市場の物見台の上に陣取ったリナが、愛用の魔導銃のスコープを覗き込みながら、通信魔石を通じて冷徹に告げた。
「ギルドの残党どもめ、おとなしく投降しときゃいいものを……。先生、俺が前線で全部ハじき返してやるから、後ろに下がっててくれ!」
ガストンが新しく調達した鉄製の大盾をドスンと構え、太い腕を鳴らす。
その時、暗闇の向こうから、凄まじい咆哮とともに数人の男たちが乱入してきた。それは昼間、枢たちが治療した商人たちとは別の、ギルドの武器庫を守っていた私兵たちだった。
彼らの目は一様に血走り、首筋の血管がドス黒く浮き上がっている。その手には、過剰な原気を強制注入されて青白く発光する魔導兵器が握られていた。
「おのれ、聖鍼師……! 我らの利権を、システムを破壊したばかりか、家畜どもに自立の真似事をさせるとは……! ギルドの栄光の備蓄薬『狂気の大血清』の力、思い知るがいい!」
「あちゃー……。あのバカども、また変な薬をちゃんぽんで飲んでるじゃん! 気の巡りが完全に逆流して、五臓六腑がパチパチ悲鳴を上げてるよ!」
ネネがすり鉢を構えながら、眉をひそめて叫ぶ。
「重度の急性薬物中毒、および過剰なエネルギーによる経絡の暴走(実邪)ですね。放っておけば、彼らは町を破壊し尽くした後、自らの血管が破裂して命を落とします」
枢が白銀の瞳を静かに光らせ、往診鞄から、邪気を強力に排出するための太く長い「太針」を引き抜いた。
「ハクさん、ネネさん。彼らの体内に残留しているナノ毒素を、一箇所に集めて一気に体外へ『排泄(瀉法)』させます。荒治療になりますが、道を開いてください!」
「ふん、手荒なデトックスは私の得意分野だ。ネネ、お前の大樹海の『吸毒草』の粉末を寄こせ。私の揮発剤と混ぜて、大気中の毒素を強引に吸い上げる!」
「了解! ハクの兄ちゃん、これ、思いっきり混ぜちゃって!」
ハクとネネが同時に跳躍し、空中で調合された「紫煙の中和剤」が暴走する私兵たちの頭上へと散布される。私兵たちが放つドス黒いオーラが、その煙に吸い寄せられるように、彼らの下半身へと強引に押し下げられていく。
「動きを止めるわ。――トリプル・バースト!」
物見台からリナが放った3発の閃光弾が、私兵たちの足元で正確に炸裂した。視界と平衡感覚を奪われ、私兵たちの突撃が完全に停止する。
「そこだ! 悪く思うなよ、これもお前らのためだ!」
ガストンが盾を構えて突進し、暴走する男たちの巨体をまとめて一箇所へと圧迫し、完璧に拘束してみせた。
「今です、枢先生!」
シオンが魔導書を掲げ、男たちの足元を固定する氷の術式を展開する。
「皆さん、感謝します。――これより、毒素の関門をすべて開きます!」
黄金の陽気を纏った枢が、一瞬の残像を残して私兵たちの懐へと滑り込んだ。
彼の太針が狙ったのは、男たちの膝の内側、太ももの骨の内側顆の下、大きな窪みに位置する、排毒の最大拠点だった。
シュシュシュッ!!!
「足の太陰脾経の合水穴――陰陵泉を深く穿ちます!」
完璧な角度と震脚とともに放たれた一刺しが、私兵たちの膝に次々と突き刺さる。
「陰陵泉は、体内に溜まった余剰な『湿熱』や水分、そして毒素を、下焦へと集めて急速に体外へと排泄させる、排毒と利水の最高峰の要穴です! ギルドの禁忌の薬がもたらした最悪の狂気を、尿や汗とともにすべて大地へアースさせます!」
ドバァァッ!!!
私兵たちの毛穴、そして足元から、ドス黒い汗と邪気の残滓が、凄まじい勢いで噴き出し、シオンの氷の床へと吸い込まれていく。
「が、はっ……あ、頭の熱が……抜けていく……!?」
「俺たちは、一体何を……うわああ、身体が、軽い……」
血走っていた私兵たちの瞳から狂気が消え去り、彼らは武器を落として、その場へへなへなと崩れ落ちた。過剰な薬物によって破裂寸前だった彼らの経絡は、枢の「陰陵泉」の劇的な瀉法によって、一滴の破綻もなく完璧に救い出されたのだった。
「ふぅ……。お見事でした、皆さん。夜間の緊急往診でしたが、誰一人怪我をすることなく、邪気だけを綺麗に払うことができましたよ」
枢は太針を鮮やかにアルコール綿で消毒し、往診鞄へと収めた。
「へへっ、チームワーク抜群じゃん! 昼の隠白で胃腸を整えて、夜の陰陵泉で一気にデトックスさせるなんて、先生の脾経の使い方は本当に芸術的だね!」
ネネがすり鉢を担ぎ直し、人懐っこい八重歯を見せて枢に親指を立てる。
「当然だ。これが私たちの『往診』だからな」
ハクが片眼鏡を指先でクイと上げ、満足そうに不敵な笑みを浮かべた。
ギルドの残党の最後の悪あがきを退け、真の意味で平和と平穏を取り戻した交易都市バルカ。
しかし、救われた私兵の一人が、息を切らしながら、枢の白衣の裾を弱々しく掴んだ。
「せ、先生……、助けてくれて、ありがとう……。だが、俺たちのボスは……ギルドの残党の本当の首領は、ここからさらに西にある『幻影のオアシス』へ向かった……。そこにある、古代の禁忌の医療遺産を使って、世界をもう一度、病の恐怖で支配し直すつもりだ……!」
西の砂漠の果てに眠る、新たなる病巣の影。
世界を巡る往診チームの前に、早くも次なる過酷な往診先が提示される。
聖鍼師・枢と仲間たちの不滅の旅路は、砂漠の熱風を突き抜けて、さらなる未知の領域へと進路を向けるのである。
第475話「不穏なる夜のバザール!残党の逆襲と陰陵泉の排毒」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ギルドの備蓄薬で暴走する私兵たちに対し、リナさんの閃光弾、ガストンさんの盾による圧迫固定、シオンさんの氷結、そしてハクさんとネネちゃんの紫煙中和から、枢先生の「陰陵泉」による劇的な排毒一刺しという、大迫力の夜間チーム防衛バトル、お楽しみいただけましたでしょうか!
昼の第474話で描かれた「隠白」と同じ『足の太陰脾経』に属する名穴を、今度は夜の防衛と重度のデトックスに応用してみせる枢先生の職人としての構成の美しさには、読んでいて本当に胸が熱くなりましたね。
今回は、体内に溜まった最悪の化学毒素や熱を強制排泄するために枢先生が用いた、膝の非常に重要な名穴、陰陵泉の効能について解説させていただきます。
東洋医学において「陰陵泉」は、足の太陰脾経の合水穴であり、体内の余分な「湿(水分や老廃物の停滞)」と「熱(炎症や暴走)」が混ざり合った『湿熱』を、下半身の水分代謝を爆発的に高めることで、体外へと一気に排泄させる最高峰のデトックススイッチです。
現代における下半身の強烈な浮腫み(むくみ)の解消、急激な下痢や胃腸炎の緩和、膝の痛みや、体内に溜まった重金属・添加物のデトックスなどにも極めて劇的な効果を発揮するこの名穴を、禁忌薬物のデトックスとして完璧に機能させてみせる枢先生の臨床の冴えには、今回も深く感動させられましたね。
見事にバルカの完全なる平和を守り抜いた往診チームですが、私兵の口から語られたのは、西の砂漠の果て「幻影のオアシス」に眠る古代の禁忌医療遺産という、これまた新たなる波乱を予感させる衝撃の引きとなりました。
次なる決戦の舞台は、蜃気楼が渦巻く灼熱の砂漠地帯。
明日【12:00】の更新もぜひお楽しみに!
お昼休みのひとときに、往診チームが魔導船で挑む砂漠の追撃戦と、新たなる命の治療劇を、ぜひお見逃しなく!




