第429話:聖府軍の来襲、秩序の守護者と枢の新たな決意
アムネシアの美しい朝を切り裂くように、水平線から現れたのは、世界の法と秩序を司る「聖府軍」の白銀艦隊でした。
神を診察し、因果の理を書き換えた枢先生の存在は、既存の秩序を重んじる者たちにとって、あまりにも巨大で予測不能な異常として映ったのです。
「おやおや、ガストン。せっかくの特製ジュースが台無しですね。空が賑やかになるのは、お祭りだけで十分なのですが。どうやら世界は、私という一介の往診医を、よほどの大病人と勘違いしているようです。リナさん、往診鞄を準備してください。どうやら言葉の通じない患者さんたちが、大挙して押し寄せてきたようですから」
枢先生の瞳には、かつてないほどの鋭い光が宿っています。
10時、土曜の特別更新。聖府軍の来襲、秩序の守護者と枢の新たな決意。
平穏を願う聖鍼師に、世界の意志が牙を剥きます。
アムネシアの青い空は、突如として飛来した巨大な飛行艦隊の影によって、重苦しく塗り潰されました。
白銀の装甲に身を固めた戦艦の側面には、聖府軍の象徴である「天秤と剣」の紋章が刻まれ、その威圧感は島全体の空気を物理的に押し潰さんばかりの質量を持っていました。
港の廃墟近くに立つ枢たちの前で、先頭の艦から一筋の光が放たれ、空中に巨大な魔法障壁が展開されます。
それは、この島からの脱出を一切禁ずるという、聖府軍の宣戦布告にも等しい包囲陣でした。
「先生、あれは聖府軍の第一遊撃艦隊だよ。なんで彼らがここにいるんだ。因果の霧が晴れた瞬間にこれだけの戦力を送り込んでくるなんて、最初から僕たちのことを監視していたのか」
ガストンが、再び震え始めた計測器を握りしめ、顔を青ざめさせて叫びました。
かつての彼は、聖府軍が管理する学術機関に身を置いていた時期がありました。
だからこそ、その紋章が意味する「慈悲なき秩序」の恐ろしさを、誰よりも深く理解していたのです。
「おやおや、ガストン。そんなに震えなくても大丈夫ですよ。彼らは単に、自分たちが管理できない奇跡が起きたことに怯えているだけです。法という名の檻に閉じ込めなければ安心できないのでしょう。私のような野良犬の往診医が、世界の膿を勝手に掃除したのがお気に召さなかったようですね」
枢は再生したばかりの右腕の袖を静かに下ろし、水平線を真っ直ぐに見据えました。
艦隊の中心から一機の小型高速艇が離脱し、砂浜へと猛スピードで降下してきます。
凄まじい衝撃と共に着陸したその艇から降り立ったのは、全身を純白の法衣で包んだ、一人の男でした。
その背中には、身の丈を優に超える巨大な「裁きの天秤」を象った魔導兵器を背負っています。
「聖府軍、第一異端審問官ゼノス。まさか、彼が直接出てくるなんて。枢、逃げましょう。あの男は対話を求める相手じゃないわ。秩序を乱す存在を、魂ごと消去するための歩く死神よ」
シオンが魔導書を全力で展開し、枢を庇うように一歩前に出ました。
しかし、降り立った男ゼノスは、感情を一切排除した灰色の瞳で、枢の存在を正確に射抜いていました。
「聖鍼師、枢。いや、カナタ。一族の禁忌を侵し、神の領域に鍼を打ち込んだ不届き者。お前が行った行為は、世界の因果バランスを修復不可能なまでに破壊した。お前という個体が存在し続けることは、万物の理に対する重大なエラーである。よって本聖府軍は、お前の身柄を永久凍結処分にすることを決定した」
ゼノスの声は、感情のない機械のように冷酷に響き渡りました。
「おやおや、ゼノス審問官。永久凍結とは穏やかではありませんね。私はただ、目の前の患者を診ただけですよ。天空の瞳も、このアムネシアも、皆ひどい病に苦しんでいました。医者が病を治して、なぜエラーなどと呼ばれなければならないのですか。あなたの言う理とは、患者の叫びに蓋をすることなのですか」
枢が静かに、しかし確固たる足取りで一歩前へ踏み出しました。
その瞬間、ゼノスの背後の魔導兵器が自動的に展開し、枢の周囲の空間に、重力子を圧縮した見えない拘束陣が張り巡らされました。
「枢!」
リナが叫び、黄金の気を放って拘束陣を切り裂こうとしましたが、聖府軍の特殊法術は彼女の気を効率よく吸収し、さらにその拘束密度を増していきます。
「無駄だ、聖騎士の出来損ないよ。貴公の力もまた、我らが法の下に管理されるべき不確定要素に過ぎない。枢、抵抗は無意味だ。貴公を野に放てば、世界は救済という名の混沌に飲み込まれる。管理されない奇跡は、最悪の毒となる。貴公の銀鍼は、もはや医学ではなく、既存の法を犯す暴力だ」
ゼノスの手から漆黒の鎖が放たれ、枢の首筋へと蛇のように伸びました。
「おやおや、暴力ですか。それは聞き捨てなりませんね。私の銀鍼が暴力だと言うのなら、その歪んだ法という病を、私が今ここで執刀して差し上げましょう。リナさん、シオン、ガストン。往診を再開します。今回の患者は、世界を支配しようとする傲慢という名の大病です」
枢の全身から、白銀の気が地響きを伴って噴き出しました。
それは昨夜、島を救った慈愛の光とは異なり、己の信念を貫くための、鋭く研ぎ澄まされた救済者の怒りでした。
「法の外側にしか救えない命があることを、私が教えて差し上げましょう。さあ、診察のお時間です。ゼノス審問官。あなたのその冷え切った正義に、一本打たせていただきますよ」
枢の指先に、一本の銀鍼が月光のような冷たさを帯びて具現化しました。
つづく。
5月16日(土)10:00、聖府軍の来襲。
聖鍼師・枢。対話なき正義に抗う。
12時、昼の特別更新は、第430話「銀鍼対魔導兵器、審問官ゼノスの冷徹と枢の神速穿刺」へと突入します。
第429話「聖府軍の来襲、秩序の守護者と枢の新たな決意」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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束の間の休息を破り、枢先生の前に立ちはだかったのは、世界の法を絶対とする「聖府軍」でした。
彼らにとって、枢先生が起こした奇跡は、管理できない不確定要素、すなわちエラーでしかありません。
救済を暴力と断じるゼノス審問官に対し、枢先生は、法という病そのものを治療するという、かつてないほどに強い決意を固めました。
法の鎖に縛られようとする枢先生が、その銀鍼でどのような解を導き出すのでしょうか。
次回の第430話は、本日【12:00】に特別更新予定です。
異端審問官ゼノスとの、息もつかせぬ超近接戦闘。
魔導兵器の圧倒的火力に対し、枢先生の神速の穿刺は届くのでしょうか。
皆様の応援が、枢先生の銀鍼をさらに鋭く研ぎ澄まします。
12時、砂浜での死闘。再び皆様とお会いできることを楽しみにしております。




