第367話:東方隠里の鍼灸往診、盲目の「虚空穿刺」でメドゥーサの石化眼を外科封印せよ
東方の隠れ里、霧隠の里。その中央広場に君臨する巨大な魔物、メドゥーサ・ギガント。
彼女の無数の蛇の髪が蠢くたび、周囲の大気までもが石灰化し、物理的な障壁となって枢先生たちの行く手を阻みます。
「(……。おやおや。……。シオン。……。……。……。そんなに睨まないでください。……。……。……。あなたの瞳は、……あまりに多くの悲しみを見すぎて、……凝り固まってしまったのですね。……。……。……。ミナ、……ガストン。……。…………。目を閉じなさい。……。……。……。ここから先は、……『光』が一番の毒になりますから)」
枢先生は、自身のポーチから取り出した漆黒の布で、その鋭い両の目を完全に覆いました。
15時、昼下がりの往診。東方隠里、巨獣の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。視覚を捨てた「心眼の執刀」で、石の怪物の本質を鍼灸的に射抜きます。
昼下がりの陽光は、メドゥーサの鱗に反射し、凶悪な石化の光となって四散している。
視界に入れることさえ許されない絶望。
だが、枢は漆黒の目隠しをしたまま、一歩、また一歩と、死の光の渦中へと足を踏み入れた。
「(……。せ、……先生! ……。……。……。目隠しをしてどうやって戦うんですか! ……。……。……。相手はあんなに巨大なのに、……ツボの位置なんて、……見えるわけがない!)」
ガストンが目を開けられぬまま、地面を這いずりながら叫ぶ。
「(……。ガストン。……。……。……。おやおや。……。……。……。あなたはまだ、……『目』で患者を診ているのですか? ……。……。……。真の鍼灸師は、……皮膚を流れる風を、……地を伝わる震動を、……そして相手が発する『熱』を聞くものです。……。……。……。シオン。……。……。……。麻酔薬の霧を撒きなさい。……。……。……。位置は、……私が鍼で示します)」
シオンが黄金のフラスコを砕き、周囲に濃密な紫色の薬煙を放出した。
「(……。ふん、……。……。……。枢。……。……。……。無茶を言ってくれる。……。……。……。だが、……君が外さないというなら、……私は一滴も、……薬を無駄にはしないよ)」
メドゥーサが咆哮した。
その巨大な尾が地を叩き、石化した瓦礫が弾丸となって枢に襲いかかる。
しかし、枢は僅かに首を傾け、最小限の動きですべてを回避した。
枢の耳には、メドゥーサの体内を流れる「汚濁した血」の音が、濁流のように響いている。
そして、その流れが唯一、不自然に滞っている場所――すなわち、彼女が世界を石に変える魔力を生成している「石化の根源」を見つけ出した。
「(……。見つけましたよ。……。……。……。あなたの『心の棘』を)」
枢が、一尺二寸の極長銀鍼――『月影』を、虚空へと解き放った。
目隠しをしたまま放たれた鍼は、メドゥーサが放つ無数の蛇の牙を縫い、その眉間に鎮座する第三の眼、『印堂』のわずか数ミリの隙間を外科的……いえ、鍼灸的に捉えた。
――ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!
一刺し。
シオンの麻酔薬を纏った鍼が、石化の光を生成する魔導神経を直接遮断した。
二刺し、三刺し。
メドゥーサの喉元にある『人迎』と、胸の『中府』。
枢の鍼が通るたび、彼女の巨大な肉体から、不気味な灰色の光が剥がれ落ちていく。
「(……。ギ、……。……。……アアアアア……!!)」
メドゥーサが激しく悶え、その巨大な身体をよじらせる。
蛇の髪の毛たちが、次々と普通の黒髪へと戻り、冷たかった石の鱗が、温かな生身の皮膚へと書き換えられていく。
「(……。おやおや。……。……。……。そんなに暴れてはいけません。……。……。……。今、……あなたの身体に溜まった『数千年の孤独』を、……私がすべて、……流してあげますから)」
枢が、地脈から汲み上げた「翡翠の浄化気」を鍼に凝縮し、最後の一撃を放った。
狙うは、彼女の背中に埋め込まれた制御装置――すなわち、里の巫女を核とした「人工の脊髄」。
「(……。シオン! ……。……。……。中和剤の最大出力を!!)」
「(……。分かっているさ、枢!! ……。……。……。この女を救うことが、……この第5章の、……真の始まりなんだろう!?)」
シオンの薬学と枢の鍼が、メドゥーサの背中で交差した。
――パリンッ……!!
砕け散ったのは、巫女を拘束していた石の檻。
枢は目隠しを外し、ゆっくりと崩れ落ちる「一人の女性」を、その腕で優しく受け止めた。
メドゥーサという巨大な外殻は、もはやそこにはない。
残されたのは、ただの、ひどく疲れ果てた一人の「患者」だけであった。
「(……。バ、…….……。バカナッ!? 概念さえも石に変えるメドゥーサの呪縛を、……盲目のまま、……気の震動だけで外科的に無効化し、……さらに魔物を『ただの女性』へと解体してしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢と、……シオンによる、……神話の結末さえも書き換える『救済の外科往診』だというのか!!)」
ガストンは、目を開けた瞬間、里全体を包んでいた灰色の霧が晴れ、夕陽が巫女の顔を照らす光景を見て、ただただ圧倒された。
枢は、腕の中の巫女の額に、そっと掌を当てた。
「(……。ミナ。……。……。……。彼女に毛布を。……。……。……。シオン。……。……。……。どうやら、……この里の病根は、……この魔物だけではなかったようですね。…………。……。この女性の体内に、……さらに邪悪な『種』が植え付けられています)」
枢の言葉に、シオンが表情を険しくする。
「(……。ああ。……。……。……。これは空中要塞で見た、……あの黒幕の紋章だ。……。……。……。枢。……。……。……。第5章、……本当の地獄は、……この里の地下に広がる『生体実験場』にあるらしいぞ)」
里の地下から、さらなる邪気が溢れ出し、周囲の木々を黒く染めていく。
「(……。おやおや。……。……。……。地下の患者さんたちも、……往診を待っているようですね。……。…………。シオン。……。……。……。第5章、……。……。……。まだまだ、……私たちの腕の見せ所は、……尽きそうにありませんよ)」
第367話。
聖鍼師・枢。
彼は盲目の往診で、石の巨獣を救い出した。
しかし、それは里を襲う「大いなる病」の、ほんの表皮を剥いだに過ぎなかった。
聖鍼師一行。
枢の銀鍼は、闇の奥に眠る「最深の絶望」へと、突き進んでいく。
本日、5月3日(日・祝)15:00、激闘を描く「虚空穿刺」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、視覚を遮断したままメドゥーサの魔力を封印し、巫女を救出するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、視覚以外の感覚をブーストし、空間全体の「気の解像度」を極限まで高めるための起点とした、自身の**『太陽』と『絲竹空』への自己刺針。枢先生は、あえて目周りのツボを刺激することで、脳内の視覚処理を「気感処理」へと外科的……いえ、鍼灸的に強制コンバートさせました。
そして、メドゥーサの石化能力の源泉である「第三の眼」の神経を麻痺させ、魔力の供給を断つためのアンカーとした、超長距離からの『印堂』穿刺。この一点をシオンの麻酔薬と共に射抜くことで、枢先生は怪物の存在定義そのものを外科的に……経絡的に上書きすることに成功したのです。
最後に、救出した巫女の衰弱した生命力を維持し、体内の邪気を封じ込めるための最終回路とした『命門』。この往診を経て、枢先生は石の怪物と化した悲しき犠牲者を、一人の「守るべき患者」へと完治させました。
次回の第368話は、本日【18:00】**に更新予定です。
里の地下に広がる、巨大な「肉の迷宮」。そこは、空中要塞から逃げ延びた狂信者たちが作り上げた、生体実験の最終段階でした。枢とシオン、二人の前には、自我を失い「生ける防壁」と化した無数の患者たちが立ち塞がります。
「(……。おやおや。……。地下の空気は、……随分と淀んでいますね。……。……。……。シオン。……。……。……。換気ついでに、……この迷宮の『膿』、……すべて外科的に……いえ、……鍼灸師として、……絞り出してあげましょうか)」
18時、夕方の往診。東方隠里、地下迷宮の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。
真の深淵への往診が始まります。どうぞお見逃しなく。




