第366話:東方隠里の鍼灸往診、石化の呪いを「破岩の振動鍼」で外科開孔せよ
空中要塞パンドラが翡翠色の光となって消え去り、世界に平穏が戻ったかに見えたのも束の間。枢先生の手元には、一通の古びた巻物が届いていました。
送り主は、東方の最果てにある「霧隠の里」。
そこでは、住人が生きたまま石へと変わる「石化病」が蔓延し、さらにその背後には、墜落した要塞から逃げ延びた黒幕の残党が潜んでいるという不穏な情報が記されていました。
「(……。おやおや。……。シオン。……。……。要塞の次は、……動かない石の患者さんですか。……。……。……。しかも、……これほどの冷気を感じる。……。……。……。ガストン、……。……。震えて石像を倒さないように。……。……。今の彼らは、……一突きで砕け散る、……静止した命なのですから)」
枢先生一行が辿り着いた里は、正午の太陽の下でありながら、一切の生命の音が消えた「灰色の静寂」に包まれていました。
12時、昼の往診。東方隠里、石化の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。空中要塞を救ったその手で、今度は「止まった刻」を外科的に……いえ、鍼灸的に動かします。
空中要塞が浄化されてから数日、東方へ向かった一行を待っていたのは、色彩を剥ぎ取られたような異様な光景であった。
道端には、鍬を振るった姿勢のまま、あるいは赤子を抱きかかえた姿勢のまま、毛穴一つまでが精巧な石灰岩へと変貌した村人たちが点在している。
ガストンが魔導端末の数値を読み上げながら、悲鳴のような声を上げた。
「(……。せ、……先生! ……。シオン様! ……。これ、……ただの病気じゃありません。……。……。細胞内の水分が、……未知の魔導振動によって強制的に『結晶化』されています。……。……。石化率99.8%。……。……。医学的には、……彼らはもう、……精巧な『置物』と何ら変わりません!)」
「(……。ガストン。……。……。……。相変わらず、……表面しか見ていませんね。……。……。おやおや。……。……。石の中に閉じ込められた『気』が、……外に出たくて震えているのが見えませんか? ……。……。彼らは、……死んでいるのではない。……。……。あまりの恐怖に、……命をギュッと凝縮して、……耐えているだけなのですよ)」
枢が、石化した少女の「喉元」――**『扶突』に、そっと指を触れた。
石の冷たさ。しかし、その深層からは、微かな、しかし絶望的な「鼓動の残響」が、枢の指先を通じて伝わってくる。
シオンが傍らで、黄金の試験管を振りながら、不敵に笑う。
「(……。枢。……。……。……。面白い。……。……。これは空中要塞でパラケルススが使っていた『細胞停止プログラム』の応用だ。……。……。外側から物理的に破壊すれば、……中の魂ごと砕ける。……。……。やるなら、……内側からの『共鳴破砕』しかないな)」
「(……。ええ、……。……。シオン。……。……。……。あなたの見立ては、……いつも正確で助かります。……。……。では、……私が『音叉』になりましょう。……。……。ミナ、……。……。……。あなたの歌声を、……この石の静寂を切り裂く、……最も鋭い旋律に変えなさい)」
枢がポーチから、これまでの銀鍼とは異なる、黒く重厚な「玄武鍼」を取り出した。
ミナが、水晶を叩くような、高く澄んだ歌声を響かせる。
枢の指先が、石化した少女の首筋の一点へと、玄武鍼を押し当てた。
――キィィィィィィィィィィンッ……!!
石の肌と黒い鍼が触れ合った瞬間、不快な高周波が周囲の霧を吹き飛ばした。
枢は、ミナの歌声に合わせて、自身の気を鍼を通じて秒間数万回という超高速で振動させ、石の分子構造を外科的……いえ、鍼灸的に揺さぶる。
一刺し。
石の表面に、目に見えないほどの微細な「亀裂」を気の振動で刻み込む。
二刺し。
シオンが撒布した、石灰を軟化させる「特殊触媒薬」を、鍼の先端から石の深部へと外科的に注入した。
「(……。おやおや。……。……。少し、……窮屈でしたね。……。……。……。さあ、……。……。……。大きく呼吸をして、……その『殻』を、……内側から脱ぎ捨てなさい)」
枢が、少女の胸部――『膻中』**を、掌で優しく叩いた。
パリ、パリパリッ!!
石像の表面に、無数の亀裂が走る。
そこから漏れ出したのは、翡翠色の眩い光と、勢いよく吹き出す「温かな血」の蒸気であった。
崩れ落ちる石の破片。その中から現れたのは、頬に赤みを差し、大きく喘ぎながら目を開けた一人の少女であった。
「(……。あ、……。……。……。……。はぁ、……。……。……。……)」
「(……。おやおや。……。……。おはようございます。……。……。……。随分と、……長いお昼寝でしたね。……。……。ミナ、……。……。……。彼女に温かいお水を。……。……。……。身体の『芯』が、……まだ凍えていますから)」
少女は、枢の白衣を震える手で掴み、声にならない声で泣き出した。
石化という、死よりも冷酷な停滞から、枢の鍼が彼女を「生」へと引き戻したのである。
「(……。バ、…….……。バカナッ!? 石灰化した細胞を、……気の共鳴だけで元のタンパク質へと再構成し、……物理的に固着した時を、……鍼一本で動かし始めてしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢と、……シオンによる、……空中要塞の技術さえも凌駕する『開刻の往診』だというのか!!)」
ガストンは、自身の魔導端末が示す「石化率:0%」という奇跡の数値を見て、腰を抜かした。
しかし、里の奥から、地響きのような不気味な音が響いてきた。
そこには、村人たちを石に変えた元凶――空中要塞から持ち出された魔導兵器をその身に宿した、巨大な魔物「メドゥーサ・ギガント」が姿を現した。
その魔物の背中には、村の「巫女」とされる女性が、半身を石に侵されたまま、制御装置として埋め込まれていた。
「(……。ふふ、……。……。枢。……。……。……。面白くなってきたじゃないか。……。……。……。空中要塞の生き残りが、……こんなところで『神話の再現』を演じていたとはね)」
シオンが、狂気に満ちた、しかし愉しげな笑みを浮かべて黄金の天秤を掲げる。
「(……。ええ。……。……。シオン。……。……。……。あの大きな患者さんには、……少し、……太い鍼が必要なようですね。……。……。ミナ、……ガストン。……。……。里の皆さんの『解凍』は、……あなたたちに任せます。……。……。私たちは、……あの『石の根源』を、……外科的に……いえ、……鍼灸師として、……治療してきましょう)」
第366話。
聖鍼師・枢。
彼は空中要塞を救った後、息つく暇もなく、東方の地で「石の絶望」と対峙した。
しかし、里の奥に潜む巨悪は、見つめるものすべてを「概念ごと」石に変える、要塞の技術を超えた呪いを宿していた。
聖鍼師一行。
東の隠れ里での往診は、命の輝きと、石の静寂が激突する「神話の執刀」へと突入していく。
本日、5月3日(日・祝)12:00、第5章の正統なる継続として「東方隠里編」の幕開けを飾る「開刻の往診」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、完全に石化した少女を、損傷なく生身へと戻すために枢先生とシオンが意識した術式を解説します。
まず、石の硬度に負けない特殊な振動を全身に伝え、内部の「気」の循環を再起動させるための起点とした**『扶突』。喉元にあるこの要穴に対し、枢先生は「玄武鍼」を通じた超高周波の医気を送り込むことで、凍りついた生命維持装置を外科的……いえ、鍼灸的に強制始動させました。
さらに、シオンの軟化薬を全身の末端まで行き渡らせ、細胞レベルで石の呪いを解くためのアンカーとした『膻中』。このポイントを「共鳴の震央」とすることで、枢先生は石の殻を内側から爆破するように外科的に……経絡的にパージすることに成功したのです。
最後に、目覚めた直後の急激な体温変化によるショックを防ぐための最終回路とした『内関(内関)』。この往診を経て、枢先生は数年間にわたり「置物」とされていた少女を、ただの「少し寝坊した元気な子供」へと完治させました。
次回の第367話は、本日【15:00】**に更新予定です。
巨大な魔物メドゥーサとの対決。視線を合わせれば即座に石化するという絶体絶命の条件下で、枢は空中要塞の浄化で得た「全感覚の統合」を使い、盲目状態で敵の経絡を射抜きます。
「(……。おやおや。……。目つきの悪い患者さんですね。……。……。そんなに睨まなくても、……私がその『蛇の髪の毛』、……一房残らず、……外科的に……いえ、……鍼灸師として、……整えてあげますよ)」
15時、昼下がりの往診。東の隠れ里、巨獣の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。空中要塞編から続く、本当の「神話殺し」が始まります。どうぞお見逃しなく。




