第365話:空中要塞内部の最終往診、絶望の激突を「翡翠の流星鍼」で外科昇華せよ
空中要塞パンドラの最深部は、パラケルススが取り込んだ「魔導核」の暴走により、肉壁と機械が脈動する地獄のような内臓空間へと変貌していました。
地上までの距離は、わずか三千メートル。このまま激突すれば、要塞に蓄積された毒素とエネルギーが爆発し、地上の国々は一瞬で死の灰に包まれます。
「(……。おやおや。……。シオン。……。……。これは随分と、……巨大な腫瘍ですね。……。……。一刺しや二刺しでは、……とても根治は望めそうにありません。……。……。ミナ、……ガストン。……。……。船外脱出の準備を。……。……。ここから先は、……私とシオン、……二人の命を『鍼』にして、……この絶望を外科的に……いえ、……鍼灸師として、……貫く必要がありますから)」
枢先生は、これまでの全ての鍼を捨て、ただ一本、シオンが精製した「究極の中和薬」を纏った**『天命の白金鍼』**を手にしました。
10時、朝の往診(二回目)。空中要塞内部の最終往診。
聖鍼師・枢。シオンと共に、墜落する死の運命を、一鍼で完治させます。
高度二千メートル。
要塞の窓から見える地上の景色が、恐ろしい速度で迫り来る。
パラケルススは、もはや人の形を留めていなかった。数百の腕、千の目、そして要塞そのものと融合した鋼鉄の心臓。彼は叫ぶ。
「(……。無駄だ! ……。……。このまま墜ちれば、……私は大地と一体化し、……永遠の病を世界に撒き散らす! ……。……。枢! ……。お前の鍼など、……この巨大な『死』の前では、……蚊の羽音も同然だ!!)」
「(……。おやおや。……。パラケルスス先生。……。……。あなたはまだ、……数の多さを『強さ』だと思っているのですね。……。……。鍼灸師の視点に立てば、……どれほど巨大な肉体も、……動かしているのはたった一点、……『命の核』に過ぎません)」
枢が、シオンの肩に手を置いた。
シオンは頷き、自身の天秤を砕いて、その全ての魔力を枢の持つ白金鍼へと流し込む。
翡翠色と黄金色の光が混ざり合い、一本の鍼が、太陽のような輝きを放ち始めた。
「(……。シオン。……。……。準備はいいですか。……。……。あなたの薬学と、……私の鍼。……。……。これで、……この悲しい要塞に、……『安楽死』という名の救済を与えましょう)」
「(……。ああ、……枢。……。……。地獄まで、……付き合ってやるよ。……。……。最高の手術(往診)にしようじゃないか!)」
二人の天才が、同時に跳躍した。
パラケルススが放つ数千の触手、魔導レーザー、そして酸の雨。
しかし、枢とシオンの周囲には、極限まで高められた「医気」が絶対不可侵の領域を形成し、全ての攻撃を触れる前に霧散させていく。
高度、千メートル。
枢が、パラケルススの胸部、要塞の全エネルギーが集中する「疑似心門」を見定めた。
「(……。ミナ。……。……。今です! ……。……。全生命を賭けた、……鎮魂の歌を!!)」
ミナの歌声が、要塞の爆音さえもかき消して響き渡る。
その瞬間、枢の白金鍼が、シオンの手によって背中から押し出され、音速を超えてパラケルススの核へと突き刺さった。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!
一刺し。
要塞全体を巡る毒素の流れを、シオンの薬が瞬時に「栄養剤」へと変換。
二刺し、三刺し。
枢が核に打ち込んだ気の波動が、要塞の全構造材に伝わり、崩壊しようとしていた鉄塊を、一つの巨大な「光の彫刻」へと外科的……いえ、鍼灸的に再構築した。
「(……。あ、……。……あああああ……!!)」
パラケルススの瞳から、狂気が消え、代わりに懐かしい「安らぎ」の色が宿る。
彼は思い出した。かつて、病に苦しむ子供を救うために、必死で薬草を煎じていた若き日の自分を。
「(……。枢……。……。……。ああ……。……温かいな。……。……。私は、……何を……。……。……。済まない……。……。……ありがとう)」
高度、五百メートル。
要塞パンドラは、激突の直前、爆発することなく「光の粉」となって霧散を始めた。
死の雨を降らせるはずだった巨大な影は、今や地上を優しく照らす翡翠色のオーロラへと姿を変えていた。
「(……。バ、…….……。バカナッ!? 激突のエネルギーを、……全て『浄化の気』に変換し、……物理的な破壊を、……ただの『大規模な癒やし』へと書き換えてしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢と、……シオンによる、……神話の結末さえも変える『流星の往診』だというのか!!)」
ガストンは、ミナと共に空中に放り出されながら、自身の魔導端末が検知した「周辺汚染度:純白」という数値を見て、涙を流しながら笑った。
枢とシオンは、光の中で互いの腕を掴み合い、静かに地上へと降下していく。
「(……。おやおや。……。シオン。……。……。随分と、……派手な幕引きになりましたね。……。……。これでは、……次の往診の予約が、……殺到してしまいそうです)」
「(……。ふん、……。……。枢。……。……。安心しろ。……。……。これからは、……私が横で、……法外な診察料を請求してやるよ)」
夕陽が、光の粒子が舞う空を優しく包み込む。
空中要塞は消え、そこにはただ、清々しい風と、再び芽吹き始めた大地だけが残されていた。
第365話。
聖鍼師・枢。
彼は宿敵であり友であるシオンと共に、世界を滅ぼす運命を「完治」させた。
しかし、平和な空の下、枢の元に一通の「往診依頼」が届く。
それは、遠く離れた異国の地、歴史から忘れ去られた「隠れ里」からの、切実な悲鳴であった。
聖鍼師一行。
次なる舞台は、太古の呪いが息づく東の国。
今や最強のバディとなった枢とシオンの、新たな往診の旅が始まる。
本日、5月3日(日・祝)10:00、空中要塞編のクライマックス「流星の往診」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、激突のエネルギーを中和し、要塞全体を光へと昇華させるために枢先生とシオンが意識した術式を解説します。
まず、要塞の全エネルギーが集中する「疑似心臓」に対し、毒素を一瞬で光へと変えるための起点とした**『神門』への白金鍼投射。枢先生は、要塞全体を一人の「パニック状態の患者」として診立て、その核心を突くことで、暴走する死の衝動を外科的……いえ、鍼灸的に鎮静させました。
そして、変換された膨大な浄化の気を大気中に拡散させ、地上の自然を即座に再生させるためのアンカーとした『気海』。文字通り「気の海」を爆発させることで、枢先生とシオンは、死の要塞を広域の「生命活性装置」へと外科的に……経絡的に作り変えることに成功したのです。
最後に、パラケルススの魂を浄化し、彼に人間としての死を与えるための最終回路とした『膻中』。この往診を経て、枢先生は最大の脅威を、一陣の「温かな風」へと完治させました。
次回の第366話は、本日【12:00】**に更新予定です。
12時、昼の往診。東の隠れ里、石化の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。新たな伝説の幕開け。どうぞお見逃しなく。




