第358話:霧の庭園の鍼灸往診、過剰なる生命力を「沈静の導引」で外科浄化せよ
王都の喧騒を離れ、シオンを追って辿り着いたのは、深い霧に包まれた「常世の薬草庭園」。
そこは、かつて枢とシオンが、共に「理想の医療」を語り合いながら薬草を摘んだ思い出の場所でした。
しかし、霧の奥から現れた守護者たちの姿に、ミナは息を呑みます。
彼らはシオンの薬によって、筋肉は岩のように硬くなり、瞳は過剰な生命力で真っ赤に発光。
「(……。おやおや。……。シオン、……。あなたは相変わらず、……極端ですね。……。……。栄養を詰め込みすぎて、……経絡がオーバーヒートしていますよ。……。……。ミナ、……。これは敵ではありません。……。ただの『食べ過ぎた子供』と同じです。……。……。私が少し、……余分な熱を逃がしてあげましょう)」
枢先生の銀鍼が、霧を切り裂き、守護者の肥大化した肉体へと吸い込まれます。
朝の往診。霧の庭園の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。元気すぎる暴徒を、一鍼で「適正な健康」へと導きます。
朝の霧が立ち込める薬草庭園。
視界を遮る白い帳の向こう側から、獣のような、それでいて力強い呼吸音が響いてくる。
現れたのは、庭園を守る「四神将」の一人、剛腕のザックス。しかしその姿は、かつての温厚な武人とは程遠いものであった。血管は体表面を這い回り、一呼吸ごとに周囲の植物が過剰な生命エネルギーに当てられ、異常な速度で成長しては枯れていく。
「(……。ぐ、……。ああああああ! ……。力が、……力が止まらん! ……。シオン様がくれた、……この究極の活力が……! ……。枢、……。貴様も、……この全能感を味わうがいい!)」
ザックスが地面を蹴ると、土砂が爆発したかのように舞い上がった。
その速さは、もはや人間の反射神経を超えている。シオンの薬によって、脳からの神経伝達が数千倍に加速されているのだ。
ガストンが叫ぶ。
「(……。せ、……先生! ……。こいつの『気』の数値、……メーターを振り切っています! ……。触れるだけで、……こちらの気が吸い取られる。……。攻撃なんてしたら、……逆にこっちの経絡が焼き切れるぞ!)」
「(……。ガストン。……。……。慌ててはいけません。……。……。確かに、……彼の今の状態は、……通常の医療では手の打ちようがないでしょう。……。……。ですが、……おやおや。……。蛇口が壊れて溢れ出した水は、……力ずくで止めるのではなく、……別の水路を作って逃がしてあげればいいのです)」
枢は一歩も引かず、迫り来るザックスの巨大な拳に対し、右手の指先に挟んだ一本の銀鍼を、吸い付くように差し出した。
――キィィィィィィィィィンッ!!
衝突の衝撃波が霧を吹き飛ばす。
しかし、枢の銀鍼は、ザックスの拳の正中線上にある急所――**『労宮』に、一ミリの狂いもなく触れていた。
「(……。ザックス。……。……。そんなに肩を怒らせて、……疲れませんか? ……。……。あなたの身体は今、……出口のないエネルギーに焼かれています。……。……。私が今、……あなたの全身を、……一つの巨大な『煙突』に変えてあげましょう)」
枢が銀鍼を僅かに回転させると、ザックスの拳から、目に見えるほどの黄金の気が噴き出した。
一刺し。
暴走する気の圧力を、手足の先端――『井穴』から体外へと強制放電させた。
二刺し。
過剰な興奮で焼き切れる寸前の脳神経を、首筋の『天柱』**を通じて、大地へと接地させた。
「(……。あ、……。……ああ……。……。熱が、……引いていく……。……。)」
「(……。おやおや。……。随分と、……真っ赤な顔をして。……。……。今のあなたは、……ただの重度の『のぼせ』状態です。……。……。足元を温め、……頭を冷やす。……。……。鍼灸の基本中の基本ですよ)」
枢の指先が、流れるような演武となってザックスの巨体を叩く。
それは攻撃ではない。詰まった気の流れを、あるべき場所へ、あるべき速度で流し直す「調律」の儀式。
ザックスの岩のような筋肉が、みるみるうちに柔らかく、しなやかな本来の姿に戻っていく。
真っ赤に充血していた瞳も、穏やかな知性の色を取り戻した。
枢が最後の一鍼を引き抜くと、ザックスはその場に静かに崩れ落ち、そして、まるで赤子のような穏やかな寝息を立て始めた。
「(……。バ、…….……。バカナッ!? シオンの極大強化薬によって暴走した生命力を、……逆に『放電回路』として利用し、……たった数十秒で適切な健康体へ引き戻してしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢の、……過剰な命さえも手懐ける『鎮静の往診』だというのか!!)」
ガストンは、自身の魔導端末が示す「生命反応:極めて正常」というグラフを見て、信じられないという風に頭を振った。
「(……。ミナ。……。……。これがシオンのやり方です。……。……。彼は人を救うために、……人を『壊れるほど元気』にしてしまう。……。……。それは、……鍼灸師の仕事ではありません。……。……。ただの、……傲慢な力の押し付けです)」
枢は、眠るザックスにそっと自分の白衣(予備のもの)をかけ、霧の奥を見つめた。
霧の向こうから、シオンの笑い声が聞こえてくる。
「(……。ふふ、……。……。相変わらず、……丁寧な仕事をするね、枢。……。……。だが、……ザックスを救ったことで、……君の『気』も随分と消耗したはずだ。……。……。さあ、……次の守護者は、……君のその優しさを、……根こそぎ食い尽くすよ)」
霧の中から現れたのは、巨大な蛇のような体躯を持つ女、双毒のサリア。
彼女はシオンの薬によって、自身の「血液」を、触れるだけで経絡を腐らせる猛毒の酸へと変質させていた。
「(……。おやおや。……。今度は、……貧血気味の患者さんですか。……。……。顔色が、……少し紫がかっていますよ。……。……。ミナ、……ガストン。……。次は、……この庭園を、……一つの巨大な『薬湯』に変えて、……彼女を丸ごと、……洗浄してあげましょうか)」
第358話。
聖鍼師・枢。
彼は溢れ出す力を「放電」させることで、一人の戦士を救い出した。
しかし、シオンの毒牙は、次なる守護者を通じて、枢の身体そのものを侵食しようと迫る。
聖鍼師一行。
霧の庭園での往診は、さらに過酷な「排毒の執刀」へと加速していく。
本日、5月2日(土)08:00、今日から始まる5日間の連続往診、その第一幕を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、過剰な生命力で暴走するザックスを鎮め、その肉体を保護するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、体内に溜まった膨大なエネルギーを体外へ安全に逃がすための排出口とした**『労宮』と『井穴』。手足の先端にあるこれらのツボを「気の避雷針」として外科的……いえ、鍼灸的に機能させることで、枢先生はザックスの肉体が内側から弾けるのを防ぎました。
そして、脳へ向かう過剰な血流を抑え、精神的な暴走を物理的に鎮めるためのアンカーとした『天柱』。後頭部のこの要穴を貫き、地脈へと気を逃がすことで、枢先生は「狂乱」を「深い安眠」へと外科的に……経絡的に変換することに成功したのです。
最後に、乱れた気の流れを整え、目覚めた後に後遺症を残さないための最終回路とした『太衝』。この往診を経て、枢先生は最強の戦士を、ただの「健やかな眠りにつく患者」へと完治させました。
次回の第359話は、本日【10:00】**に更新予定です。
自身の血を毒の酸へと変えたサリア。枢は、庭園の噴水と自身の気を使い、霧そのものを「中和剤」に変えるという、広域鍼灸術を展開します。
「(……。おやおや。……。そんなに毒を吐き出して、……喉が渇きませんか? ……。……。私が今、……この空気ごと、……あなたの身体を洗い流してあげますよ)」
10時、朝の往診(二回目)。霧の庭園の鍼灸往診。
聖鍼師・枢。毒の女をどう「洗浄」するのか。どうぞお見逃しなく。




