第354話:社交界の外科往診、欲望のオークションを「高貴なる沈黙」で外科粉摂せよ
王都の地下での死闘から一週間。平穏を取り戻したはずのミナたちの元に、漆黒の封蝋で閉じられた一通の招待状が届きました。
差出人は、世界最大の富を誇る謎の組織「万能の祭壇」。
そこでは、希少な薬草や魔導医療機器だけでなく、なんと「不治の病を持つ奴隷」や「高名な医師の執刀権」までが競り落とされるという、人道に背いたオークションが行われようとしていました。
「(……。おやおや。……。命に値段をつけ、……病を娯楽にしようとは。……。趣味の悪い金持ちというのは、……脳の血管が黄金で詰まっているようですね。……。ミナ、……。ドレスアップの準備をしなさい。……。汚れた金で買えるのは、……自分の『死期』だけだということを、……外科的に教えてあげましょう)」
枢先生の言葉に、ミナは覚悟を決めます。
煌びやかなシャンデリアの下、聖鍼師の銀鍼が、欲望に溺れた貴族たちの仮面を剥ぎ取ります。
朝の往診。社交界の外科往診。
聖鍼師・枢。煌びやかな地獄を、一鍼で完治させます。
王都から馬車で数時間の距離にある、霧に包まれた古城。
そこでは、隣国からも集まった王侯貴族たちが、贅を尽くした衣装に身を包み、仮面をつけて談笑していた。会場を流れる優雅な旋律とは裏腹に、そこには「誰かを踏み台にしてでも生き延びる」という、剥き出しの生存本能が渦巻いている。
ガストンは、慣れない正装に身を固め、周囲の威圧感に縮こまっていた。
「(……。せ、……先生。……。ここ、……空気の密度が異常だ。……。ただの金持ちじゃない、……全員が何かしらの『禁忌の医療』を受けて、……無理やり寿命を延ばしている化け物ばかりですよ……!)」
カサンドラも、ドレスの裾に隠した短剣を握りしめ、警戒を怠らない。
しかし、中心に立つ枢は、黒いタキシードを完璧に着こなし、まるでその城の主であるかのような風格を漂わせていた。
「(……。おやおや。……。ガストン、……。そんなに怯えていては、……患者に舐められますよ。……。見てごらんなさい。……。この会場にいる者たちは、……皆、……『若さ』という名の麻薬を打ちすぎた、……ただの依存症患者たちです。……。顔の皮を無理やり引っ張り、……心臓に魔石を埋め込んで……。……。滑稽な、……歩く解剖標本の行列ですよ)」
枢の言葉を証明するかのように、オークションのステージには、一人の痩せ細った少女が引き出された。
司会者が、下卑た笑みを浮かべて叫ぶ。
「(……。さあ、……本日の目玉商品です! ……。この少女は、……伝説の聖病『星結晶症』の末期患者! ……。彼女の血液には、……不老長寿の薬理成分が凝縮されています! ……。落札者は、……彼女をどう解体し、……どう飲み干そうと自由! ……。開始価格は、……金貨一万枚から!)」
会場が、狂気じみた歓喜に包まれる。
「(……。三万枚だ! ……。いや、……五万枚出す! ……。その血を、……私の心臓に直接注入しろ!)」
欲望の叫びが飛び交う中、枢は、手に持っていたクリスタルグラスを、大理石の床へと静かに落とした。
――パリンッ!!
高い音が響き、会場が一瞬で静まり返る。
枢は、ステージへと向かって、ゆっくりと歩みを進めた。
「(……。おやおや。……。一万枚、……三万枚……。……。随分と、……安い命の見積もりですね。……。……。私は、……『無償』で入札させてもらいましょうか。……。ただし、……代金は金貨ではなく、……あなたたちの『余命』で支払ってもらいますがね)」
「(……。何者だ、……貴様ッ!? 衛兵、……この不届き者を排除しろ!)」
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司会者の合図と共に、全身を重厚な鎧で固めた、万能の祭壇の私設兵団が枢を囲む。
だが、枢は、懐から取り出した一本の銀鍼を、指揮者のタクトのように優雅に振った。
「(……。ミナ、……。見ていなさい。……。欲望に目が眩んだ人間には、……視覚など必要ありません。……。……。行きますよ)」
枢の銀鍼が、空中に見えない幾何学模様を描いた。
次の瞬間、会場を照らしていた数千のキャンドルが、枢の放つ「気」によって一斉に吹き消された。
「(……。あ、……。……真っ暗だ! ……。何も見えない!)」
暗闇の中、枢の翡翠色の瞳だけが、獲物を狙う鷹のように光る。
枢は、声のする方向へと、吸い込まれるように移動した。
――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
一刺し。
少女を捕らえていた司会者の腕の神経を、闇の中で正確に外科切断した。
二刺し。
最前列で少女の血を求めていた貴族の、肥大した欲望を司る脳の中枢――**『神庭』**を、音もなく貫いた。
「(……。おやおや。……。暗闇だと、……自分の罪が、……少しはマシに見えますか? ……。ですが、……私の銀鍼は、……隠された病巣を、……外科的に暴き出しますよ)」
枢が、再び指を鳴らす。
会場のキャンドルが、以前よりも強く、そして「翡翠色の炎」となって再点灯した。
そこには、司会者がステージから転げ落ち、最前列の貴族たちが、まるで石像のように、口を突き出したまま固まっている光景があった。
枢は、震える少女の手を引き、優しく抱きかかえた。
「(……。大丈夫ですよ、……お嬢さん。……。星結晶症、……ですか。……。少々、……珍しい症例ですが、……私の『往診』なら、……一週間もあれば元通り、……友達と駆け回れるようになりますよ)」
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 暗闇の中で、……正確にツボを突き、……さらに魔法の灯火まで操るというのか!! コレガ、……完全復活した枢の、……社交界さえも手術台に変える『暗闇の往診』だというのか!!)」
ガストンは、あまりの神技に、自身が持っていた魔導端末を落としそうになった。
しかし、会場の奥、重厚な扉が開くと、そこには、今回の祭典の真の主、万能の祭壇の総帥「マスター・リッチ」が、豪華なガウンを纏って現れた。
「(……。素晴らしい……。……。枢先生、……流石です。……。少女を助けたければ、……助ければいい。……。だが、……その代償として、……あなたのその『神の手』、……このオークションの次の商品として、……出品していただきましょうか?)」
マスター・リッチの背後から、かつて枢が戦ったどの敵よりも「濃い死の臭い」を放つ、十人の黒服の暗殺医師団が姿を現した。
「(……。おやおや。……。私の腕、……ですか。……。……。いいでしょう。……。ただし、……私の腕を扱える者は、……この世には私以外、……存在しませんがね。……。ミナ、……ガストン、……カサンドラ。……。この腐りきった祭壇、……土台から、……外科的に解体しますよ)」
第354話。
聖鍼師・枢。
彼は、金で買える命を否定し、一人の少女を地獄から救い出した。
しかし、万能の祭壇の真の闇は、まだ始まったばかり。
枢の「神の手」を巡り、世界最強の暗殺医師団との、文字通り「命を削る」執刀合戦が幕を開ける。
本日、5月1日(金)08:00、新章「万能の祭壇編」の開幕を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、少女を救出し、オークションの熱狂を物理的に冷却するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、暗闇の中でも周囲の生命反応を「視覚」ではなく「気の震え」として把握し、敵の動きを封じるための起点とした**『晴明』。自身の目の周りにあるこの要穴を活性化させることで、枢先生は完全な闇の中でも、針の穴を通すような精密な執刀を外科的に可能にしました。
そして、傲慢な貴族たちの脳内にある、止まらない物欲と支配欲という名の「脳の過熱」を鎮め、強制的な沈黙を与えるためのアンカーとした『神庭』。額の中心を貫くことで、枢先生は彼らの意識を一時的に「空白」の状態へと外科的にリセットし、祭典を強制終了させたのです。
最後に、救出した少女の暴走する血液成分を安定させ、衰弱した肉体に一時の休息を与えるための最終回路とした『三陰交』。この往診を経て、枢先生は地獄のオークション会場を、静寂な「病室」へと作り替えました。
次回の第355話は、本日【12:00】**に更新予定です。
マスター・リッチが放つ十人の暗殺医師団「デッド・メス」。彼らはそれぞれが特定の部位の切除に特化した異能の医師たちでした。枢は、彼ら一人一人に対し、「正しい医術とは何か」を銀鍼で叩き込みます。
「(……。おやおや。……。そんなに私の腕を切り刻みたいのなら、……先に、……自分たちの不自由な指先を、……外科的に教育し直してあげましょうか)」
12時、昼の往診。古城の外科往診。
聖鍼師・枢。十人の暗殺医師を相手に、一対十の「合同執刀」を開始します。どうぞお見逃しなく。




