第352話:地下の外科往診、液状変異体を「瞬間氷結の骨格」で外科粉砕せよ
王都の地下深く、迷宮のように入り組んだ水路。そこは、街から排出される「毒」を浄化し、再び循環させるための巨大な内臓でした。しかし、今やそこは、ファウストが放った漆黒の粘液状モンスターに飲み込まれ、不気味な心音を響かせていました。
「(……。おやおや。……。形を持たず、……ただ増殖を繰り返すだけの肉の塊、……ですか。……。執刀医としては、……これほど切り甲斐のない患者も珍しい。……。……。ですが、……形がないのなら、……私が、……一瞬で『骨』を作ってあげますよ。……。骨が通れば、……あとは解体するだけですからね)」
枢先生の瞳が、暗闇の中で翡翠色に光ります。
銀鍼を打つべきポイントさえ持たないスライムに対し、先生は「温度」と「気」を操る禁忌の術式を展開します。
18時、夕方の往診。地下の外科往診。
聖鍼師・枢。形なき悪意を、外科的に「凍結解体」します。
王都の最下層、陽の光が届かぬ湿った空気の中に、枢たちの足音が響く。
水路の壁面は、まるで生き物のように蠢く漆黒の粘液に覆われていた。それは物理的な攻撃を受けると、その衝撃を液状の身体で分散し、瞬時に再生する。剣も、魔法も、ただ泥を打つように虚しく消えていく。
ガストンが怯えながら、魔導松明を高く掲げた。
「(……。せ、……先生! ……。こいつ、……どこが頭でどこが心臓か、……さっぱり分かりません! ……。銀鍼を打ったところで、……水の泡ですよ!)」
枢は、杖を片手に悠然と歩を進め、通路を塞ぐ巨大な「黒い壁」の前に立った。
壁から無数の触手が伸び、枢を絡め取ろうと襲いかかるが、先生は一歩も動かず、ただ自身の銀鍼を一箇所に構えた。
「(……。ガストン。……。形がないというのは、……逆に言えば『どこを打っても同じ』だと思っていませんか。……。おやおや。……。甘いですね。……。液体であれ気体であれ、……そこに『意志』が介在する以上、……必ずエネルギーの起点となる**『関』が存在します。……。私は今から、……この水路全体を、……一瞬で一つの『個体』として定義しますよ)」
枢が、銀鍼の先端に、自身の極限まで圧縮した「冷気」の気を集中させた。
それは、復活した際に神の雷を吸収し、性質を反転させたことで得た、絶対零度の医術。
「(……。ミナ、……。よく見ておきなさい。……。形のない患者を救うには、……まず、……こちらから『器』を差し出すのです。……。……。行きますよ)」
枢が、足元の水面に銀鍼を突き立てた。
――カチィィィィィィィィィンッ!!
一瞬。
枢の銀鍼から放たれた翡翠色の冷気が、水路を流れる汚染水を通じて、網目状に広がっていった。
黒い粘液が、悲鳴を上げる間もなく、その内部から「凍結」し始めた。
ただ凍らせるのではない。
枢の放った気は、スライムの体内に、正確な経絡の形をした「氷の骨格」を強制的に形成させていた。
「(……。おやおや。……。随分と、……立派な背骨ができましたね。……。これなら、……どこを切り離せば良いか、……一目瞭然です)」
数秒前まで形を持たなかった怪物が、今や、巨大な「氷の解剖模型」となって静止していた。
枢は、凍りついたスライムの胸部にあたる位置――本来ならツボさえ存在しない空間に、氷の骨格を頼りにして、次なる銀鍼を打ち込んだ。
「(……。ここが、……ファウストが埋め込んだ、……増殖プログラムの核心点。……。……。『中枢』**とでも名付けましょうか。……。……。壊死です)」
――バリバリバリバリィィィィッ!!
枢が銀鍼を抉ると、スライムの巨体が、内部の氷の骨格ごと粉々に砕け散った。
黒い粘液は浄化され、ただの透き通った水へと還り、水路には再び清浄な流れが戻った。
ガストンは、自身の魔導端末が示す「汚染濃度ゼロ」という数値を信じられず、二度見した。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 液体に経絡を流し込み、……強制的に『形』を与えてから解体するなんて!! コレガ、……完全復活した枢の、……物理法則さえも手術台に乗せる『凍結外科往診』だというのか!!)」
カサンドラが、粉々になった氷の破片を拾い上げ、感嘆の声を漏らした。
「(……。先生……。……。あなたは、……神の力だけでなく、……自然の理さえも、……自分の銀鍼一本に跪かせてしまったのね……)」
枢は、ミナの頭を不器用に撫でると、水路の奥へと視線を向けた。
そこには、今回の騒動の真の主、ドクター・ファウストが、自身を巨大な医療機械と接続し、待ち構えていた。
「(……。おやおや。……。自分を機械の部品にするとは。……。ファウスト、……。あなたは医者としての矜持を捨てて、……ただの『演算装置』に成り下がったようですね。……。そんな錆びついた思考回路、……私が一鍼で、……外科的にショートさせてあげましょう)」
第352話。
聖鍼師・枢。
彼は形なき病魔を氷で固定し、一瞬で解体してみせた。
しかし、地下迷宮の最深部には、人間を捨てて「究極の治療法」を追求した狂気の医師が、自らを実験体として完成させていた。
聖鍼師一行。
次なる戦場は、地下の心臓部「中央浄化槽」。
そこには、枢が唯一「ライバル」と認めた男の、悲しき末路が待っていた。
本日、4月30日(木)18:00、形なき敵を氷の骨格で解体する「凍結外科往診」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、形なき液状変異体を固定し、その増殖プログラムを破壊するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、流動するエネルギーを一点に集め、強制的に凝固させるための起点とした**『関元』。水路の底部、エネルギーの沈殿する箇所に対し、枢先生は自身の冷気を乗せた銀鍼を打つことで、スライム全体の流動性を外科的に剥奪しました。
そして、凍りついたスライムの体内に、正確な経絡の流れを疑似的に構築し、攻撃の「的」を作るためのアンカーとした『命門』。腰の位置に相当する中心軸を貫くことで、枢先生は「氷の骨格」という名のガイドラインを創り出し、形なき存在に「死の定義」を与えたのです。
最後に、スライムの核心部にある増殖核を、冷気の共鳴によって細胞レベルで破砕するための最終回路とした『中枢』。この往診を経て、枢先生は液体の病という難題を、物理的な解体術によって完治させました。
次回の第353話は、本日最終、本日【21:00】**に更新予定です。
地下最深部で対峙するドクター・ファウスト。彼は、自身の脳を数千台の魔導演算器とリンクさせ、「全人類の完全管理」を提案します。枢は、その傲慢な「正解」に対し、銀鍼を突きつけます。
「(……。おやおや。……。正解、……正解、……とうるさいですね。……。命に正解なんてありませんよ。……。あるのは、……今日をどう生き延びるかという、……必死な足掻きだけです)」
21時、本日最終。最深の外科往診。
聖鍼師・枢。ついに「狂気のライバル」との因縁に、終止符を打ちます。どうぞお見逃しなく。




