第351話:王都全域の外科往診、数万の狂乱を「魂の共鳴鍼」で一斉外科解体せよ
太陽が天頂から王都を照らす中、街は地獄と化していました。ドクター・ファウストが仕掛けた「特製ワクチン」によって理性を失った数万の市民。彼らは痛みを感じず、恐怖を知らず、ただ目の前の「正常な人間」を貪り食うだけの生体兵器へと成り下がっていました。
四方を囲まれたミナ、ガストン、カサンドラ。
しかし、枢先生だけは、時計の針を確認すると、ゆっくりと白衣の袖を捲りました。
「(……。おやおや。……。これほど大規模な集団ヒステリーは、……流石に専門外と言いたいところですが。……。ミナ、……。あなたは今日から、……ただの助手ではありません。……。私の振るう銀鍼の『響き』を、……その喉を使って世界中へ届ける、……スピーカーになってもらいますよ)」
枢先生が取り出したのは、一本の巨大な、しかし羽毛のように軽い「共鳴銀鍼」。
ガストンの魔導増幅、そしてミナの魂の歌声を媒体に、王都という名の巨大な病巣を、一気に外科解体する準備が整いました。
12時、昼の往診。王都全域の外科往診。
聖鍼師・枢。数万の命を、一瞬の「音色」で完治させます。
王都中央広場。
周囲を埋め尽くす数万の暴徒たちが、喉を鳴らし、獣のような咆哮を上げながら枢たちへ迫る。彼らの経絡は、ドクター・ファウストのワクチンによって強制的に「暴走状態」で固定されており、そのままでは数時間以内に全身の細胞が焼き切れ、死に至る。
ガストンは震える手で魔導増幅器のレバーを握り、カサンドラは暴徒を傷つけぬよう、大盾の「腹」で彼らを押し留めていた。
「(……。せ、……先生! ……。もう限界だ! ……。押し寄せる波を止められない! ……。数万人に一度に鍼を打つなんて、……神様でも不可能だぞ!)」
枢は、そんなガストンの焦りを鼻で笑うと、背負っていた「翡翠の杖」を広場の中央へと突き立てた。
「(……。ガストン。……。あなたはいつも、……『一対一』という医学の最小単位に囚われている。……。この街全体を、……一つの巨大な人体として診てごらんなさい。……。広場は心臓、……大通りは血管。……。そして今、……この街全体を流れる『気』が、……不協和音を奏でているだけなのです)」
枢はミナの肩に手を置いた。
「(……。ミナ、……。私の銀鍼が、……この杖を通じて地面へと響きを伝えます。……。あなたは、……その振動を自身の喉で増幅し、……『音』として空へ放ちなさい。……。あなたの純粋すぎるその声は、……どんな名薬よりも、……人々の脳に直接届く『聴覚の鍼』となる)」
ミナは、師匠の温かな手のひらから伝わる、絶対的な自信に満ちた拍動を感じた。
彼女はゆっくりと瞳を閉じ、深く息を吸い込む。
「(……。はい、……。……。師匠。……。私の歌で、……皆さんの『悲鳴』を、……外科的に止めてみせます……!)」
枢が、一本の極細い銀鍼を、杖の頭部――**『百会』に見立てた一点に、目にも止まらぬ速さで突き立てた。
――キィィィィィィィィィンッ!!
物理的な音ではない。
杖を通じて大地へ、そして空気中へと、翡翠色の波紋が広がっていく。
その瞬間、ミナが口を開いた。
「(……。ああ、……。……。あああああ、……。……。)」
それは、言葉にならない、しかし魂を直接揺さぶるような、透き通った旋律であった。
ガストンの魔導増幅器が過負荷で火花を散らすが、ミナの声はそれを飲み込み、王都全域へと爆発的に拡散した。
暴徒たちの動きが、一瞬で凍りついた。
ミナの歌声に重なって、枢の「銀鍼の響き」が、人々の耳から、毛穴から、体内へと侵入していく。
それは、暴走していた経絡を、一つ一つ優しく元の場所へと「縫い直す」ような、慈愛に満ちた旋律であった。
「(……。おやおや。……。皆さん、……。そんなに必死に牙を剥いて、……お疲れではありませんか。……。今、……私がその脳内に溜まった『狂気の毒素』を、……外科的に洗い流してあげましょう)」
枢が、杖に刺した銀鍼を僅かに弾いた。
――パァァァァァァァァァンッ!!
一刺し。
王都全域に展開されていた「因果の歪み」という名の網を、音波によって一斉に外科切断した。
二刺し。
数万人の市民の脳の付け根――『亜門』**に、共鳴する気が同時に命中し、ワクチンの強制興奮スイッチを物理的にオフにした。
「(……。あ、……。……が、……。……。……。)」
数万の暴徒たちが、まるで魔法が解けたかのように、その場に力なく座り込んだ。
瞳の赤みが消え、元の、穏やかで平和な市民たちの顔に戻っていく。
広場に、静寂が戻った。
ミナは、歌い終えた疲労でふらついたが、枢がその細い肩をしっかりと支えた。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 数万人の脳神経を、……『歌』と『鍼の共鳴』だけで同時に手術してしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢と、……その魂を受け継ぐミナの、……広域外科往診だというのか!!)」
ガストンは、自身の魔導端末が示す「王都全域・正常化」という信じられないデータを見つめ、腰を抜かした。
そこへ、遠くの塔の頂上でそれを見ていたドクター・ファウストの、苦々しい溜息が風に乗って聞こえてきた。
「(……。ふふ、……。……。流石ですね、枢先生。……。数万人の『集団手術』ですか。……。ですが、……これで終わったとは思わないでください。……。ワクチンの本体は、……すでに王都の地下水路、……つまりこの街の『腎臓』に相当する場所に、……巨大な原液となって沈殿しています。……。それを止めない限り、……この街は、……何度でも再発しますよ)」
枢は、ファウストが潜む塔を、冷徹な視線で見据えた。
「(……。おやおや。……。わざわざ『患部』の場所を教えてくださるとは、……親切な同業者だ。……。水路の掃除ですか。……。少々、……腰を据えて執刀する必要がありそうですね。……。ミナ、……。休む暇はありませんよ。……。次は、……この街の『内臓』を掃除しに行きましょう)」
第351話。
聖鍼師・枢。
彼は歌声という名の銀鍼を使い、数万の魂を一度に完治させた。
しかし、闇の医療結社が仕掛けた真の病根は、さらに深く、さらに不衛生な場所へと、その触手を伸ばしていた。
聖鍼師一行。
次なる戦場は、王都の闇を司る「地下水路迷宮」。
そこには、ファウストが遺した、肉体を持たない「液状の患者」が、彼らを待ち構えていた。
本日、4月30日(木)12:00、王都全域を一度に救う伝説の「広域共鳴往診」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、王都全域の集団狂乱を鎮め、ワクチンの影響を外科的に一掃するために枢先生とミナさんが意識した術式を解説します。
まず、街全体を一つの人体と見立て、その中心核である広場から全方位へ「治療の振動」を伝播させるための起点とした**『百会』。杖を頭頂部に見立てて銀鍼を打ち込むことで、枢先生は王都全体の「気の流れ」を掌握し、強制的な調律を行いました。
そして、ミナさんの歌声を媒体に、数万人の脳神経へ直接働きかけ、ワクチンの強制的な興奮作用を遮断するためのアンカーとした『亜門』。後頭部にあるこの言語と意識の要衝を、音波という名の「不可視の鍼」で貫くことで、枢先生は誰一人傷つけることなく、一斉に正気を取り戻させることに成功したのです。
最後に、人々の細胞に残留した微細な毒素を排出させ、深い眠りによって肉体を回復させるための最終回路とした『失眠』。この往診を経て、王都は「狂乱の嵐」から、穏やかな「再生の眠り」へと包み込まれました。
次回の第352話は、本日【18:00】**に更新予定です。
王都の「腎臓」である地下水路。そこには、ファウストが作り出した意志を持つ粘液状の怪物「スライム・ウィルス」が潜んでいました。物理攻撃も、通常の銀鍼も通じない「液体の病」。
「(……。おやおや。……。形がないのなら、……私が、……外科的に『骨』を作ってから、……バラバラに解体してあげましょうか)」
18時、夕方の往診(三回目)。地下の外科往診。
聖鍼師・枢。ついに「形なき患者」を相手に、前代未聞の執刀を開始します。どうぞお見逃しなく。




