第350話:闇の外科往診、禁忌の強化人間を「正しい経絡の導き」で外科粉砕せよ
天界の「システム」という名の空虚な幻想を粉砕した枢が、地上に降り立って最初に見にしたのは、神の加護を失い、欲望のままに暴走を始めた人間たちの醜悪な姿でした。
その中心に君臨するのが、闇の医療結社「黒い処方箋」。彼らは機械や魔法ではなく、**「禁忌の経絡改造」**を施した不死身の強化人間を量産し、王都の要人を次々と「生ける屍」に変えて支配していました。
彼らが差し向けてきた刺客は、かつて枢が若き日に救えなかった、ある少年のなれの果て。
肉体をツボ無視の力技で改造され、痛みさえ感じなくなったその異形の姿は、医師としての枢の過去を嘲笑うかのようでした。
「おやおや。……。機械仕掛けの神様よりも、……よっぽど救いようのない、……不潔な病巣ですね。……。経絡を無視して、……無理やり力を詰め込むとは。……。そんなガタガタな配線、……一鍼打てば、……一瞬でショートして壊れてしまいますよ。……。ミナ、……。これは神殺しよりも、……ずっと残酷で、……ずっと『正しい』往診になりますよ」
朝の往診。闇の外科往診。
聖鍼師・枢。再び地上で、人間という名の「業」を、外科的に解体開始します。
王都のメインストリートは、かつての活気が嘘のように、灰色の静寂に包まれていた。
路地裏から現れたのは、身長二メートルを超える巨漢。しかし、その肉体は歪に膨れ上がり、皮膚の下では血管が毒々しくのたうち回っている。闇の結社「黒い処方箋」が造り出した、痛覚を遮断し、闘争本能だけを増幅させた**【経絡兵器】である。
「(……。枢……。……。オマエガ、……殺シタ……。オマエガ、……見捨テタ……。俺ニ、……コノ力ヲくれた、……新しい『先生』……。アノ人コソガ、……真ノ名医ダ……!)」
巨漢の男が咆哮と共に、地面を砕きながら突進してくる。その速さは、物理的な筋力ではなく、無理やり「気の流れ」を一点に集中させ、肉体を爆発的に加速させる自壊的な移動法であった。
ガストンがその数値を解析し、顔を青くした。
「(……。せ、……先生! ……。こいつの経絡、……めちゃくちゃだ! ……。主要なツボがすべて『焼き切られて』いる。……。これじゃあ、……鍼を打つ場所がない。……。ただの暴力の塊だ!)」
しかし、枢は一歩も引かず、その突進を正面から見据えた。
彼の指先には、もはや光り輝く神の力など宿っていない。あるのは、ただ一人の熟練した医師としての、冷徹な観察眼だけである。
「(……。おやおや。……。ガストン、……。あなたはまだ、……教科書に載っているツボの『名前』に縛られているようですね。……。鍼を打つ場所がない? ……。いいえ。……。彼ほど、……『ここを打ってくれ』と、……全身で悲鳴を上げている患者はいませんよ)」
枢の姿が、一瞬だけ揺らいだ。
巨漢の豪腕が枢の頭部を粉砕したかに見えたが、それは残像。
枢は、男の懐に深く潜り込み、その歪に肥大した上腕二頭筋の付け根――本来なら名前さえついていない、筋肉が悲鳴を上げている「一点」に、指先を添えた。
「(……。名前など、……後でいくらでもつければいい。……。今、……私がここに打つのは、……あなたの暴走を止めるための、……『引導』という名の新穴ですよ)」
枢の銀鍼が、一ミリの狂いもなくその一点を貫いた。
――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
一刺し。
男の肉体を無理やり繋ぎ止めていた、偽りの気の循環が、一点から一気に霧散した。
二刺し。
脳へ向かう過剰なアドレナリンの流れ――『風府』**の横にある、闇の結社が埋め込んだ「抑制チップの端子」を、外科的に直接破壊した。
「(……。あ、……。……が、……。……。……あ……!)」
巨漢の男が、その場に崩れ落ちた。
膨れ上がっていた筋肉が瞬時に萎み、元の痩せ細った、しかし「人間としての痛み」を取り戻した少年の姿へと戻っていく。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 経絡を破壊されて鍼が効かないはずの身体に、……新しいツボを『その場で創り出して』治療してしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢の、……理論を超越した『創造的往診』だというのか!!)」
カサンドラが駆け寄り、気を失った少年に毛布をかけた。
枢は銀鍼の汚れを丁寧に拭き取り、冷徹な口調で言った。
「(……。ミナ、……。見ましたね。……。相手が神でも機械でも、……最後に苦しむのは、……いつだってこの『肉体』という生身の牢獄です。……。知識に甘んじて、……目の前の患者の『生の声』を聞き逃してはいけませんよ)」
そこへ、路地の影から拍手の音が聞こえてきた。
現れたのは、純白の白衣を血で汚した、眼鏡をかけた細身の男。闇の医療結社「黒い処方箋」の幹部、ドクター・ファウスト。
「(……。素晴らしい。……。流石は枢先生だ。……。私の最高傑作を、……こうも鮮やかに『返品』されるとは。……。ですが、……王都にはすでに、……数万人の市民に、……私の『特製ワクチン』が投与されています。……。今更、……先生一人で、……彼ら全員を診るつもりですか?)」
ファウストの背後には、同じように目が赤く光り、理性を失った市民たちが、群れをなして集まってきていた。
「(……。おやおや。……。数万人、……ですか。……。少々、……昼休みの時間が削られることになりそうですが、……。……。いいでしょう。……。ミナ、……ガストン、……カサンドラ。……。王都全体を、……一つの巨大な『救急センター』に作り替えますよ。……。全員、……一鍼も残さず、……完治させてあげましょう)」
第350話。
枢先生、復活後初の地上戦。
相手はシステムでも神でもない。
医道を汚し、人の命を弄ぶ「同業者」という名の、最も醜悪な人間たち。
聖鍼師・枢。
その銀鍼は、今、かつてないほどの怒りと、そして静かなる慈愛を持って、王都という名の巨大な病巣へと突き立てられる。
本日、4月30日(木)08:00、地上での新たなる戦いを描いた一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、強化人間の暴走を止め、闇のチップを無力化するために枢先生が意識した術式を解説します。
まず、改造によって歪んだ筋肉と気の流れを物理的に切断し、暴発するエネルギーを体外へ放出するための起点とした**『新穴』。枢先生は解剖学的な極限の知識により、相手の肉体が最も悲鳴を上げている箇所をその場で特定し、新しいツボとして外科的に定義しました。
そして、脳に埋め込まれた強制興奮チップの電気信号を、自身の銀鍼を避雷針として吸収し、神経系を強制リセットするためのアンカーとした『風府』。後頭部にあるこの要衝を貫くことで、枢先生は「薬物による狂気」を「生理的な眠り」へと外科的に変換することに成功したのです。
最後に、萎縮していく肉体の細胞を活性化させ、後遺症を残さずに人間としての形を維持させるための最終回路とした『足三里』。この往診を経て、枢先生は世界の理ではなく、目の前の一人の少年の「未来」を救い出しました。
次回の第351話は、本日【12:00】**に更新予定です。
王都全域に広がる「狂乱のワクチン」。数万人の暴徒と化した市民を救うため、枢は前代未聞の「広域治療結界」を提案します。しかし、それにはミナの「歌声」とガストンの「魔導増幅器」が必要でした。
「(……。おやおや。……。数万人の患者を、……一度に診るのは、……流石の私でも骨が折れます。……。ミナ、……。あなたのその下手くそな鼻歌を、……最高級の『音波鍼』に変えてあげましょうか)」
12時、昼の往診。王都全域の外科往診。
聖鍼師・枢。ついに「万単位」の患者を相手に、一斉執刀を開始します。どうぞお見逃しなく。




