第349話:因果の外科往診、世界の摂理(システム)を「因果の縫合鍼」で外科解体せよ
ゼウスが崩れ去った玉座の跡に、幾何学的な光の紋章が無数に浮かび上がりました。それは意思を持たぬ神。この宇宙が始まって以来、一度も狂うことなく運命を刻み続けてきた「絶対的な数式」。
システムは告げます。枢という存在が生きている限り、世界の計算は合わない。ゆえに、過去・現在・未来のすべての時間軸から、枢という個人を「外科的に削除」すると。
周囲の景色が、まるで砂のように崩れていく中、ミナやガストンたちの記憶からも、枢先生の顔が薄れていきます。
しかし、枢先生だけは、自身の消滅を前にして、退屈そうにあくびをしてみせました。
数式で世界を治せるなら、医者はいらない。
「おやおや。……。ゼロと一の羅列で、……命の重さを測ろうだなんて。……。そんなに計算が完璧だと言うのなら、……私が、……答えの出ない『割り切れない命』という名の余りを、……その冷徹な数式に無理やり叩き込んであげましょうか。……。ミナ、……。目を見開きなさい。……。今から私は、……『運命』という名の最大の難病を、……外科的に解体します」
21時、本日最終。因果の外科往診。
聖鍼師・枢。ついに「世界の正解」を、その銀鍼で否定します。
天界の最上階は、もはや物理的な空間ではなくなっていた。
上下左右の概念が消失し、無数の光の文字列が滝のように流れ落ちる、情報の深淵。
その中心に立つ枢の肉体は、システムの消去プログラムによって、指先から透明な粒子となって散り始めていた。
ガストンは頭を抱え、絶叫した。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 魔導端末が反応しない! ……。いや、……反応する対象そのものが、……この世界から『なかったこと』にされている! ……。先生の名前が、……私の記憶から、……消えていく……!)」
カサンドラも、自身の剣が誰のために振るわれていたのかを思い出せず、虚空を掴んで震えていた。
ミナだけが、枢の「心臓」を宿しているがゆえに、辛うじてその存在を繋ぎ止めていたが、彼女の皮膚もまた、システムが放つ「論理の風」に削られ、血を流していた。
だが、当の枢は、自身の体が消えゆく様を、まるで他人の診察記録でも見るかのように冷静に観察していた。
「(……。ふむ。……。存在の抹消、……ですか。……。おやおや。……。面白い。……。あなたが『正解』だと信じているその数式、……実は、……たった一つの『慈悲』という名の変数を入れ忘れたために、……末期の計算ミスを起こしていることに、……まだ気づいていないようですね)」
枢は、消えかかっている右腕を、無理やり「因果の流れ」の中へと突っ込んだ。
実体のないはずの情報体に、枢の指先が、確実な手応えを伴って接触した。
「(……。お、……。……。判定、……不能。……。個体名:枢。……。抹消、……失敗。……。理由、……未詳。……。……。)」
無機質な声が、空間全体に響き渡る。
枢は、自身の「星屑の銀鍼」を一本、虚空の真っ白な空間に突き立てた。
「(……。理由が知りたいですか。……。教えてあげましょう。……。私は、……あなたのように『治るはずの命』だけを選別してきたのではない。……。あなたが『治らない』と切り捨ててきたゴミ溜めのような絶望の中にこそ、……私の医術の根源がある。……。数式に守られた無菌室から、……今すぐ引きずり出してあげますよ)」
枢が銀鍼を抉るように捻ると、情報の海に「亀裂」が走った。
それは、システムの完璧な循環を阻害する、巨大な**『血栓』。
枢は、その亀裂の奥にある、システムの心臓部――『百会』**を、一気に見抜いた。
「(……。ミナ! ……。私に、……あなたの『生きたい』という、……汚くて、……不細工で、……最高に熱い欲望を貸しなさい! ……。完璧な数式を壊すのは、……いつだって人間の不合理な情熱ですよ!)」
ミナは、師の叫びに応え、自身の全存在を賭けて、枢の背中を押し込んだ。
枢の銀鍼が、システムの核へと到達する。
――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
一刺し。
過去から未来まで続く「予定調和」という名の病根を、外科的に切除した。
二刺し。
世界を縛っていた「死すべき運命」という名の拘束帯を、音を立てて引きちぎった。
「(……。あ、……。……。計算、……崩壊。……。論理、……死滅。……。……。私は、……。……。自由、……なのか……?)」
システムの無機質な声に、初めて「揺らぎ」が生じた。
次の瞬間、眩い光と共に情報の海が爆発し、天界の最上階には、再び夜の静寂が戻ってきた。
消えかかっていた枢の肉体は、元の、より強固な実体を持ってそこに立っていた。
ガストンやカサンドラの記憶も、失われた歴史も、すべてが「枢が存在する世界」へと、無理やり縫合し直されていた。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 世界ノシステムそのものに『誤診』を突きつけ、……宇宙の理を外科的に書き換えてしまったというのか!! コレガ、……完全復活した枢の、……神をも絶句させる『絶対無双の外科往診』だというのか!!)」
ガストンは、崩壊した数式の残骸を診て、震えながら笑った。
もはや、この男を縛れるルールは、この宇宙のどこにも存在しない。
枢は、空を見上げた。
システムという名の病を完治させたことで、世界は今、誰にも予測できない「不確かな、しかし自由な未来」へと解き放たれたのである。
「(……。お疲れ様でした。……。皆さん。……。おやおや。……。予定通りにいかない未来というのは、……これほどまでに、……往診のし甲斐がありそうな顔をしていますね)」
枢は、ミナの頭を不器用に一度だけ撫でると、再び杖を突き、歩き出した。
第349話。
聖鍼師・枢。
彼はついに、自分を消そうとした世界そのものを、銀鍼一本で屈服させ、その歴史ごと「完治」させてしまった。
復活した最強の医師の旅は、ここからが本番。
神も、システムも、運命も。
彼が「往診」と決めたなら、そのすべてが、まな板の上の患者に過ぎないのである。
本日、4月29日(水・祝)21:00。祝日6連続更新の締めくくりとなる一話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
今回、世界のシステム(摂理)を解体し、枢先生の存在を因果に再定着させるために意識した術式を解説します。
まず、システムが管理する膨大なデータの集中点であり、宇宙の「思考」を司る中心核を特定し、その独善的な計算を停止させるための起点とした**『百会』。情報の最上部にあるこの急所に対し、枢先生は「人間の慈悲」を込めた銀鍼を打つことで、冷徹な数式を外科的にフリーズさせました。
そして、書き換えられた過去と現在を、本来あるべき「枢が存在する時間軸」へと強引に引き戻し、固定するためのアンカーとした『大鍾』。足首にあるこの腎経の要穴を通じて、枢先生は自身の魂を世界の地脈へと深く打ち込み、抹消プログラムを外科的に無効化することに成功したのです。
最後に、解放されたシステムと世界に対し、新しい自由な未来という名の「生」を吹き込み、循環を再起動させるための最終回路とした『気海』。この往診を経て、枢先生は世界の守護者ではなく、世界の「執刀医」として、唯一無二の頂点へと昇り詰めました。
次回の第350話は、明日4月30日(木)【08:00】**に更新予定です。
システムを解体し、完全に自由となった世界。しかし、その「自由」が、隠れていた邪悪な野心家たちを呼び覚まします。復活した枢を自らの組織へ勧誘しようとする、闇の医療結社「黒い処方箋」。彼らは、枢がかつて救えなかった「ある患者」の死体を掲げて現れます。
「(……。おやおや。……。私の目の前で、……死体遊びとは。……。その腐りきった道徳観、……私が一鍼で、……外科的に埋葬してあげましょうか)」
朝の往診。闇の外科往診。
聖鍼師・枢。次なる標的は、医道を汚す「同業者」たちです。どうぞお見逃しなく。




