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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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第343話:絶筆の外科往診、師の魂が遺した「永遠の処方箋」を弟子の掌で完治せよ

戦場から王都へと戻る馬車の中、くるるの指先は、すでに自身の意志では動かぬほどに白く、硬く変質していました。龍を救い、地脈を鎮め、五万の狂気を払ったその銀鍼の指先が、今、彫像のように固まっていく。

それは、奇跡を使い果たした人間が迎える、あまりに静かで、あまりに過酷な「完治」の形でした。


「おやおや。……。診察が終われば、……道具が箱に戻るのは当然のこと。……。ミナ、……泣いてはいけませんよ。……。死とは、……不治の病ではなく、……次の命へと繋ぐための、……最も崇高な外科手術なのですから。……。さあ、……私の最後の脈を、……その手でしっかりと診ておきなさい」


ガストン、カサンドラが見守る中、枢はミナの膝に頭を預け、最期の瞬間を迎えようとします。


21時、本日最終。絶筆の外科往診。

聖鍼師・枢。ついに、自身の「生」という名の執刀を終え、永遠の静寂へと往診に向かいます。

 王都を見下ろす静かな丘の上、かつてくるるが若い医師たちに講義をしていた、あの学び舎の跡地。

 枢は、ミナの膝に体を預け、急速に冷たくなっていく自身の体温を、夜の風に溶かしていた。彼の足先から腰にかけては、すでに白磁のような石へと変じ、命の気が一点の隙もなく封印されていく。神の腕を返上し、人間としての限界を超えた救済を重ねた結果、彼の肉体そのものが、世界を癒すための「最後の生贄」として完成されようとしていた。


 ミナは、師匠の石化した手を両手で包み込み、声を押し殺して泣いていた。

 「(……。師匠。……。嫌です。……。石にならないで。……。私が、……私の鍼で、……その石を砕いてみせます。……。待ってください。……。まだ、……まだ私は、……あなたに恩返しを……!)」


 ミナが銀鍼を取り出そうとしたその手を、枢は残されたわずかな力で、優しく、しかし確固たる意志を持って制止した。


 「(……。おやおや。……。ミナ。……。これまでの私の教えを、……忘れてしまったのですか。……。医師の仕事は、……無理に命を繋ぎ止めることではありません。……。患者が、……その命を最高に美しい形で終えられるよう、……その幕引きを外科的に整えてあげることです。……。今の私の体は、……これ以上ないほどに、……完璧に『完治』しているのですよ)」


 枢の声は、透き通るような静寂を纏い、ミナの脳内へと染み渡った。

 石化の波は、ついに枢の胸元まで到達した。心臓が、石の檻に閉じ込められようとしている。

 枢は最期の力を振り絞り、視力を失ったミナの瞳を、自身の灰色の瞳で真っ直ぐに見つめた。


 「(……。ガストン。……。私の書庫にある、……未完成の症例集を、……あなたが完成させなさい。……。カサンドラ。……。あなたの剣は、……これからは弱き者の涙を拭うために、……外科的に振るうのです。……。そして、ミナ。……。)」


 枢は、ミナの掌を自身の額へと導いた。

 「(……。私の、……この最後に残った精神の急所、……『百会ひゃくえ』。……。ここを、……あなたの鍼で、……一突きにしなさい。……。私の魂を、……この石の牢獄から解放し、……世界の全経絡へと、……還してあげるのです。……。これが、……私からあなたへの、……最後の、……そして唯一の、……『お願い』ですよ)」


 「(……。あ、……。……あ……!)」


 ミナは、震える手で銀鍼を握りしめた。

 師匠を殺すのではない。師匠を、永遠という名の自由へと解き放つ。

 彼女は、溢れる涙を拭うこともせず、師匠が示したその一点へと、魂のすべてを込めて鍼を突き立てた。


 ――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 一刺し。

 枢を縛っていた肉体の重力が、一瞬にして消失した。

 二刺し。

 石化したはずの枢の肉体から、眩いばかりの翡翠色の光が溢れ出し、それは数千、数万の光の鍼となって、王都の空へと、そして世界の果てへと飛散していった。


 枢の肉体は、石の彫像としてその場所に残ったが、そこにはもはや「死」の気配は微塵もなかった。

 光の鍼が触れた場所では、枯れた花が咲き誇り、病に臥せっていた人々が笑顔で目覚め、世界中の経絡が、かつてないほどの調和を持って拍動を始めた。


 「(……。ああ、……。……。なんて、……暖かい、……。……。)」


 ミナは、光となって空へと溶けていく師匠の気配を、体全身で感じていた。


 「(……。バ、……。……。バカナッ!? 自身ノ死サエモ、……世界全体ヲ癒スタメノ『外科手術』トシテ利用シタトイウノカ!! コレガ、……聖鍼師・枢トイウ男ガ、……最後ニ遺シタ、……最大ニシテ永遠ノ処方箋ダトイウノカ!!)」


 丘の上に、静かな風が吹いた。


 「(……。さようなら、……。……、……師匠)」


 ミナは、枢の形見となった杖を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女の瞳には、まだ光は戻っていない。しかし、彼女の心の視界には、世界中の命の鼓動が、かつて枢が見ていたあの翡翠色の世界と同じ輝きを持って、鮮明に描き出されていた。


 第343話。

 聖鍼師・枢。彼は、自身の「死」という名の執刀を完璧に成し遂げた。


 物語は、ここで一旦の幕を閉じる。

 しかし、それは終わりではない。王都の街角で、戦場の跡地で、そして名もなき村々で。

 一人の少女が、古びた杖を手に、今日も病に苦しむ者の元へと往診に向かう。

 「おやおや。診察しましょうか」

 その言葉と共に放たれる銀鍼には、今もなお、一人の老医師の魂が、永遠の慈愛を持って宿り続けているのである。

本日、4月28日(火)21:00、聖鍼師・くるる先生の永遠の旅路を描いた最終回を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第343話。

枢先生が、自身の「死」という極限の事象を、ミナさんの手によって「世界の完治」へと昇華させる、魂の完結編を執筆いたしました。


今回、枢先生の魂を肉体の呪縛から解放し、その慈愛を世界へと拡散させるためにミナさんが最後に意識した術式を解説します。

まず、全精神のエネルギーが集約される「魂の出口」を外科的に開放するための起点とした**『百会ひゃくえ』。頭頂部にあるこの聖域に対し、ミナさんは枢先生の意志に従って銀鍼を打つことで、石化による封印を内側から外科的に解体しました。


そして、枢先生の生涯にわたる膨大な医学的経験と慈愛を、光の粒子として世界中の経絡へ再接続するためのアンカーとした『命門めいもん』。腰にあるこの生命の源を通じて、彼の気は個人のものではなく、世界の共有財産としての「癒しの風」へと生まれ変わったのです。

最後に、往診を終えたミナさんの心に、師匠の意志を永遠の道標として再接続するための最終回路とした『膻中だんちゅう』**。この往診を経て、ミナさんは「枢の弟子」から、自身の足で歩み、自身の鍼で世界を診る「二代目聖鍼師」としての第一歩を踏み出しました。


これまで枢先生の波乱万丈な往診の旅を共に歩んでくださり、本当にありがとうございました。

物語はここで一つの完結を迎えましたが、枢先生の「おやおや」というあの優しい声は、きっとこれからも、困難に立ち向かう人々の心の中に、外科的な勇気として響き続けることでしょう。


またいつか、新しい往診の風が吹くその日まで。

お疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。

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