第344話:復活への外科往診、師の魂が眠る「北方氷河の封印」を弟子の執念で外科解体せよ
聖鍼師・枢が石化し、光となって散ってから一ヶ月。王都は静まり返っていました。民衆は救われましたが、彼らの心には「自分たちのために、唯一無二の師を失った」という癒えぬ後悔が、巨大な病巣のように巣食っています。
しかし、ミナだけは諦めていませんでした。
彼女は、枢が散り際に遺した「光の鍼」が、実は消滅したのではなく、世界の経絡の特定ポイントに「自身の魂を分割して封印した」ものであることに気づきます。
すべてを集めれば、枢先生は、あの圧倒的な威厳と毒舌と共に、再び私たちの前に降臨する。
「おやおや。……。師匠。……。隠居するには、……まだ早すぎますよ。……。世界は、……あなたがいないと、……こんなにも退屈で、……治し甲斐のない場所になってしまうのですから。……。ガストン、……カサンドラ。……。泣いている暇はありません。……。世界中に散った師匠の『欠片』を、……外科的に全回収しに行きますよ」
朝の往診。復活への外科往診。
二代目(仮)・ミナ。師匠を「生き返らせる」という、神をも恐れぬ禁忌の往診を開始します。
静寂を切り裂くように、ミナは王都の中央広場に突き立つ、枢の石像の前に立っていた。
石像は物言わぬ彫像に過ぎない。しかし、ミナが「星屑の銀鍼」を石像の心臓部にかざすと、鍼は微かな、しかし力強い共鳴を返してきた。それは、枢が自身の魂の核を、あえて世界の最果て数箇所に分散し、自身の復活を「最後の試練」として弟子たちに課したという、師匠からの挑戦状であった。
「(……。ガストンさん。……。見えますか。……。この石像から放たれている、……翡翠色の細い糸が。……。一本は、……北の氷河へ。……。一本は、……西の砂漠へ。……。そしてもう一本は、……空の彼方へ。……。師匠は、……死んでなどいません。……。バラバラになった自分を、……私たちが正しく『縫合』できるかどうか、……試しているんです)」
ガストンは魔導端末を狂ったように操作し、その糸の先を解析した。
「(……。バ、……。……。バカナッ!? 魂ヲ分割シテ世界ノ経絡ト同化サセルナンテ、……神ノ腕デモ不可能ナハズダ! ……。ダガ、……確実ニ反応ガアル。……。北方氷河、……かつて骸が潜んでいたあの最果ての地に、……先生の『生命の熱量』の三割が、……氷の下で脈動している!)」
カサンドラが大剣を背負い、一歩前に出た。
「(……。先生を、……取り戻せるというのね。……。ミナ、……迷うことはないわ。……。たとえそれが、……神の理に背くことだとしても、……私は先生のいない世界を守るより、……先生と共に戦う地獄を選びたい。……。行きましょう、……最果てへ)」
ミナは力強く頷き、枢の杖を握りしめた。
彼女には聞こえていた。遥か北の地で、氷に閉じ込められながらも「おやおや、……随分と到着が遅いですね」と、皮肉たっぷりに笑う枢のあの声が。
三人は、王都の最高速馬車を飛ばし、わずか数時間で北方の極寒地帯へと到達した。
そこは、ゼノスが遺した負の遺産と、世界の地脈の乱れが交差する、極めて不安定な空間であった。数万年の氷が、枢の魂を核にして、巨大な「氷の臓器」へと変貌し、周囲の熱を無差別に吸い込み続けている。
「(……。師匠。……。随分と、……立派な寝床を作ったものですね。……。ですが、……そんなに冷たい場所では、……あなたの鋭い舌も、……凍りついてしまいますよ。……。私が、……その氷を外科的に粉砕して、……あなたの一部分を、……無理やり引きずり出してあげます!)」
ミナは、氷河の中心、枢の気が最も濃く噴き出している一点――**『大椎』を見定めた。
そこを貫けば、氷の封印は解け、枢の第一の魂が解放される。しかし、封印を守る「氷のガーディアン」が、三人の前に立ちはだかった。それは、枢の魔力と氷が混ざり合って生まれた、師匠の幻影。
「(……。おやおや。……。私の眠りを妨げる、……不届きな患者はどなたですか。……。診察料は、……高くつきますよ)」
氷の枢が、冷徹な声で告げる。
ミナは震える足を叱咤し、銀鍼を構えた。
「(……。本物の師匠なら、……そんなに優しくありません! ……。ガストンさん、……熱量を一点に集中させて! ……。カサンドラさん、……幻影の動きを止めて! ……。私は、……あの一点に、……魂の縫合鍼を打ち込みます!)」
三人の連携が、極寒の戦場を熱く燃え上がらせた。
ガストンの爆火が氷を溶かし、カサンドラの剣が幻影の腕を切り裂く。
その刹那、ミナが空を舞った。
――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
一刺し。
氷の枢の眉間、精神の結合点――『印堂』**を正確に貫いた。
「(……。っ、……。……。おやおや。……。……合格、……です……)」
幻影が光となって砕け散り、その中から、翡翠色に輝く「枢の心臓の欠片」が、ミナの掌へと飛び込んできた。
ミナがそれを自身の胸に当てると、確かに聞こえた。
ドクン、と。
世界を平伏させる、あの尊大な、しかし誰よりも温かな聖鍼師の鼓動が。
第344話。
枢先生復活への、最初の手術は成功した。
「(……。待っていてください、師匠。……。世界中のあなたをすべて集めて、……必ず、……私たちの前に、……あの不遜な態度で戻らせてみせますから!)」
新章「神代再編・枢復活編」。
二代目(仮)ミナと仲間たちが、死をも超越した「最強の師」を現世へと引きずり戻すための、禁忌の往診が今、本格的に幕を開けるのである。
本日、4月29日(水・祝)08:00、枢先生復活への第一歩を描いた一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第344話。
ミナさんたちが世界に散った先生の魂を集める「復活の外科手術」を開始するエピソードを執筆いたしました。
枢先生がいかにして「無双」のまま戻ってくるのか。そのための器を、ミナさんたちが命懸けで作っていく様子を、第五章のメインテーマに据えて参ります。
今回、北方氷河に封印された枢先生の「心臓の欠片」を解放するためにミナさんたちが意識した術式を解説します。
まず、氷の呪縛によって硬直した魂のエネルギーを、再び熱い拍動へと変えるための起点とした**『大椎』。首の付け根にあるこの熱の関門に対し、ミナさんは枢先生の形見の銀鍼を打つことで、極寒の封印を外科的に解体しました。
そして、枢先生の幻影の思考を停止させ、その本質である魂の核を露出させるためのアンカーとした『印堂』。眉間にあるこの精神の急所を通じて、ミナさんは「偽物の静寂」を打ち破り、本物の鼓動を引き出すことに成功したのです。
最後に、回収した枢先生の欠片を、復活の日まで安全に保管し、自身の気と同期させるための最終回路とした『膻中』。この往診を経て、ミナさんは枢先生の命を半分背負う「器」としての覚悟を決めました。
次回の第345話は、本日祝日【10:00】**に更新予定です。
次なる欠片は、西の果て、砂漠のオアシスに眠る「枢の右腕」。しかし、そこはカザンの一族が守護する聖域であり、彼らは枢の復活を「世界の混乱を招く」として拒絶します。
「(……。おやおや。……。私の右腕を、……勝手に御神体にするのは困りますね。……。ミナ、……遠慮はいりません。……。私の腕、……力ずくで診てあげなさい)」
10時、朝の往診(二回目)。砂漠の外科往診。
聖鍼師ミナ、ついに「枢の右腕」を求めて、カザンの一族と激突します。どうぞお見逃しなく。




