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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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第336話:再会の外科往診、王都の門に漂う「選別の悪臭」を師弟の静かなる歩みで解体せよ

霊峰の麓、溶岩の熱がようやく冷めやらぬ大地に、一頭の軍馬が土煙を上げて駆け込んできました。乗っていたのは、かつてくるるが王都の医療院で目をかけていた、正義感の強い若き医学生。

彼が震える手で差し出した書状には、信じがたい光景が記されていました。枢の不在を良いことに、医療院は貴族や富裕層のみを診察する「特権の城」と化し、貧しき民は門前払いを食らい、路地裏で静かに息を引き取っているというのです。


かつて枢が説いた「命に優劣はない」という教えは、今や効率と利益という名のメスで切り刻まれ、見る影もありません。枢の胸の奥で、静かな、しかし決して消えることのない怒りの火が灯りました。

神の腕はなくとも、彼にはまだ、この世界で最も鋭い「真実を診る眼」が残されています。


「おやおや。私の机を片付けるのは勝手ですが、私の魂まで捨ててしまったとは。随分と不届きな後輩たちが育ったものです。さあ、ミナ。私たちの医術が、単なる技術ではなく、誇りであったことを思い出させてあげに行きましょうか」


朝の往診。再会の外科往診。

聖鍼師、ついに腐敗した「己の遺産」を診察しに王都へと向かいます。

 朝の陽光が、かつて白銀に輝いていた王都の巨大な外門を照らし出していた。

 しかし、その光はかつてのような希望を象徴するものではなく、門前に並ぶ人々の絶望を際立たせる残酷なスポットライトと化していた。門を守る衛兵たちは、豪華な装束を纏った貴族の馬車には恭しく頭を下げて道を開ける一方、ぼろを纏った病人を無慈悲に槍の柄で突き飛ばしている。


 「ここから先は、医療院への寄付金を納めた者のみが通れる聖域だ! 汚い病人は路地裏で死ぬがいい。それが、今の王都の正しい理なのだ!」


 衛兵の罵声が響く中、人混みを掻き分けるようにして、一人の老人がゆっくりと歩み寄ってきた。

 一本の古びた杖を突き、歩みは重く、その右腕は力なく垂れ下がっている。しかし、彼の傍らを支える少女、ミナの足取りには、どんな騎士よりも揺るぎない覚悟が宿っていた。


 くるるは、門の前に立ち止まり、深く、深く、鼻から空気を吸い込んだ。

 「(……。ミナ。……。聞こえますか。……。石壁の隙間から漏れ出す、権力に酔いしれた者たちの腐った甘い匂いが。……。かつて、……この門は、……誰にでも開かれた救いの口だったはずです。……。それが今や、……命を選別する、……冷酷な歯車になり下がっているようですね)」


 枢の声は低かったが、周囲の喧騒を切り裂くような不思議な透明感を持っていた。

 衛兵の一人が、不審な様子の老医師に気づき、鼻で笑いながら歩み寄ってくる。

 「おい、老いぼれ! そこをどけ。……。ここは貴族様の通り道だ。……。お前のような枯れ木を診る暇は、……今の高貴な医師たちにはないんだよ!」


 槍の先が枢の胸元に突きつけられる。

 だが、枢は眉一つ動かさず、ただ静かに、視力を失ったミナの手を握りしめた。


 「おやおや。……。随分と威勢が良いですね。……。ですが、……その槍を構える肘の角度、……少しばかり気が滞っているようです。……。無理な威圧は、……後で激しい神経痛を招きますよ。……。診察しましょうか」


 「何だと!? ふざけるな!」


 衛兵が槍を振り上げようとした瞬間、ミナが音もなく一歩前へ出た。

 彼女の指先には、陽光を反射して鋭く輝く一本の銀鍼が握られている。彼女には相手の姿は見えていない。だが、枢が伝える「気の滞り」の位置を、彼女は自身の魂を通じて正確に把握していた。


 「師匠。……。この方の腕、……正義を忘れてしまったせいで、……血の巡りが凍りついています。……。私が、……溶かしてあげてもいいですか」


 「ええ、やりなさい。……。王都の不法侵入者としてではなく、……一人の患者として、……彼を正してあげるのです」


 枢の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、ミナの銀鍼が空を裂いた。


 ――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 一刺し。

 衛兵の肩の関節にある急所――**『肩髃けんぐう』**を正確に貫いた。

 殺意も憎しみもない、ただ純粋な「治療」の波動。


 「……。あ、……。……?」


 衛兵は叫び声を上げることさえできなかった。

 ただ、槍を握っていた手の力がふわりと抜け、それまで全身を支配していた、傲慢さから来る緊張が、嘘のように消え去っていった。彼は呆然としたまま、自身の掌を見つめ、そして地面に崩れ落ちた。


 「な、何をした! 貴様ら、何者だ!」


 他の衛兵たちが一斉に抜剣し、二人を包囲する。

 枢はゆっくりと、顔を上げた。かつての黄金の瞳は灰色に濁っている。しかし、そこから放たれる精神的な重圧は、神であった頃のそれよりも遥かに深く、重く、彼らの魂を縛り付けた。


 「おやおや。……。自分の師匠の顔を忘れたとは、……医療院の教育も随分と地に落ちたものです。……。私の名は、くるる。……。かつてこの都に、……医療の火を灯した男です。……。不肖の弟子たちの、……腐りきった魂を往診しに来ましたよ」


 枢という名の響きが、王都の門を震わせた。

 その名は、今や伝説上の存在として語り継がれていた。神の腕を持ち、世界を救い、そして忽然と姿を消した聖鍼師。その本人が、ボロボロの姿で、しかし当時以上の「意志」を纏って戻ってきたのである。


 衛兵たちの剣が、ガタガタと震え始めた。

 彼らの中にある、わずかばかりの良心が、目の前の老人にひれ伏せと叫んでいる。


 「バ、……。……。バカナッ!? 神ノ力ヲ失ッタハズノ枢ガ、……タッタ一人ノ少女ト共ニ、……王都ノ絶対結界ヲ言葉一言デ無効化シタトイウノカ!! コレガ、……人間トシテ歩ミ直シタ聖鍼師ノ、……真ノ威厳ダトイウノカ!!」


 空から降る朝露が、枢の痩せた肩を濡らす。

 彼はミナの肩を借りながら、ゆっくりと、しかし確実に王都の内側へと一歩を踏み出した。


 「さあ、ミナ。……。ここからが本番です。……。建物を治すのではありません。……。この都に住まう、……数万人の歪んだ精神を一斉に完治させる。……。これこそが、……私たちの、……最高難易度の共同往診になりますよ」


 第336話。

 人間・枢。彼は、神の奇跡を捨てた代わりに、一人の人間が持つ「言葉」と「慈愛」の力で、巨大な国家の闇を切り裂く術を手に入れた。


 王都の路地裏で苦しむ人々が、その老医師の姿を見て、奇跡を見るような眼差しで立ち上がる。

 神話の再来ではない。これは、血の通った人間による、魂の奪還作戦。

 聖鍼師・枢。彼の第二の伝説は、この腐敗した都を白紙から描き直すという、過酷なる外科執刀から幕を開けるのである。

本日、4月27日(月)08:00、王都への帰還を描いた一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第336話。

くるる先生が、自身がかつて築き上げた理想郷・王都の腐敗を目の当たりにし、再び「一人の医師」としてその門をくぐる決意のエピソードを執筆いたしました。


神の腕がないという欠落が、逆に他者の心を震わせる「人間としての深み」に変わる。この転換こそが、第五章における枢先生の真の強さとなります。


今回、王都の門を守る衛兵の歪んだ正義を正し、その緊張を緩和するために枢先生とミナさんが意識した術式を解説します。

まず、相手の威圧的な姿勢からくる肩の気の滞りを物理的に遮断し、冷静さを取り戻させるための起点とした**『肩髃けんぐう』。肩の関節にあるこの急所に対し、ミナさんは枢先生の指示通りに一鍼を打つことで、衛兵の殺意を外科的にリセットしました。


そして、国家という巨大な病巣に立ち向かう自分たちの気を安定させ、周囲の悪意を跳ね返すためのアンカーとした『湧泉ゆうせん』。足の裏にあるこの万能のツボを通じて、二人は大地と繋がり、神の力に頼らない「人間としての不屈の柱」をその場所に打ち立てることに成功したのです。

最後に、往診を終えた門周辺の空気そのものを浄化し、絶望していた民衆に希望を再接続するための最終回路とした『膻中だんちゅう』。この往診を経て、枢先生は王都の物理的な壁ではなく、人々の心の中にある壁を外科的に破壊することに成功しました。


次回の第337話は、本日月曜日【12:00】**に更新予定です。


王都の中心部、かつて枢が愛用していた「大執刀室」へと乗り込む二人。しかし、そこで彼らを待ち構えていたのは、かつて枢が最も信頼を寄せていた一番弟子のガストンでした。

彼は枢の教えを極限まで効率化し、命を数値で測る「鋼の医療」を完成させていたのです。

「おやおや。私の診察券も、……今のあなたにはゴミ同然ですか。……。さあ、ミナ。……本当の命の鼓動を、……彼の冷たい心臓に思い出させてあげましょう」


12時、昼の往診。背徳の外科往診。

聖鍼師、ついに「一番弟子」を診ます。どうぞお見逃しなく。

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