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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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334/353

第334話:老龍の外科往診、不滅の終焉を告げる「慈愛の一鍼」で魂を空へと完治せよ

王都に再び医療の光を灯し、二人が次に向かったのは、世界の屋根と呼ばれる「絶壁の霊峰」。そこには、かつて若き日のくるるが神の如き奇跡を振るい、死の淵から救い上げた伝説の存在、老龍アステリオスが横たわっていました。


かつては天空を統べ、不滅の象徴と讃えられた龍も、今は時の流れという無慈悲な病に侵され、その巨体を維持することさえ困難なほどに衰え果てています。龍が流す涙は酸の雨となって大地を焼き、その最期の咆哮は世界の均衡を崩す天変地異を引き起こそうとしていました。


「おやおや。かつての友が、これほどまでに寂しげな色をして眠っているとは。神として救った命を、今度は人間として見届ける。これもまた、一つの往診の形なのかもしれませんね。さあ、ミナ。怖がることはありません。彼の巨大な心音を、その手でしっかりと聞き取ってあげなさい」


18時、夕暮れの往診。老龍の外科往診。

聖鍼師、ついに永遠の命の終焉を、静かなる慈愛で診察します。

 霊峰の頂は、燃えるような夕闇に包まれていた。

 くるるとミナの目の前には、山の斜面と見紛うほど巨大な、白銀の鱗を持つ老龍が横たわっていた。かつては太陽を遮るほどに輝いていたその鱗も、今や煤けて剥がれ落ち、傷口からは青白く光る体液が絶え間なく溢れ出している。龍の呼吸は激しく、そのたびに霊峰全体が震動し、崩落した岩石が麓へと雪崩れ落ちていく。


 枢はミナに体を支えられながら、龍の巨大な黄金色の瞳の前に立った。かつて、この瞳には全知全能の輝きが宿っていたが、今はただ、終わらぬ生への疲弊と、死への恐怖が混ざり合った、濁った光が揺れている。


 「アステリオス。久しぶりですね。あなたが私を呼ぶ声が、風に乗って聞こえてきましたよ。神の力を失い、こんな老いぼれになった私を、それでも友と呼んでくれますか。おやおや。そんなに怯える必要はありません。私が来たからには、あなたの長い長い冬を、今ここで終わらせてあげましょう」


 枢の声は、龍の咆哮にかき消されることなく、その魂の深淵へと真っ直ぐに届いた。

 老龍は微かに瞼を動かし、枢の傍らに立つミナを、残された僅かな視力で見つめた。ミナは、視力を失った自らの瞳を龍へと向け、静かに一歩前へと踏み出した。彼女には、龍の巨体の内側で、膨大なエネルギーが正しく循環できず、行き場を失った熱となって彼の肉体を内側から焼き焦がしているのが分かった。


 「師匠。この龍の体は、生きることを望んでいません。ただ、蓄えすぎてしまった不滅の力が、彼を死なせてくれないのです。これは、救済という名の監獄。私たちがすべきなのは、その扉を開けてあげることですね」


 ミナの言葉に、枢は深く頷いた。

 「その通りです、ミナ。命とは、留まるものではなく、流れるもの。不滅という病に侵された友を、本来の輪廻へと還してあげる。これこそが、神には成し得なかった、人間による最後の執刀です」


 枢はミナの掌の上に、震える手を重ねた。

 今回の患者は、あまりにも巨大。ミナ一人の気では、龍の経絡を制御しきれない。枢は自身の命の残り火をすべて、ミナを通じて一本の、極大の銀鍼へと注ぎ込んだ。それは奇跡ではない。数十年、龍と共に生きてきたという、友情という名の情報の伝達であった。


 「狙うのは、喉元の逆鱗の下。すべての気の源流である、大椎だいついです。そこを一鍼で貫き、滞った不滅の力を、天空へと解き放ちなさい。あなたの慈愛が、彼の翼になります」


 ミナは枢の意志を受け取り、渾身の力で銀鍼を突き立てた。


 ――ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!


 一刺し。

 龍の全身を覆っていた青白い炎が、銀鍼を通じてミナへと流れ込み、そして天に向かって巨大な光の柱となった。

 二刺し。

 龍の激しい呼吸が、次第に穏やかになり、その巨体から苦痛の色が消え去っていく。


 老龍アステリオスは、最後に一度だけ、優しく、そして力強く喉を鳴らした。

 「アリガトウ、友ヨ。……。神ノ座ヲ降リタ今ノオ前ハ、……アノ頃ヨリモズット、……美シイ救イノ手ヲ持ッテイルナ……」


 思念となって響く龍の声。

 その直後、巨大な龍の肉体は、無数の光の粒子となって霧散し、霊峰の空を覆う美しいオーロラへと姿を変えた。残されたのは、ただの静かな、夕暮れの冷たい風。


 枢は膝をつき、龍がいた場所を、いつまでもいつまでも、優しい眼差しで見つめ続けた。


 「バ、バカナッ!? 永遠ノ命ヲ持ツ龍ヲ、死トイウ形デ完治セシメタトイウノカ!! コレガ、第四章ノ常識ヲ葬リ去ル、聖鍼師・枢ノ、絶筆ノ往診ダトイウノカ!!」


 空から降る光の粒を浴びながら、枢はミナの手を強く握りしめた。


 「ええ。死は終わりではありません。それは、新しい旅への準備に過ぎないのです。さあ、ミナ。私たちの往診も、また一歩、真実の終着点へと近づきましたね」


 第334話。

 人間・枢。彼は、神として救った命を、人間として看取ることで、自らの医道の真の円環を完成させた。

 夕闇の霊峰に、新しい時代の静寂が訪れる。

 神話の残滓は消え、そこにはただ、寄り添い合う師弟の、温かな鼓動だけが響いていたのである。

本日、4月26日(日)18:00、神話の終焉を描いた一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

.

第334話。

くるる先生が、かつて神として救った老龍アステリオスを、今度は一人の人間として、安らかな死へと導くという、極めて象徴的なエピソードを執筆いたしました。


死を敗北ではなく、一つの完治として捉える。この視点の転換こそが、第五章に向けて枢先生が辿り着いた、究極の医術の形なのです。


今回、老龍の不滅という病を解体し、魂を輪廻へと還すために枢先生とミナさんが意識した術式を解説します。

まず、体内に鬱積した膨大な魔力を一点に集め、天へと逃がすための排出口とした**『大椎だいつい』。首の付け根にあるこの要衝に対し、ミナさんは枢先生の記憶をアンカーとして銀鍼を打つことで、龍の巨体を内側から焼き尽くしていたエネルギーを外科的に浄化しました。


そして、死の間際にある魂に究極の安らぎを与え、恐怖という名の痛みを中和するためのアンカーとした『神門しんもん』。手首にあるこのツボを通じて、ミナさんは自身の清らかな慈愛を龍の魂へと流し込み、彼が穏やかに自己を解放できるよう手助けをしたのです。

最後に、往診を終えた枢先生自身の疲弊した生命力を護り、新しい旅へと繋ぐための最終回路とした『気海きかい』。この往診を経て、枢先生は「生を繋ぐ」ことだけでなく、「死を看取る」ことの尊さを、治療家として完璧に理解しました。


次回の第335話は、本日日曜日【21:00】**に更新予定です。


龍を看取った二人の前に、今度はかつての仇敵カザンが、ボロボロになった姿で現れます。彼が運んできたのは、冥府の底から這い上がってきた「むくろ」が、世界の寿命を半分にするという、最悪の凶報。

「おやおや。懐かしい顔が揃いましたね。ですが、私の患者を勝手に減らされては困ります。さあ、ミナ。今度は、死そのものを診察しに行きましょうか」


21時、本日最終。冥府の外科往診。

聖鍼師、ついに「死の王」を診ます。どうぞお見逃しなく。

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