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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第四章:忘却の聖者と翡翠の巡礼】

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第333話:王都の外科往診、権力に溺れた「白衣の亡者」を師弟の合体一鍼で完治せよ

過去の悔恨を清算し、一時の平穏を得た二人の前に現れたのは、泥にまみれ、息を切らした王都の若き医学生でした。彼がもたらした知らせは、くるるが築き上げたはずの「聖なる医療」が、彼の不在の間に権力争いの道具へと成り下がり、貧しき人々を切り捨てる「差別の病」に侵されているという衝撃的な事実でした。


かつての自分の教えを歪め、命に序列をつけたかつての弟子たち。神の腕を失い、盲目の少女を伴う老人は、もはや王都の権威にとっては排除すべき「過去の遺物」に過ぎません。しかし、枢の胸に宿る治療家としての炎は、その傲慢な社会という名の患者を診放すことを許しませんでした。


「おやおや。私の背中を見て育った者たちが、随分と立派な牙を剥くようになったものです。ですが、本当の医術が何たるか、もう一度だけ、特別講義が必要なようですね。さあ、ミナ。王都の腐敗を、外科的に摘出しに行きましょう」


15時、昼下がりの往診。王都の外科往診。

聖鍼師、ついに己が遺した社会の病根に立ち向かいます。

 かつてくるるが万民の救済を誓い、その生涯を捧げた王都の門は、今や冷徹な選別を行う「検断の場」と化していた。

 医療院の白衣を纏った男たちが、金を持たぬ病人や、身分の低い負傷者を無慈悲に追い払っている。その光景を、枢はミナに支えられながら、群衆の影から静かに見つめていた。彼の眼差しに宿るのは、かつての神のような威圧感ではなく、ただ一人の人間としての、深く、重い悲しみであった。


 「ミナ。聞こえますか。あの病める者たちの呻きと、それを嘲笑う者たちの、腐った魂の拍動が。彼らは、病を治すことよりも、自分が支配者であることを証明することに執着しています。これこそが、目に見えぬ社会の病根、権力の肥大化による精神の壊死です」


 枢の声は低く、しかし地を這うような重圧を持って響いた。

 彼らが医療院の正面へと歩みを進めると、かつての枢の教え子の一人であり、現在は院の長官を務める男、ガストンが豪華な装束を翻して現れた。彼は、杖を突き、盲目の少女に縋る老人の姿を見て、鼻で笑った。


 「これはこれは、往年の聖鍼師様ではありませんか。神の力を失い、都を追われた老いぼれが、今更何の御用ですかな。ここにはあなたの居場所も、救うべき価値のある雑草もおりませんよ。医療は今や、選ばれし強者のための特権なのです」


 その言葉を聞いた瞬間、ミナの全身から静かな、しかし苛烈な気が立ち昇った。

 彼女は一歩前に踏み出し、ガストンの前に立ちはだかった。彼女にはガストンの姿は見えていない。だが、彼の内側で渦巻く「傲慢」という名の悪臭を、誰よりも鋭敏に嗅ぎ取っていた。


 「師匠。この男の胸の奥、心臓の鼓動が不自然に歪んでいます。自分を偉大に見せようとする虚栄心が、血液の流れを阻害し、脳を麻痺させている。これは、外科的に摘出するしかありませんね」


 ミナの言葉に、ガストンは顔を真っ赤にして激昂した。

 「小娘が、何を分かった風なことを! 衛兵、この無礼な二人を今すぐ捕らえろ!」


 しかし、衛兵たちが動き出すよりも早く、枢がミナの右肩に、動かぬ左手をそっと置いた。

 「おやおや。診察を拒否する患者ほど、手のかかるものはありません。ですが、ご安心なさい。私の弟子は、少々荒療治が得意でしてね。ミナ、やりなさい。王都の経絡を、今一度正すのです」


 枢の指示と同時に、ミナは懐から一本の、黒ずんだ古びた鍼を取り出した。

 それは枢が若き日、医療の道に進んだ時に最初に手にした、無名の銀鍼であった。奇跡も魔法も宿っていない。ただ、命を救いたいという祈りだけが染み込んだその一鍼を、ミナはガストンの喉元にある急所――**『天突てんとつ』**へと、目にも留まらぬ速さで突き立てた。


 ――ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 一刺し。

 ガストンの身体を支配していた虚栄の気が、その鍼を通じて噴き出した。

 二刺し。

 枢がミナを通じて流し込んだ、一人の人間としての温かな気が、王都の医療院全体へと波及していく。


 「ぎ、ぎえぇぇぇぇっ!? な、なんだ、この感覚は。……。私が、……私が築き上げた権威が、……消えていく……。……。いや、……違う。……。私は、……何を、……していたのだ……」


 ガストンはその場に膝をつき、自身の震える白衣を見つめた。

 彼の瞳から、権力への執着が剥がれ落ち、かつて枢の元で一心不乱に医術を学んでいた頃の、純粋な青年としての涙が溢れ出した。


 その一鍼の効果は、ガストン一人に留まらなかった。

 医療院を覆っていた冷徹な結界が解け、追い払われていた人々が再び門をくぐり始める。枢の医術は、肉体だけでなく、その場所が持つ「意志」をも治療したのである。


 「バ、バカナッ!? 神ノ腕ナキ枢ガ、タッタ一本ノ錆ビタ鍼デ、余ガ支配シタ王都ノ医療体制ヲ完治セシメタトイウノカ!! コレガ、人トシテ歩ミ直シタ聖鍼師ノ、新たなる回答ダトイウノカ!!」


 王都の深層で蠢いていた利権の怪物たちが、敗北の叫びを上げる。

 枢は、ミナの肩を借りながら、ガストンの頭を優しく撫でた。


 「思い出しましたか、ガストン。医術とは、命を支配する道具ではありません。命に寄り添い、共に歩むための灯火なのです。さあ、立ちなさい。あなたにはまだ、ここで償わなければならない往診が山ほどありますよ」


 第333話。

 人間・枢。彼は、弟子の手を通じて、自らが遺した最大の負債、王都の腐敗を外科的に治療した。


 空はいつの間にか、黄金色の夕陽に照らされていた。

 王都の人々は、再び開かれた医療の門の下で、希望を取り戻し始めていた。

 神の腕を失ったことで、枢はより広く、より深く、世界という名の患者と向き合えるようになったのである。


 「師匠。私、分かりました。社会も、一つの大きな体なのですね。どこかが滞れば、全体が病んでしまう。だから、私たちは歩き続けなければならないのですね」


 ミナの言葉に、枢は満足げに目を細めた。

 二人の師弟の旅は、王都という巨大な病巣を治療したことで、さらなる高み、第五章の真の核心へと、その足取りを力強く進めていく。


 それは、英雄が凱旋する物語ではありません。

 ただ、苦しむ者がいる限り、不自由な足取りでどこまでも往診へと向かう、真実の治療家たちの物語。

 聖鍼師・枢。彼の名は、今、王都の歴史に、再び新しき救済の象徴として刻み直されたのである。

本日、4月26日(日)15:00、王都の腐敗と対峙した一話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第333話。

くるる先生が、かつての弟子たちの過ち、すなわち社会的な病根に立ち向かうエピソードを執筆いたしました。


個人の肉体だけでなく、組織や社会という大きな「体」を治療する。この視点こそが、第五章に向けて物語がより壮大な広がりを見せるための鍵となります。


今回、王都の医療院に蔓延した権力の毒を中和し、ガストンの心を更生させるために枢先生とミナさんが意識した術式を解説します。


まず、喉を詰まらせる虚栄心と、誤った言葉を吐き出す病理を物理的に遮断するための起点とした**『天突てんとつ』。胸骨の上端にあるこの急所に対し、ミナさんは枢先生の純粋な祈りが込められた銀鍼を打ち込むことで、ガストンの歪んだ自我を外科的にリセットしました。


そして、閉ざされた組織の気を循環させ、停滞していた慈愛を再び呼び戻すための要衝とした『膻中だんちゅう』。胸の中央にあるこのツボを通じて、ミナさんは自身の清らかな波動を医療院全体へと放射し、建物そのものが抱えていた負の感情を浄化することに成功したのです。

最後に、往診を終えたガストンの記憶の底にある「初心」を呼び覚まし、正しい医療の道へと再接続するための最終回路とした『百会ひゃくえ』。この往診を経て、王都の医療は権威から解放され、再び民衆のためのものへと生まれ変わりました。


次回の第334話は、本日日曜日【18:00】**に更新予定です。


王都の復興をガストンに託し、再び旅に出た二人の前に現れたのは、かつて枢が神として降臨した際に救った「伝説の龍」の成れ果て。

龍は今、老いと絶望に侵され、世界を道連れに死の眠りにつこうとしていました。

「おやおや。かつての友が、こんなにも弱り果てているとは。さあ、ミナ。神でも人間でもない、……いえ、一人の友として、彼の最期を診届けてあげましょうか」


18時、夕暮れの往診。老龍の外科往診。

聖鍼師、ついに「永遠の命」の終焉を診ます。どうぞお見逃しなく。

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