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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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85.魔法使いと部品(1/1)

 私は青い空間の中にいた。


 そこでは身体が軽くて、温かくて、なんだか懐かしい感じがする。


 すごく眠たいけれど、でも、意識は繋ぎ止められていた。


 ふと、向こう側に二つの人影が見えた。

 その人影はなぜか、逆立ちしていた。


 ……いや、違う。

 私が逆さまになってる?


 意識がふわふわしていて、何が正解か分からない。


 だんだん視界がはっきりしてくる。


 人影は、シロウ様と私だ。


「これが、『部品』……?」


 向こうの私が目を見開いて、そう呟いた。


 それですぐに思い至った。

 これはきっと、『部品』の記憶だ。


 気付いたその瞬間、何かに引っ張られる。


 青い世界が遠のいて、真っ黒に塗り潰されて……そこで瞼が動くことに気が付いた。


 ――パッ、と目を開ける。


 見慣れた天井が、傾く日差しで赤く染まっていた。


 ここは……魔法士官学校の医務室。

 硬めのベッドと薄い肌掛け布団には、魔力疲労のとき何度かお世話になった。


 不意に、視界の端から影が差す。


「おはよう、シヅさん」

「おはようございます、シロウ様」


 安堵の表情を浮かべたその顔を見て――私は飛び起き、頭を下げる。


「ご迷惑をお掛けしてすみません!」

「迷惑なんて思ってないよ。ツバキ君を運ぶついでだったし」


 シロウ様の視線の先、私の隣のベッドにツバキ先輩がいた。


 魔力の流れがとても緩やか。

 よほど深く眠っているらしい。


 ツバキ先輩に関しては、シロウ様が騙したせいで倒れたのだから運んでくるのは当然のことだ。

 ただ、私に関しては――


「いえ! 『部品』の血を飲むなんて、私、どうかしてました……!」


 なんであんなことしたんだろう。

 さすがにショックが大きい。

 最低限の常識はあると思っていたのに。


「血を飲んだのは、きっとシヅさんの意思じゃない」


 私は頭を上げ、首を傾げた。


「どういうことですか?」


 シロウ様はにっこりと笑って言った。


「強い魔力は別の魔力を引き寄せる。魔法使い自身も強い魔力に惹かれやすいでしょう?」


 確かに、あのとき『部品』の血が美味しそうに見えた。

 あれは血に含まれた魔力に引き寄せられたから?


「ところでシヅさん、寝ているあいだに変な夢を見なかった?」

「見ました! 青くて、ぷかぷかしてて、逆さまで、向こうに私とシロウ様がいて……。あれって、『部品』の記憶、ですか?」

「きっとそうだね。濃い魔力は記憶を保持していることが多いから」


 シロウ様はそう言うと、真剣な眼差しで私を見つめてきた。


「そんなシヅさんに、助けてほしいことがあるんだ」


 ――助けてほしい。


 その言葉に、私は高揚した。


「もちろんです! どんなことでしょう?」

「シヅさんにあの『部品』の記憶があるのなら、天候制御装置が故障したときのことも分かるんじゃないかと思ってね」


 なるほど!

 私たちの姿が見えたのだから、動力炉の管を切断した犯人だって分かるかもしれない。


「探してみます!」


 私は目を閉じ、頭の中で記憶を探る。


 青くて、ぷかぷかしてて、逆さまの記憶……。


 けれど、出てくるのはさっきの夢だ。

 それじゃない、と思えば思うほど、さっき見た夢が邪魔をする。


 ……でも、仕方がない、と思う。


 『部品』を前にした私は動けなかった。

 ご隠居様やシロウ様の言葉の意味をやっと理解して、自分の見識の狭さを思い知って、後悔して、でも、きちんと見なければと必死だった。


 だから、周囲のことなんてちっとも見えていなかった。


 そのときシロウ様がどんなふうにしていたかなんて。


 『部品』の記憶の中で、シロウ様は、私をじっと窺っていた。

 心配そうに、でも言葉は挟まず、ときどき、唇が引き締まったり、眉間の皺が深くなったり。


 そしてシロウ様の手は常に、私に触れるか触れないかのところで待っていた。

 いつでも私の背を支えられるように。


 きっと今日だけではない。

 幼いころから今日まで、ずっと、こうやって守ってもらっていたんだ。


 何度も何度も、そればかり思い出してしまう。


「……すみません。思い出そうとしてるんですが、なんか、全然出てこなくて」


 ふっと笑う声が聞こえて目を開ける。

 そこには、いつもの優しい眼差しで私を見つめるシロウ様がいた。


「そっか。『部品』の記憶は、シヅさん自身の記憶とは結びついていないから、呼び起こすのは難しいのかもしれないね」

「そうですか……」


 せっかくシロウ様のお役に立てると思ったのに……。


「ねえ、シヅさん。嫌だったら断ってくれていいんだけど……シヅさんの記憶を、覗かせてくれない?」

「記憶を覗く?」

「うん。『部品』の記憶をシヅさんが意図的に呼び起こせなくても、どこかに存在していると思うんだ。それを掬い上げて専用の護石に入れる。記憶を保存して、必要なときに再生できる護石にね」

「そんな便利なものがあるんですか!?」


 一も二もなく了承しようとしたところで、シロウ様の眉間に皺が寄る。


「ただ、一つ問題があって……」


 シロウ様曰く。


 今は私の中に、『私』と『部品』、それぞれの記憶が入り混じっている状態なのだそう。


 そして記憶というのは、時系列通りに並んでいるわけでも、本みたいに目次や索引があるわけでもないらしい。


「だから『部品』の記憶を探しているとき、間違ってシヅさんの記憶も見てしまうことになると思う。もちろん、まじまじと見ることはないと約束するけど――」

「分かりました、大丈夫です!」


 私が即答すると、シロウ様は金色の目を真ん丸に見開いた。


「シロウ様のこと信じてますし、それに私、シロウ様に隠し事なんてしてませんから」


 私は自信満々に言い切った。


 むしろ、シロウ様以外の魔法使いに、私の記憶が見られたらまずい。

 『偽装婚約』の件がバレてしまう可能性があるのだから。


「そ、そう? ……なんか逆に心配だな……」


 シロウ様はよく分からない心配をしだして、私はくすりと笑い声を漏らす。


 『部品』の記憶の中で、私のことをあんなふうに――実の娘みたいに大切に、慈しんで見守る大人の言うこと、信じられないわけがないじゃないですか。

 ……とは言わなかった。


「でも、ありがとう、シヅさん。早速だけど、始めようか。眠たくなると思うから、横になってごらん」

「はい」


 私はもう一度ベッドに寝転んだ。


「あと、おでこ、触ってもいい?」

「もちろんです」と言いながら、私はシロウ様の手を捕まえて、自分で額に押し当てる。


 シロウ様の手は相変わらず、大きくて骨ばっていてひんやりとしている。


 人間は体調を崩したとき、こうやって額に手を当てて熱を測ると聞いたことがある。

 私はこれ、好きかもしれない。

 大事にされているみたいで。


「始めるね」


 額から全身にシロウ様の魔力が広がっていく。


 温かい。

 心地良い。


 まどろみのさなか、たくさんの情景が通り過ぎていく。


 知っている場所、馴染みの顔、初めて見たのに懐かしい景色……。


 今通り過ぎた映像が、夢なのか現実なのかも分からない。


『ごめんなさい』


 その声にハッと意識が冴える。


 青くてぷかぷかして逆さまの世界。


 『部品』はじっと私を捉えている。


『ごめんなさい』


 でも、私に対して言っているわけじゃない。


 『部品』は私を見ながら――ご隠居様の存在を感じ取っている。

 とても小さな、吹けば飛ぶような気配を。


『貴方様がそうであるように、私もこの罰を甘んじて受け入れます』


 こみ上げる感情がある。

 でもこれは、私には経験のない感情だ。


 懐かしさと、後悔と懺悔と、嬉しさと。

 ……もっともっといろいろある。


『ああ、よかった。奴らに惑わされず、よかった。貴方様の気配に出会えたのだから』


 ――奴ら?


 チカチカ、と頭の中で火花が弾けた。

 熱い、痛い!


「っ……!」


 呻いた瞬間、シロウ様の魔法が止まる。

 瞼を上げると、心配そうな顔をしたシロウ様と目が合った。


「ごめん! 痛かった?」

「大丈夫です。ほんの一瞬だったので……」


 私は起き上がる。

 痛みのお陰で意識ははっきりとしていた。


「『部品』の記憶、見つかりました?」

「うん。きちんと護石に入れたよ。これで犯人も分かるはず」


 シロウ様の手の中で、真っ黒な護石が煌めいていた。

 さっきの『部品』の心の声も一緒に入っているのかな。


 天井は相変わらず赤いまま。


 シロウ様はほんのわずかな時間で、必要な記憶を引き当てた。

 私の記憶を覗き見する時間なんてなかっただろう。

 約束、守ってくれたんだな。


「助かったよ。無理をさせてごめんね」

「いえ! お役に立ててよかったです!」

「本当にありがとう、シヅさん」


 シロウ様にお礼を言われると、心がぽかぽかと温かくなる。


 それにしても――あの純血の魔法使いは、『部品』であることを受け入れていた。


 動力炉から出たいだなんて、考えてもいないみたいだった。


 自身を罰するために、自らの意思で残った?


「ん……」


 小さな声が上がって、私は隣のベッドを見た。


 ツバキ先輩の瞼がゆっくりと開く。


「ああ、ちょうどよかった。起きたんだね」とシロウ様が声をかけた。


 ツバキ先輩は横になったまま辺りを見回して、現状を理解すると、見る見るうちにしょんぼりと眉を下げた。


「それじゃあ、ツバキ君が動けるようになったら寮まで送ってあげる。二人とも、明日はしっかり休むように」

「はい!」「はい……」




 ――こうして、私たちの社会科見学は幕を閉じた。


 ほかの遺物も見学する予定だったのに、急遽中止になったのだ。

 先生たちから理由は明かされなかった。


 なんとなく不吉な予感が拭えないけれど――きっと大丈夫。


 だって、シロウ様が調べているんだから!


次話投稿は 2026/10/14 21:00 です。

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