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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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83.トカゲ(1/2)

 ツバキとシヅ以外の生徒や教師たちは天候制御装置の螺旋階段を上っていた。


 工学科はさすが三、四年生。

 何度か来たこともあるので意気揚々と上っていく。


 一方で、一年魔法特科の三人は食らいついてはいるものの、げんなりとしていた。


 ミチルに鍛えられているので体力的な問題ではない。

 螺旋階段に窓はなく、前も後ろも視界が限定的で、自身が今どこにいるのか分からない。

 閉塞的な空間は気力を削ぐのだ。


 精神的な拠り所となるはずのミチルは全体の引率係のため先に行ってしまい、今一年生を率いているのはアスカだ。


「頑張って頑張って! もうちょっとだよ!」

「ねー、アスカ先生、さっきも『もうちょっと』って言ってませんでした……?」とハクトが尋ねた。


「あはは、さっき声をかけたのは半分のところ! あと残り四分の一だよ!」

「……まだ結構あるな……」とトウマがぼやく。


 やっと螺旋階段を上りきり最上階に到着した一年生は、目を丸くした。


「きれい……」とマリカが漏らす。


 最上階は仕切りも柱もない大広間だ。

 天井はドーム状になっており、壁も床も天井も、見渡す限りが青白く輝き、暗くなってはまた灯り、と緩やかに明滅を繰り返している。


「星空の中にいるみたいだわ」


 幻想的な風景にうっとりと見蕩れていたマリカが、突然ハッとした。


「もしかして、塔の下からここまで全部、魔法陣……?」

「うん、その通り! すごく細かい線が光っているよね」


 一年生たちはゾッとしていた。

 これほど大規模な魔法陣が存在するという事実、そして自分たちが今その中にいるということに。


「でも、昔はもっと光ってたような……」


 アスカが首を傾げていると、工学科の生徒たちも口々に違和感を唱えた。


「確かに、去年はもっと明るかったよな」

「それになんか今日、えらく魔力が充満してないか?」


 そんなことを話していると、突如、魔法陣の輝きが増した。


 皆、驚いた顔を見合わせる。

 一過性のものかと思ったが、何度明滅を繰り返しても先ほどまでよりずっと明るかった。


「アスカ」


 声をかけたのはミチルだった。


 生徒たちから離れた場所に教師たちが集められている。

 アスカもすぐさまその場に駆け寄る。


 さほど時間をおかずに一年生の元に戻ってきたアスカは苦笑して言った。


「ごめんね、シヅのお友達のみんな。俺、ミチル先生たちと見回りに行ってくるから、奥のほうで工学科や他の先生たちと待っててくれる?」

「分かりました」「はーい」


 トウマもハクトも、すぐに移動し始める。


 マリカだけは不安な様子で、下り階段に向かうアスカの背中に言った。


「気をつけて、ね?」


 足を止め、振り返ったアスカは、やっぱりいつもの煌めく笑顔をしていた。


「大丈夫。何かあっても、俺がちゃんとマリカさんを守るからね」

「私だけじゃなくて、生徒みんなを守ってくださいな」


 呆れた口調でありながら、表情は嬉しそうだった。


 アスカはそんなマリカの頭をひと撫でしてから、階段を下りていった。




 ※ ※ ※




「よりによってトカゲかあ……」


 アスカがぼやく。


 螺旋階段を下りながらミチルが共有した情報は、いずれも愉快なものではなかった。


 予め天候制御装置の出入り口に仕掛けていた感知魔法が、人の出入りを感知した。

 その数、二十人ほど。


 同時期に視察を行うという話は朱雀伯から聞いていない。


 この不審な動き――『魔狩り』の可能性がある。


 そして侵入者の中に、一人、魔法使いの存在を感知した。

 それも強力な魔力量を持つ魔法使いだ。


 『魔狩り』に与する魔法使いは、魔力の弱い魔法使いがほとんどだ。


 魔力の格は下から赤橙黄緑青藍紫、そして黒。

 『魔狩り』に与する魔法使いは『黄』や『緑』が多い。

 そもそも橙以下は魔力を操ることができないので、人間扱いになる。


 『黄』や『緑』は人間からは魔法使いと見做され忌み嫌われ、魔法使いからは魔力が薄くて見向きもされない。

 人間の就くような華やかな職にも就けず、強い魔法使いのような技術職にもありつけない。

 世間からつまはじきになった彼らは社会貢献意識も低く、『魔狩り』で一山当てようと自棄を起こすのである。


 そんな『魔狩り』の魔法使いの中で異彩を放っているのがトカゲだ。


 トカゲは強い魔法使いだ。


 おそらく『紫』は堅いだろうという魔力量に加え、幾度となく『黒烏(カラス)』と相まみえても生きているのが何よりの証拠だった。


 そんな相手とこれから対面する。

 生徒に危害が及ぶことだけは阻止しなければならない。


 アスカの珍しく憂鬱な声に、ミチルは明るく言った。


「まあ、全力でやるしかないな。幸い、俺たちには情報がある。有効に活用しよう」


 トカゲには『黒烏』でさえ手を焼いていた。


 そこで『黒烏』は勿論、警備隊や教員には、トカゲの対応策やトカゲ自身の癖などが共有されているのだ。

 これを利用しない手はない。


 ミチルを先頭に螺旋階段の中ほどまで下りて、足を止めた。


「ここで待とう」


 大広間で相手をするより、狭い階段で相手をしたほうがいい。

 向こうは多勢なのだ。

 狭い通路を塞いでしまえば、人数の有利を活かしにくい。


 しばらく待っていると、下から灯りが差し込んできた。


 塔内に張り巡らされた魔法陣の青白い光では、人間には視界が確保できず、カンテラを持っているのだ。

 こんな間抜けな居所の知れ方があるだろうか。


 すぐに人影が現れる。


 一行がこちらを認めて足を止めた。


 先導していたのは魔法使い。


 これが、トカゲ。


 背格好は、平均的な一般男性といったところ。

 足首まである長い外套を羽織り、外套のフードを目深に被っているうえに、真っ黒で長い前髪が、完全に目元を覆い隠している。


 情報通り、その素性は何一つ知れない。


 トカゲの艶のある唇が動く。


「こんにちは」


 寒い日の白い吐息のような、ふんわりと空気に溶け出してしまうほど気の抜けた声だった。

次話投稿は 2026/10/11 21:00 です。

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