80.魔法使いと天候制御装置(3/5)
掃除が終わり、私たちは朱雀城の食堂で少し遅い昼食を取ることになった。
けれど案内されたのは、殺風景な食堂の中でも特に日の当たらない一角。
さらに私たちに渡されたお弁当は、切れ端を集めた粗末なもの。
あちこちから注がれる人間の奇異と侮蔑の視線の中では休まらず、食べ物を胃に流し込んで逃げるように中庭へ出た。
まあ、魔法使いは食事を多少取らなくても、どうってことない。
こんな幼稚な嫌がらせにいちいち腹を立てるのも面倒だ。
とはいえ、こんなに目の敵にされるとやるせない気持ちになってくる。
みんなで思い思いに時間を潰していたとき、ミチル先生に声をかけられた。
「シヅ、少しいいか?」
その隣にはツバキ先輩もいて、一緒にミチル先生について行った。
そうして連れてこられたのは、朱雀城の貴賓室。
扉の前でミチル先生が言った。
「二人に、シロウさんから話があるそうだ」
私はツバキ先輩と顔を見合わせた。
「シロウ様が? ……分かりました」
「それじゃあ俺はこれで」とミチル先生は元来た道を戻っていった。
ミチル先生の背中を見送るツバキ先輩は、なぜ呼び出されたのか分からないようで、不思議そうな顔をしていた。
私はというと、シロウ様とお話しできるのは嬉しいけれど、ツバキ先輩と一緒に呼び出されたことに身構えていた。
春花侯爵家と夏炎侯爵家は、昔から仲が悪いと聞く。
シロウ様とツバキ先輩まで仲が悪かったらどうしよう!
気まずい!
そんなことを考えていたら、ツバキ先輩が私を見て言った。
「シヅさんはシロウ様とお知り合いなのですよね?」
「え!?」
どうしてそれを、という言葉を飲み込む。
でも、バッチリ顔に出ていたみたいで伝わってしまった。
「夏季休暇に騰蛇に行っていたと、レイさんから伺いました」
そういえば、私たちが騰蛇に行っていたあいだ、レイさんに白陰領を守ってもらっていたんだった。
きちんと口止めしておくべきだったのかも……。
でも、今さら遅い。
「え、ええ。シロウ様と父は同郷で……。それにシロウ様が父の部隊に配属されていたご縁で白陰に良くしていただいていました」
嘘はついていない。
シロウ様と父は同郷だし、シロウ様が父の部下だったのも事実だ。
ただ、私とシロウ様が知り合いなのは、私が父の養子になるよりずっと前から。
いつから知り合いなのかは正確には分からない。
物心がついたときには、私はシロウ様のことを知っていたから。
「そうだったのですね」と言うツバキ先輩は、いつも通り穏やかだ。
よかった。
夏炎侯爵家とつながりがあるなんて、とツバキ先輩を不快にさせるかも、と心配していたけど、杞憂だったみたい。
少しホッとした。
でも、こんなふうに言ってしまったからには、必要以上にシロウ様と親しくするのは不自然だ。
何の弾みで私とシロウ様の『偽装婚約』に勘付かれるか分からない。
今日この場ではあんまりしゃべらないようにしよう……。
そう心に決めてから貴賓室に入ると、シロウ様が正式な礼で出迎えてくれた。
「急にお呼び立てしてしまい申し訳ございません。春花侯爵令息、白陰子爵令嬢」
「とんでもないことでございます。シロウ様にご指名いただけるなんて光栄でございます」
ツバキ先輩が挨拶を返す横で、私は黙って礼をするだけに留めた。
「堅苦しいのはここまでにしよう。二人とも、こちらへどうぞ」
シロウ様の言葉で一歩踏み出す。
と、ふんわりとした絨毯が私の足を包み込む。
……この絨毯の足触り、春花侯爵家のものにも負けていない。
きっとすごくお高い物だ。
見回してみれば、貴賓室はやたら豪華だった。
良さげな絵画はもちろん、狼や鹿、熊の頭の剥製なんかも壁に飾ってあった。
さらにソファに座ってみると、その座り心地はまるで空に浮かんでいるみたいだった。
貴賓室だから、貴賓をもてなすためにいい物を揃えるのは分かるのだけれど……奢侈では?
「さあ、お茶をどうぞ」
シロウ様が淹れたお茶から、澄んだ緑の香りがする。
お茶を口に含むと、ほのかな甘みがあって美味しい。
このお茶もお高いんだろうなあ。
せっかくだからいっぱい飲んでおこう。
「朱雀伯が迷惑をかけて申し訳ないね」
「いえ、シロウ様には皆、感謝しております。……朱雀伯爵は、今は何を?」
「行幸の警衛計画に不備があったから全部指摘してあげた。今日はもう外出できないんじゃない?」
「それはそれは、徳を積まれましたね」
春花侯爵家と夏炎侯爵家。
二人が顔を合わせても、ツバキ先輩はいつも通り穏やかな表情だし、シロウ様も優しく微笑んでいる。
少なくとも、仲が悪いわけではなさそう。
ツバキ先輩が茶杯を置いて尋ねた。
「ところでシロウ様。本日はどのようなご用件でしょうか」
シロウ様はにっこりと笑って答える。
「君たちが婚約したと聞いたから、祝福しようと思って」
私は盛大にむせた。
ゲホンゴホンと、何度も大きく咳込む。
「大丈夫?」「大丈夫ですか?」
「だ、だいじょぶです……」
シロウ様ったら、いけしゃあしゃあと!
私とツバキ先輩が『偽装婚約』だと知っていて、そもそも、シロウ様だって私と『偽装婚約』しているのに、どの口で『祝福』なんて言葉が出てくるの!?
からかうのは父だけにしてほしい!
「二人とも、おめでとう。結婚はシヅさんが卒業してからかな? 婚儀にはぜひ参列させてね」
「……ええ、もちろんです」
ツバキ先輩の反応がやや鈍い。
きゅっと膝の上の拳を握っている。
たぶん、良心の呵責に苛まれているのだと思う。
大丈夫ですからね、という思いで、ツバキ先輩の拳の上に手のひらを重ねた。
ツバキ先輩は驚いた顔をして私を見た。
けれど、私の意図を汲んでか、すぐに穏やかに微笑み頷いた。
「祝福ついでに、一つ贈り物があって」
「まあ、何でしょう?」
首をかしげるツバキ先輩に、シロウ様が不敵に微笑む。
「私の調査に同行しない?」
シロウ様の調査って、天候制御装置の?
これからみんなで見学するのに、どうしてそれが贈り物になるんだろう?
「調査……とは、どちらに行かれる予定なのですか?」
「天候制御装置の動力炉だよ。行ったことないだろう? ……行きたくない?」
瞬間、ぱあっとツバキ先輩の表情が輝いた。
「是非、ご一緒させてください!」
「うん、じゃあ決まりだね。ミチル君には私から言っておくから」
「はい! お世話になります!」
……なるほど。
確かに、ツバキ先輩にとってこれ以上の贈り物はなさそう。
次話投稿は 2026/10/1 21:00 です。




