79.魔法使いと天候制御装置(2/5)
私たちがホッと安堵したときだ。
「シヅー!!」
唐突に響く、聞き覚えのある声。
私は振り向くより先に、その場にしゃがんだ。
すると、私の頭上を何かがかすめていく。
空を切ったのは、二本の腕。
誰の腕かと言えば――
「お兄様……」
「もう! 避けなくてもいいのに」
そう、今日の引率には、兄もいるのだ。
もう一方の馬車に乗っていたから油断していた。
最悪。
「みんな、こんにちは! 商業区で会って以来だね! いつも妹がお世話になってます!」
「もう! そういうのいいですってば!」
「こちらこそ、お世話になってます」とトウマ君が律儀に頭を下げた。
「トウマ君、いちいち相手しなくていいよ!」
マリカは私たちのことを微笑ましく眺めていたけれど――
「マリカさん、今日は一段と可愛いね!」
兄にそう言われると、サッと顔を背けてしまった。
耳まで赤くなってる。
可愛い。
ヘラヘラと笑う兄と私を見比べてハクト君は言った。
「似てないねー」
「私は養子だからね……」
そう言うとハクト君は納得したように頷いた。
「で、何しに来たんですか? 今日は工学科の引率でしょう? 仕事してください」
私が冷たく言い放つと、さっきまでヘラヘラしていた顔が、急に引き締まった。
「さっきの、怖くなかった? あんなの気にしなくていいからね」
兄は兄で、私たちのことが心配ではあったらしい。
その気遣いは、まあ、嬉しくないことはない。
「ありがと、お兄様」
そう言うと兄はキラッキラな笑顔になって、受け持ちの生徒たちのところへ戻っていった。
「アスカさんは相変わらずねえ」
マリカがしみじみとそう言った。
婚約者の背中を見つめるその表情は、とても誇らしげだった。
※ ※ ※
そうして私たちは朱雀城の側庭を通り、中庭にある天候制御装置へやって来た。
根元に来てみて改めて実感する。
なんて大きいんだろう!
灰色で円柱状の塔が、空高くどこまでも伸びている。
遠くから見たとき先が尖っていたから、屋根は円錐状なんだと思うけれど、そこまでは見えない。
壁は石でできているみたいなのに、継ぎ目は見えない。
まさか一つの巨大な岩でできていたりするのかな?
見上げ続けていると、なんだかこっちに倒れてくるような錯覚に襲われ、ちょっと怖い。
私たちが呆気にとられていると、工学科の先輩方が言った。
「俺たちが上の掃除をするから、一年生は下を頼んだぞ」
「危ないから少し離れていてね」
先輩方は浮遊魔法を使って軽々と上空に舞い上がり、すぐに見えなくなった。
先輩方の指示通り少し距離を取っていたら、ミチル先生が私たちにデッキブラシを渡してきた。
受け取るものの、正直、乗り気になれない。
「あんなイチャモン付けられて、よく掃除しようと思えますね……」
トウマ君は不満げに言った。
「ははっ、それが仕事なんでな」
ミチル先生は軽く笑い飛ばすけれど、私たちはそうはいかない。
「俺は仕事でもイヤだな」
「僕、ああいうのキライ」
「あら、ハクト。珍しく意見が合うじゃない。私もああいうのは嫌い」
「うん、私も嫌い」
ミチル先生は立場上、朱雀伯に対して怒ったり嫌ったりできない。
その分、私たちが声を上げておかないと。
私たちの気持ちを察して、ミチル先生はまた軽快に笑った。
「ははっ、ありがとな。まあ、いつもと比べれば大したことないさ。シロウ様々だな」
「いやいや、シロウサマ、もっと早く止められたでしょ。最初っから出て来ればよかったのに」
「シロウさんは別の任務のついでで同行してくれただけだからな。面倒は掛けられない」
『別の任務』かあ。
やっぱりシロウ様は、天候制御装置が故障していないか調べに来たのかな?
それとも、ユヅキの捜索?
騰蛇領は落ち着いたのかな?
聞きたいことはあるけれど、シロウ様とあんまり親しくしていると『偽装婚約』の件が露呈してしまう気がして、接触は図れずにいた。
『水掛けるぞー』
通信魔法が聞こえた次の瞬間、ドッ、と大きな衝撃音が、ずっと高いところから響いてきた。
工学科の先輩たちが一斉に、ものすごい水圧で水をかけていく。
さながら攻撃魔法だ。
地上まで流れ落ちてきた水はドブ川のように黒く濁っていて、天候制御装置の汚れを物語っていた。
遺物って、こんなに汚れているもの?
いや、製薬工場の青龍や、食品工場の六合は清潔に保たれていた。
騰蛇城だって、魔物戦線の最前線であるという性質上、ピカピカではなかったけれど、一般兵卒さんたちが頑張って毎日お掃除していて、手入れは行き届いていた。
玄武があるとされる皇宮は言わずもがな。
……朱雀伯って、あんなにふんぞり返っておいて、遺物を管理するという義務を果たしていないんじゃ?
みんなそう思ったみたいで、げんなりとした顔を見合わせた。
ハクト君が口を尖らせる。
「っていうか、僕たち体よく使われてるだけじゃないですか? 掃除なんて、やってあげる義理ないのに」
「そうは言っても、朱雀伯の管理下でくすんでる遺物は可哀想だろ」
ミチル先生はそう言いながら、デッキブラシで外壁を擦る。
すると雨雲のようにどんよりとしていた灰色の外壁が、たちまち明るくなっていく。
さらに続けていくうちに、外壁は晴れ空に浮かぶ雲のような優しい白さになった。
それを見ると……確かに、遺物がちょっと可哀想になった。
遺物には罪はないもの。
みんなで頑張ってピカピカになるまで磨き上げた。
次話投稿は 2026/9/26 21:00 です。




