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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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75/86

75.魔法使いと皇宮(2/2)

「……破談になりました」

「は!? 破談!?」


 私とマリカとヒョウガ君は、魔法特区にある高級料亭に来ていた。


 ヒョウガ君が参内のついでに魔法士官学校に足を運んでくれて、一緒に食事をすることになったのだ。


 そして昼間に見た光景を伝えたところ、バツの悪そうな顔をされ、今しがた悲しい事実が判明したのだった。


 破談?

 断られたってこと?

 こんなに可愛いヒョウガ君が?


 小さくなって俯くヒョウガ君に、私はかける言葉が見つからない。

 でも、マリカは容赦なく畳みかけた。


「そんな、どうして振られたのよ?」


 その問いに、ヒョウガ君は、ちら、と私とマリカの顔を見た。

 言うか言わないかを迷っている、というのが見て取れた。


「……防音魔法、かけられますか?」

「もちろん!」と請け合って、私は部屋に防音魔法をかけ、隅々まで魔力を行き渡らせる。


「いいよ」と言うと、ヒョウガ君は姿勢を正して口を開いた。


「『冬雪一族は、代々身体が弱いから』」


 私とマリカは顔を見合わせた。


「夭折したっていう僕の姉様方を引き合いに出されて、『ただでさえ今は皇族が少ないのに、そんな一族には任せられない』って皇太后様が」

「はあ!?」


 私もマリカもカッと頭に血が上る。


 皇太后陛下とはいえ、なにその言い方!

 皇女殿下もそれを受け入れたってこと!?


 ヒョウガ君、ちっとも悪くないじゃない。


「断られたのは、気にしていません。皇女様とはあまり馬が合わないな、と思っていましたから」


 そう言ってヒョウガ君は、小鉢に盛られた多種多様な前菜を口の中に運んでいく。

 味わうことをせず、どんどんと。

 やけ食いするヒョウガ君なんて初めて見た。


「そうは言っても、なんか癪だったから私たちを食事に誘ったんじゃないの?」


 マリカの言葉に、ヒョウガ君の動きが止まる。

 銀色の目が潤んでいるのを見逃せず、私は口を開いた。


「悔しいときは悔しいって言ってくれていいんだよ? だって、皇女殿下の婚約者なんて、すごく大変だったでしょう? しきたりとか厳しいって言ってたし。言えないこともあるとは思うけれど……、今は少しくらい、本音で話して?」


 ヒョウガ君は目を伏せ、忙しなかった手を止め膝に乗せた。

 そのまましばらく唇を固く引き結んで、言葉を探しているようだった。

 私もマリカも、ヒョウガ君の言葉を待った。


「……僕だって、至らないところはあったけど、それでも精一杯皇女様をお守りして、皇帝陛下をお支えしようと、僕なりに頑張ってきたのに。なのに……持って生まれた身体のことで拒絶するなんて、……悲しい、です」


 憤るでもなく、ただ無力感漂う口調で、ヒョウガ君はそう言った。


 ――事実、冬雪侯爵家は身体が弱いし、人間の中でもやや短命な一族だ。


 ある時は後継者教育を施した嫡子が亡くなり、またある時は当主が代替わりを終える前に息を引き取った。

 そうやって冬雪侯爵家は力を削がれてしまった。


 短命の苦しみなんて、私には絶対に分からないことではあるけれど、それでも、ヒョウガ君には寄り添いたかった。


 ヒョウガ君は強い子だ。

 小さい頃は身体が弱かったけれど、人一倍頑張って体力をつけてきたし、領地経営を学んできた。

 その上、皇女殿下の婚約者候補として、たくさん勉強していた。


 すごく頑張っていたことは、冬雪州に住んでいるみんなが知っている。


 先に口を開いたのはマリカだった。


「ほんと、冬雪の身体が弱いなんて有名な話じゃない。そんなことすら知らなかったのかしら? そもそも、皇族だって似たようなものでしょうに。こんなことでヒョウガとの縁談を断るなんて、皇太后陛下も大した器ではないわね」


「マリカ、言い方……」とさすがの私も宥める。


 ヒョウガ君も、だいぶ不敬だな……って顔をしている。


 でも、マリカのお陰ですっきりした。

 皇太后陛下に対して、私も同じように思っていたから。


「ねえ、ヒョウガ君」


 呼びかければ、銀の虹彩が私に向けられた。


 まだ十歳なのに、なんて痛々しい顔をしているんだろう。

 正直、私も皇太后陛下に対する暴言を吐きたかったけれど、今、私に与えられた役割はそうではない。


「私はね、そんな相手と婚約とか結婚とかせず済んで良かったなあって思った。いくら綺麗なところに住んでいて、ご飯が出て、お金があっても、一番近くにいる人たちに疎まれていたら、すごく、消えたくなるから」

「シヅ姉様……」

「後戻りができる、今、このタイミングで本当に良かった。ヒョウガ君だもの。大丈夫。絶対、素敵な出会いがあるよ」


 それは、そうでなければならない強迫的な願望だった。


 身体が弱かったヒョウガ君は、これまで何度も生命の危機に見舞われ、その度に克服してきた。

 こんな理不尽を乗り越えて、素敵な出会いの一つや二つ、ううん、百でも千でも、きっとある。

 なければならない。


「ありがとう、マリカ姉様、シヅ姉様。励ましてくれて」


 ヒョウガ君は恥ずかしそうに笑った。

 可愛くて可愛くて仕方がない。


「じゃあ、僕のことはここまで!」


 パチンパチン、と手を打って、ヒョウガ君は強引に自身の話題を打ち切った。


「今日、姉様方に話したかったのは、別のことなんです」

「別のこと?」


 私とマリカが同時に声を上げ、ヒョウガ君は一つこくんと頷いた。


「あの見晴台で皇女様と二人っきりになったとき、最後だと思って『どなたか心に決めた方が?』って聞いたんです」


 私たちが目にしたとき、そんなことを話していたんだ。


 落ち着き払って見えていたのは、ヒョウガ君が精一杯堪えていたからだったんだ。

 ……なんだか、また涙が出そうになる。


「そうしたら皇女様、『魔法使いと子を成せば、長命の皇子に恵まれると思うの』って」


 私とマリカは目を瞬かせるばかりだった。


 皇族が魔法使いと結婚を考えてる?


 ――常識的に考えれば、有り得ない。


 だって紅国は、人間の国なのだから。

 魔法使いは人間に劣っているのだから。


「それで考えてみたんですけど……、魔法使いで、皇女様と比較的歳が近くて、家格が釣り合う人って、ツバキ様ですよね」

「ツバキ先輩?」


 頭が真っ白になる。


 ……皇女殿下が、ツバキ先輩と婚約を考えてる?


 何それ。


 もしそれが本当だったら、当然、ツバキ先輩は婚約せざるを得ない。

 さすがに皇女殿下との婚約は断れないはずだもの。


 そうなったら、私とツバキ先輩の『偽装婚約』は破棄になる。

 それもきっと、すんなりと。

 流れに身を任せるがままに。皇女殿下相手なら身を引くしかないですよねーって言いながら。



 ――なんて絶好のチャンス!!



 私にとって一番の課題、それは――ツバキ先輩との『偽装婚約』をどう解消するか。


 ツバキ先輩はご自身が悪者になる形で終わらせようとしていたけれど……できることなら円満にお別れしたい。


 そこに降って湧いた本物の縁談!

 しかも相手は皇女殿下!


 こんなに都合のいいことってある?


 にやけた口元が見えないように、手で顔を覆った。


「ちょっとヒョウガ、シヅが塞ぎ込んじゃったじゃない!」

「ご、ごめんなさいシヅ姉様! あの、これは皇女様の口から直接聞いたわけではなく、あくまで僕の考えで、その、早とちりかもしれないから……!」

「ちょ、ちょっと、シヅ、ごめんなさい。私、シヅがそんなに凹むと思ってなくて……」


 マリカとヒョウガ君が、いい感じに誤解してくれている。

 心は痛むけれど、今は有難い。


 私は顔を上げた。

 にやけないように控えめに微笑む。


「ごめんね、大丈夫だよ。まだ、確定ってわけじゃないし、変に気にしたって仕方ないでしょう?」


 マリカもヒョウガ君も、気遣わしげにこちらを窺っている。

 私はその視線を誤魔化すように適当に一つ前菜を摘んで口に放り込む。


 けれど、それが予想外に酸っぱかった。

 私の顔がぎゅうっと皺くちゃになったのを見て、二人がプッと噴き出した。


 ヒョウガ君が落ち込んでいるのに、一人浮かれていた罰が当たったのかも……。

次話投稿は 2026/9/10 21:00 です。

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