74.魔法使いと皇宮(1/2)
今日の社会科見学は首都、皇宮の目の前に広がる『中央御苑』だ。
御苑――つまりは皇族の所有地。
緊張する私たちに、ミチル先生は笑って言った。
「御苑といっても、ただの公園だよ」
中央御苑に到着して、その言葉通りであることを実感した。
遊歩道をのんびり散歩する老夫婦、芝生で走り回る子どもたち、木陰で談笑する奥様方、ぐったりと疲れ果てた顔をしてベンチで寝っ転がる魔法使い……。
一際目を引くのは、中央で高く噴き上がる噴水だ。
その周りには、涼を求めてたくさんの人々が腰掛けていた。
私たちもその一角に腰掛けてみる。
絶え間なく聞こえる水が落ちる音と、ほのかに肌に感じる水滴が気持ちいい。
老若男女、人間も魔法使いも関係なく、首都に住む人々にとって、ここは憩いの場なんだな。
そしてどの風景を切り取っても入ってくるのが、川のようなお濠と朱色の高い城壁、その奥にある巨大な建物――
「あれが皇宮だ」
ミチル先生の言葉と共に、私たちはそれを見上げた。
大きい。
門構えだけでも民家がすっぽり収まりそうなのに、そのずっと奥にある皇宮の紅い屋根が私たちを見下ろしている。
まるで山みたい。
「あの紅い屋根の建物が宮殿だ。陛下や官吏が執務を行う場所だな」
そう言ってミチル先生が皇宮の説明を始めた。
皇宮、と一口に言っても、その敷地は広い。
皇帝陛下のお住まいである御所に、皇太后陛下と皇女殿下、それからお妃様方がお住まいの御殿がいくつもあって、広い庭園に、なんなら森もあるらしい。
……中の様子、全然想像できない。
皇宮の外側は、その広大な敷地を守るように、城壁とお濠が取り囲んでいる。
「それじゃあ今日の目的を……ハクト、言ってみろ」
「はーい! 皇宮にある遺物『玄武』を探すことでーす」
「よし、その通りだ」
首都にある唯一の遺物『玄武』は、皇宮を天災から守るためにある、といわれている。
ただそれは常時発動しているわけではなく、天災のときだけ現れ、平時は誰も干渉できないとされている。
そういうふうに『建国の賢者』が造ったのだそうだ。
でも紅国の建国から百年が経つ現在まで、ただの一度も皇宮は天災に見舞われていない。
そのため、玄武を見た者はいないし、今では存在自体を疑われている。
だからこその玄武探しなのだ。
玄武を見つけ出すということは、『建国の賢者』の考えを読み切り、出し抜いたということと等しい。
というわけで、とりわけ工学科の生徒はやる気満々だ。
けれど一年魔法特科としては、先人に見つけられなかったものが自分たちの手で見つけられるとも思えず、割と早い段階で脱落した。
地方出身者ばかりの私たちは、ただただ皇宮の広大さに圧倒されて、ミチル先生の引率でお濠の外側に作られた遊歩道を観光気分で歩いていた。
皇宮の方に目を向ければ、朱色の城壁が水面に映り、お濠までも赤く染め上げられている。
反対側へ振り向けば、並木や芝生の緑、花壇の花々の鮮やかさに心がほどける。
なんて美しいところだろう、と思う。
ただ、それだけ。
本当にここに遺物があるのか疑いたくなるくらいに、魔力の動きも何もない、静かなところなのだ。
でも、それは段々と違和感に変わっていって、私はついミチル先生に尋ねた。
「……本当にここに遺物があるんですか?」
「そう言われてる。だが、全く痕跡を感じられないよなあ」
そう、何も感じない。
青龍や六合で感じた魔力の脈動もない。
それだけじゃない。
すぐそこに、お濠に小舟を浮かべる工学科の先輩たちが見える。
その先輩たちの魔力すら、なにかにピシャリと阻まれているかのように、どこか遠くに感じる。
そばにはマリカも、トウマ君も、ハクト君も、ミチル先生だっているのに、なんだかすごく心細い。
どうしてこんな気持ちになるんだろう?
皇宮の前で緊張しているのかな。
それとも、やっぱり遺物の影響?
でも、天災から守ることとは、何の関係もないような?
トウマ君がふと口を開いた。
「皇宮周りって、雨すら降らねぇんだろ? 天災って、そもそも何を指してんだ?」
「確かに……」
私は首をかしげた。
首都は天候制御装置によって天気が制御されている。
トウマ君の言う通り、皇宮に至っては、雨が全く降らないようになっている。
天気以外の天災って、何だろう?
答えを求めて、トウマ君はミチル先生を見た。
けれどミチル先生は、困ったように眉を下げ、前髪を掻き上げる。
「俺も詳しくは知らないんだ。そう言い伝えられてるってことしか知らない。ごめんな」
「そっすか」と、トウマ君はがっくりと肩を落として呟いた。
「ご年配の魔法使いもご存じないのかしら?」
マリカの質問にも、やっぱりミチル先生は困った顔をするばかりだ。
「俺も聞いてみたことがあるが、はぐらかされた。あの感じは、たぶん見たことがないんだろう」
そんなことを言われると、本当の本当に、ここに遺物はないんじゃないか、という気がしてくる。
でも、本当にないんだろうか?
『建国の賢者』が巧妙に隠したのなら、やっぱりまだ見つけられていないだけなんじゃないだろうか。
……そうしてみんな、諦めきれないのだ。
「誰も見たことがないからこそ、皆が夢中になるんだろうな。……ほら、あれ、見てみろ」
ミチル先生が指し示したのは、先ほどお濠に小舟を浮かべていた工学科の先輩たちだ。
カエルみたいに城壁に張り付いている。
そうして目を皿のようにして、城壁を隈なく観察し、玄武の在り処を探っている。
それを、門番や見張りの兵士たちが、警戒しつつも、大変冷ややかな目で見ている。
「……いつもなら、あんなことしたら見張りに連れて行かれるからな。絶対にやるんじゃないぞ」
もしかしてツバキ先輩も、今ごろどこかで、あんなふうに調査しているのかなあ?
そう思うとおかしくなって、みんなが苦笑するなか、私は肩を震わせ笑いを堪えていた。
※ ※ ※
やっぱり玄武の手がかりは見つけられず、私たちは遊歩道を歩きながら皇宮や中央御苑の雰囲気を堪能していた。
とある一角を曲がったところで、城壁の向こう、ずっと奥の方にそびえる一際高い建物が見え始めた。
あれは塔?
なんとなく塔を見ていると、最上部にある見晴台の扉が開け放たれた。
そこから出てきた人影に既視感を覚え、よく目を凝らすと――
「ねえ、マリカ、あれ! ヒョウガ君だよね?」
「え?」
すぐにマリカも目に魔力を集めた。
「本当ね、ヒョウガじゃない」
やっぱり!
あの銀色の髪は見間違えようがない。
「ヒョウガ?」とトウマ君が問いかけてくる。
「うん、冬雪侯爵家の長男でね。ヒョウガ君が赤ちゃんの頃から、私たち、よく一緒に過ごしてて」
気付けばトウマ君も、ハクト君もミチル先生も、ヒョウガ君のほうを見ていた。
私ももう一度目を凝らし、さっきよりもずっと魔力を集中させた。
今日のヒョウガ君、正装だ。
羽織には、冬雪侯爵家の、梅の花を模した家紋が入っている。
正装を着たヒョウガ君を見たのは初めて。
でも、妙に堂に入って見えるのは、もう何度も着たことがあるんだと思う。
ああ、もうそんな大人みたいな服まで似合うようになって!
ヒョウガ君の成長に眩しさを感じながら見つめ続けていると、ヒョウガ君に手を引かれて、もう一人、見晴台に出てきた。
冬雪の銀色とは違う、輝くような純白の髪をなびかせ、たくさんのフリルがついた紅色のドレスを纏う、愛らしい女の子。
二人とも背丈は一緒くらい。
女の子もヒョウガ君と同じ十歳なのかな?
それを見てマリカが言った。
「ねえ、あの方、皇女殿下ではないの?」
「え!?」
まさかの人物に、思わず大きな声を上げてしまう。
「あれくらいの背格好で、あんなに堂々と皇宮の中にいるのは、他にいないんじゃないかしら?」
「へー、アレが」とハクト君が言うと「さすがにそれは不敬だぞ……」とトウマ君が突っ込む。
マリカは声を潜めて私に言った。
「それにほら、例の噂――」
――冬雪州で根強い噂。
侯爵家の嫡男で、皇女殿下と同い年のヒョウガ君は、皇女殿下の婚約者候補筆頭であると。
「じゃあヒョウガ君、もしかして、皇女殿下の婚約者に内定したの……!?」
「どうなのかしら? いい雰囲気には見えるけど……!」
声は潜めるけれど、興奮は抑えきれない。
私たちはただただ、その姿を目に焼き付けた。
昔から見守ってきた、あの可愛いヒョウガ君がついに婚約だなんて!
私たちに向ける無邪気な笑顔とは違う、落ち着き払って談笑する姿に、思わず涙が出そうになった。
次話投稿は 2026/9/7 21:00 です。




