73.魔法使いと社会科見学(4/4)
青龍領の製薬工場で社会科見学を終えた次の日、私は魔法士官学校の来賓室に来ていた。
魔法士官学校は職員室でさえ温かみのある色合いで揃えているのに、この来賓室はまるで空間を切り取ったかのように重厚な趣で統一されている。
それだけでも戸惑うのに、来賓室で待っていたのが、張り詰めた顔をしたツバキ先輩とタクミ先生とくれば……、何の話か予想がつく。
来賓室まで私を案内してくださったミチル先生が私の向かい側に回り込み、いよいよ確信に変わった。
「昨日は我が春花の配下が無礼を働き、申し訳ございませんでした」
そう言って立ち上がったツバキ先輩は、応接テーブルにおでこがくっつくんじゃないかと思うほど、深く深く頭を下げた。
ミチル先生も、タクミ先生もだ。
――予想通り、昨日の青龍伯爵夫人の件だ。
でもまさか、ツバキ先輩に謝られるなんて思っていなかった。
昨日のうちにミチル先生からも謝罪を頂いていたし、それで終わりにしたかったのに。
「あ、あの、顔を上げてください! ツバキ先輩も先生方も、何も悪くないんですから!」
「いいえ、州内の不始末は当家の責任です」
三人は頑なに頭を下げたまま動かない。
そういうものだと分かっていても、申し訳なさが先立ってしまう。
「ツバキ先輩、先生方も、話し合いたいので顔を上げてくださいませんか」
私がそう言うと、三人はやっと顔を上げた。
「私のことは別に、気になさらないでください。事実を言われただけのことですから」
青龍伯爵夫人の方が格上で、白陰子爵の養子は格下。
それは揺るぎない事実だ。
だから、私のことはいい。
「ただ、青龍伯爵夫人は、その……」
「はい、タクミ先生から聞いています」
伯爵夫人が、侯爵令息を侮辱する発言をしていた。
タクミ先生、言い辛いことだっただろうに、伝えてくださったんだ。
「もちろん、父にも報告済みです」
ああ、春花侯爵にまで伝わっているなんて。
大事にするつもりはなかったのに……。
「本来であればすぐにでも爵位を剥奪するのですが……」
歯切れの悪いツバキ先輩に代わり、口を開いたのはタクミ先生だった。
「青龍は後任のなり手がいない」
「それは……高度な知識が問われるから、とか?」
私が尋ねると、タクミ先生は淡々と続けた。
「もちろん、経営、衛生、薬学の知識も必要だが、一番の理由は経営難だ」
タクミ先生曰く。
――話は紅国の建国まで遡る。
百年前、人間の死因の多くは病死だった。
それを重く見た『建国の賢者』は、まず『製薬工場』を造り、病に侵された人間たちを薬の力で助けた。
そしてその後、『建国の賢者』はたくさんの遺物を造った。
『食品工場』は人間を飢えから救い、『紡績工場』は衣服を発展させ、『鋳造工場』は開拓を助け、『製紙工場』は教育水準を押し上げた。
工場だけではない。
魔装置を利用した浄水装置や上下水道の整備、治療院の開設をはじめとして、人間が衛生的に過ごせる環境を整えたのだ。
それらが運用され始めると、薬の力がなくとも病から回復しやすくなり、病は蔓延しなくなった。
めでたしめでたし。
「――が、薬が売れなくなって青龍だけが一人負けだ。もう何年も赤字経営を続けている」
つまり製薬工場は、『建国の賢者』によって生まれ、『建国の賢者』によって衰退したことになる。
なんて無情な話なんだろう……。
「一時は製薬工場を取り潰す話もあったようです。ですが、すべての薬品が完全に不要になったわけではありませんので、縮小してでも稼働を続けることにしたそうです。しかし、規模を縮小するとどうしても薬価が上がり、売れなくなってはまた規模を縮小して……の悪循環です。その上、この度の魔物の激化と『魔狩り』の出現により、魔法石の価格が高騰してしまい……」
この口調から想像するに、相当厳しい状況だったんだろう。
「白陰子爵から魔法石を融通いただけたのは、本当に有難かったのです。ですが、青龍伯爵家がそれを理解していないようでは……」
そういえば、そんなこともあったな。
夏休み、侯爵代理としてツバキ先輩が父に交渉していた魔法石の取引は、青龍領を救うためだったんだ。
それなら、ツバキ先輩が深刻に思うのも無理はない。
昨日の青龍伯爵夫人の行いは、ツバキ先輩の労力を無に帰すものだ。
侯爵家としても見過ごせないんだろう。
「なんにせよ、すぐに、とはいきませんが、手は打つとのことです」
「分かりました。それなら、私から口を出すことではありませんね」
私なんて『偽装婚約』しているだけの、ほとんど他人みたいなものだ。
あれこれと指図できる立場ではない。
だから『手は打つ』と言ってくださるだけで、十分な対応だと思う。
「ほかに、シヅさんからご質問はありますか?」
「それじゃあ……、ミチル先生かタクミ先生が青龍を襲爵したらいいんじゃないですか?」
もちろん、ちょっとした冗談のつもりだった。
でもミチル先生もタクミ先生も露骨にイヤな顔をした。
「俺は養子だし、雑だし、領地経営とか向かないと思うんだよなー」
「僕は父にも継母にも嫌われている。それに社交なんて死んでもやりたくない」
まあ、経営難の領地を継ぐのは誰だってイヤだと思う。
そもそも……不可能だ。
紅国は人間社会。
魔法使いが高い地位には就けないだろう。
でも、今回に限ってはそれでいい。
ミチル先生にもタクミ先生にも、教わりたいことがたくさんあるもの!
辞められるのはイヤだ!
それにしたって、ミチル先生とタクミ先生の爵位に対する嫌悪っぷりに、私もツバキ先輩も顔を見合わせて苦笑した。
「最後に、これは私個人の、厚かましいお願いなのですが……シヅさんに春花を誤解してほしくないのです」
「誤解?」
「春花州民の大多数はシヅさんを歓迎しています。ですからどうか、あの方々の言葉を真に受けて、私の婚約者にふさわしくないなどと思わないでいただきたいのです」
ツバキ先輩は必死だ。
なんせ、もし私と婚約を解消してしまったら、また縁談の申し入れが殺到することになる。
青龍伯爵夫人と接したあとだからこそ、それがどれほど難儀なことか分かる。
「はい、大丈夫です。それは分かっています」
どんと構える。
こんなことで動揺するほど私はやわじゃない。
それに、私とツバキ先輩が仲違いをしたら、青龍伯爵夫人の思う壺だ。
そう思うと、絶対に思い通りになるもんか! と気合が入った。
――後日、ツバキ先輩の言葉は真実だったと、社会科見学で春花州六合領に行ったときに実感することとなる。
春花州にもう一つある遺物、『食品工場』。
春花州全域で採れた農作物や肉、魚の加工を行い、紅国全域に出荷している。
六合領では、魔法士官学校の生徒であるというだけでも領民から歓迎を受けて、たくさんの食品を頂いた。
その上、私の存在自体が知れ渡っていて、どこに行ってもいろいろとおまけしてもらえた。
しかもなんだか気前のいい方が多くて、「こんな貴い方が来てくださったのだから皆々様に大盤振る舞い!」と魔法士官学校の生徒にも、先生にも、通りすがりの領民にも、おまけを配っていた。
なんだかお祭りみたいで楽しかったし、ここにも『部品』の魔法使いはいなかったので、私は純粋に楽しみ、大いに美味しいご飯を食べて――食べ過ぎた。
……帰りの馬車が辛かった……。
次話投稿は 2026/9/6 21:00 です。




