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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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72/86

72.魔法使いと社会科見学(3/4)

 どっと全身から汗が噴き出す。


 当然、縁談が来ていたことすら知らなかった。

 だって父が勝手に断ったんだもの。


 でも、これは断って当然。

 生徒と教師という間柄でそういうのは、倫理的に絶対ナシ!


「ねぇあなた、子爵家の長女を名乗っているけど、養子なんですってね?」

「は、はい、仰る通りです」

「よかったわねえ」


 明らかに棘がある言い方だった。

 私が内心もやもやとしているうちに、青龍伯爵夫人は続ける。


「おこぼれで貴族になれて十分幸せでしょう? これ以上は欲張らないほうが身のためよ」

「……何を仰っているのか分かりません」

「あらまあ。そんな頭で侯爵令息の婚約者が務まるのかしら?」


 ああ、なるほど。

 青龍伯爵夫人は、私とツバキ先輩との婚約が不満なんだ。

 私が頭を下げたまま黙っていると、青龍伯爵夫人はさらに続ける。


「ああ、いじわるを言っているわけではないの。あなたのためを思って言っているのよ? 侯爵家と子爵家だなんて、家格が釣り合わないもの。……あなた、社交界でなんて言われているか知っていて? 魔法使い風情が身の程知らずねえ、ですって」


 いかにも心配しているような口ぶりから、愉悦が滲み出ている。

 青龍伯爵夫人はきっと、私が怯えて動けなくなっているのだと思っているんだろう。


 もちろん、そんなことはない。


 相手にするのも面倒だから、やり過ごしているだけ。

 社交界がどうと言われても、正直、ピンとこない。

 そもそも、外野がどう言おうと、私とツバキ先輩は『偽装婚約』しているだけ。

 何を言われようと、ムキになる気は起きない。


「ねえ、『侯爵家との縁談なんて分不相応だった』って断ってしまいなさいな」


 嬉々とした声だった。

 ……まあ、これが言いたかったんだろうな。


「婚約破棄なんて体面が悪くなるでしょうけど、でも大丈夫、キズのついたあなたには息子をあてがってあげるし、侯爵令息はうちがもらってあげる。魔法使いとはいえ侯爵令息なら役に立つでしょうし――」

「お断りします」


 私はきっぱりとそう言い切った。


 私自身が見下されるのは仕方がない。

 魔法使いだし、下級貴族だもの。


 でも、ツバキ先輩のことを物のように扱われるのは、さすがに腹が立つ。


 私は顔を上げ、背筋を伸ばす。

 おのずと、青龍伯爵夫人を見下ろす形になった。


「私のためのご助言、ありがとうございます。でも、ご心配には及びません。すべて承知のうえで、私は好きで侯爵令息と『偽装婚約(こんやく)』しているんですから」


 にっこりと、でも嫌味たっぷり、言い返せたと思う。

 その証拠に、青龍伯爵夫人は目を吊り上げ、真っ赤な唇は品無く歪んでいる。


「下賎の生まれのくせに生意気な……!」

「その言葉、そっくりお返ししましょうか」


 唐突な声に振り返ると――


「タクミ先生……?」


 なんでここにいるんだろう?

 今日は他のクラスを引率するんじゃなかったっけ?


 険しい顔をしたタクミ先生が近付いてきて――ハッと我に返る。


 青龍伯爵夫人と睨み合うこの状況、どう考えてもまずい。

 伯爵家と揉めたと分かったら、きっと怒られる!


 ……と思ったら、タクミ先生は私を庇うように青龍伯爵夫人の前に立ち塞がった。


「さすが下賎の生まれは品がない。愛妾に甘んじておけばよかったものを」

「お前……!」


 青龍伯爵夫人の顔は見えない。

 けれど、声が怒りで震えているのは分かる。

 どんな形相なのかは明らかだ。


 それでもタクミ先生はピンと背を伸ばしたまま、微動だにしない。


 そのうち青龍伯爵夫人は、近付いてくる足音に気が付いて、ギリ、と歯軋り一つを残し、退散していった。


 タクミ先生はその後も、青龍伯爵夫人の姿が見えなくなるまでずっと、私を背に隠して守ってくださった。


「もう大丈夫だ」


 そう言ってタクミ先生は振り向いた。

 まるで何事もなかったかのように平然としていた。


「助けていただきありがとうございます」

「礼は要らない。人間の話を真に受けないように」


 無表情のまま、鋭い声でタクミ先生は言った。

 けれど、タクミ先生なりに気遣ってくださっていることは分かる。


「シヅ、ここにいたのか。……って、あれ、タクミ?」


 近付いてきていた足音はミチル先生のものだった。


 どうしてここに、と言いたげに不思議そうな顔をしたミチル先生に、タクミ先生は眉を顰め、ミチル先生へと詰め寄る。


「生徒から目を離すな。夫人に詰められていたぞ」

「……母から?」


 ミチル先生の顔が険しくなる。

 さっきのやりとりをミチル先生が知ったら悲しむと思い、私は誤魔化そうとした。


「あの、大したことではなくて――」

「縁談がどうのと言っていた」

「は? 縁談?」


 そう言ったあとミチル先生はハッとして、途端に顔色を悪くした。


「……そうか、すまなかった」


 それを見たタクミ先生は何かを察し、軽蔑の眼差しでミチル先生を睨む。


「ミチル、君、まさか……」

「いやいやいや、俺じゃない! 母が勝手に、シヅに縁談を申し入れてたらしくて……、俺だって白陰子爵に凄まれて初めて知ったんだ!」


 ミチル先生は必死の形相で弁明していた。

 これはたぶん、嘘ではなさそう。


「あの、私は特に気にしてはいませんので……」

「本当にすまない……」


 ミチル先生の大きな身体が小さくしぼむ。

 それを見ても、タクミ先生はまだミチル先生へ疑いの眼差しを向けている。

 そんなミチル先生のことが本当に気の毒に思えて、私は話題を逸らそうと目いっぱい明るい声で言った。


「タクミ先生が助けてくれたんです! すごくかっこよかったんですから! ピシャッと一言で撃退したんですよ! タクミ先生、貴族事情にお詳しいんですね!」

「当然だろう、僕は青龍伯爵の息子なのだから」

「……え?」


 タクミ先生、冗談を言ってる?

 ……いや、そんな顔じゃない。


「でも、さっきの、青龍伯爵夫人は人間じゃ……」

「あれは後妻。僕は前妻の子だ」


 タクミ先生が青龍伯爵の息子ってことは、青龍伯爵令息?


 それ、さっきも同じ立場の方がいらっしゃったような?


「俺とタクミは兄弟なんだ」

「えっ」


 ミチル先生の言葉に、私は固まった。


 この筋肉隆々で大らかなミチル先生と、細身で神経質なタクミ先生が、兄弟?


 ……似てない。


 何度も二人を見比べ、なんとか共通点を見つけようとした。


 どちらも黒い髪をしている。

 ……魔法使いは大体みんなそうだ。


 どちらも青い目をしている。

 けれど、抜けるような空色のミチル先生と、深い水底を覗いたような群青色のタクミ先生では、まったく印象が異なる。


 視線を左右させるうち、ミチル先生は笑いを堪えて肩が震え出し、タクミ先生は眉間の皺を深めていく。


 ……似てない。


「えっと、ミチル先生がお父様似で、タクミ先生はお母様似……とか?」


 私の言葉に、遂にミチル先生が吹き出した。


「あっはははっ! 兄弟といっても、俺は養子なんだよ」

「もう! 最初にそう言ってください! 道理で似てないと思った!」

「悪い悪い」とミチル先生はちっとも悪いとは思っていない謝罪をした。

「生徒を揶揄って遊ぶな」とタクミ先生は呆れたように釘を刺す。


 ミチル先生の軽口がいつも以上に軽いし、タクミ先生の声音がいつもより少し柔らかい気がする。


 血はつながっていなくても、本当に兄弟なんだな。


 そう思ったそのとき、二人が同時に前髪を掻き上げる。


 緩慢な動き、前髪を流す角度、さらに最後に「はあ」と同時にため息をついた。


 似てる……!


 それはもう、まるで仕込まれたかのように息ぴったりで、今度は私が噴き出してしまった。


次話投稿は 2026/9/4 21:00 です。

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