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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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71.魔法使いと社会科見学(2/4)

 声のしたほうを見ると、若草色のドレスに身を包んだ人間の少女がいた。

 亜麻色の髪と萌黄色の目は、まるでお人形さんのよう。


 少女は蝶々を追いかけるようにふわりふわりと駆け寄り、そして、私の隣にぴったりくっつくように止まった。

 ……なんだか距離が近いのが気になって、私はつい、二、三歩ほど後ずさってしまった。


「お久しぶりでございます! お会いできて光栄です!」


 私への言葉ではない。

 少女の視線はツバキ先輩に向けられていた。


「お久しぶりです、モモ嬢。ひどい暑さでしたが、お元気でしたか?」

「はい!」と言って、モモ嬢と呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべた。


 モモ嬢を見つめるツバキ先輩の目はいつも通り穏やかだ。


 でも、さっきまで製薬工場について語る情熱的なツバキ先輩を見ていたからか、眼差しも口調もどこか事務的に感じた。


「なにあれ? 非常識ね」


 後ろから聞こえた低い呟きに振り返ると、そこにはマリカがいた。

 気付けば、マリカのさらに後ろにトウマ君とハクト君も来ていた。


 ……いつから見られていたんだろう。


 マリカの言葉はもちろん、モモ嬢に向けられたものだ。

 トウマ君もハクト君も呆れた表情でモモ嬢を見つめていた。


「ツバキ様! 今日はわたくしがご案内します!」


 一際大きく聞こえたその声で視線を戻すと、モモ嬢がツバキ先輩の腕に手を伸ばしていた。


 しがみ付く――と思ったら、ツバキ先輩がひらりと身を躱す。


「モモ嬢。婚約者の前ですので。それに本日の私は一生徒として参りました。勝手なことはできません」

「ええーっ!」


 モモ嬢は仰々しく驚き、それでもめげずにまたツバキ先輩に近付こうとする。

 ツバキ先輩が一歩退き、そこにミチル先生が身体を滑り込ませた。


「まあ、お兄様!」


 モモ嬢がミチル先生の顔を見て、パッと表情を明るくした。


 ミチル先生のことをお兄様って呼ぶということは、モモ嬢は青龍伯爵家のご令嬢なんだ。

 ……まあ、なんとなくそうだろうとは思っていたけれど。


「ねえ、お兄様、私もツバキ様とご一緒したいの! いいでしょ?」

「ダメに決まってるだろ」


 ミチル先生がぴしゃりと却下する。


「はぁい……」


 モモ嬢はツバキ先輩とミチル先生の前では可愛くむくれ、しょんぼりと頷いた。

 けれど、二人の意識が逸れた一瞬、モモ嬢はわざわざこちらをガンとひと睨みしてから、すごすごと戻って行った。


「うっわぁ……」


 マリカとトウマ君とハクト君が同時に上げたその声は嫌悪感に満ち溢れていた。


「なにあれ!? 弁えなさいよね」

「露骨に睨んでやがったな。大丈夫か、シヅ」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 正直、人間に睨まれるくらい、怖くもなんともない。

 でも、みんなが私の代わりに怒ってくれるのは、とても心強かった。


 それにしても……。


 モモ嬢はきっと、ツバキ先輩に縁談を持ちかけていたご令嬢の一人なんだろう。

 婚約者の座を巡っていがみ合う、なんて話は聞いたことはあったけれど、本当にこういうことってあるんだなあ。


 周りがこんな感じだと、ツバキ先輩も大変だろうな。


「シヅちゃん、正妻の余裕ってやつ? 強いねー」

「あはは、まあね」


 強いと言われると悪い気はしない。

 まあ、結婚してないから正妻ではないけれど。

 婚約も『偽装婚約』だけど!




 ※ ※ ※




 その後、製薬工場の社会科見学が始まった。


 全員が講堂でこの遺物の簡単な説明を受けたあと、工学科は建物の中の見学に赴き、他の一年生は敷地内を自由行動していいことになった。


 敷地内にはいくつも立て看板が置かれていた。

 建屋の表にある看板には、この建屋にはどんな役割があるのか、何を行っているのか、簡潔で分かりやすい説明が書かれている。

 それから畑の前には、どんな薬草を植えていて、薬効や、育てるときの注意事項が書かれてあった。

 その内容を、みんな思い思いに読んでメモしていく。


 手前は生徒たちでごった返していたので、私は奥へ足を伸ばしながら、建屋を観察していた。


 どれも鼠色の地味な建物だけれど、綺麗に掃除されている。

 石壁はツヤツヤで苔の一つもない。

 製薬工場というからには、清潔に保たれているんだろう。


 思い返してみれば、騰蛇城の城壁も無骨だったし、遺物には飾り気がないのが普通なのかもしれない。


 そうして最奥の建屋まで歩いてきた私は、角を曲がって建屋の陰に入り込む。


「ふう」


 つい、ため息をついてしまう。

 夏季休暇は終わったとはいえまだまだ暑い。

 しかも、こんなに工場の敷地が広いと、移動するだけでくたびれる。

 陰に入るだけで随分身体が楽になるのを感じた。


 私は周りに誰もいないことを確認してから、その場にしゃがみ込んだ。


 製薬工場に来てから、ずっと違和感があった。


 足元に――いや、そのさらにずっと奥、地の底に、どくんどくんと脈打つような魔力を感じる。


 イヤな予感がして、私はそっと地面に手の平を置いてみた。


 ――魔力の流れがはっきり分かる。


 どくんどくんと脈打つ巨大な魔力。

 そこに、たくさんの小さな魔力が、少しずつ流れ込んでいく。

 工場で働く魔法使いたちが注ぐ魔力だ。


 集まった魔力はどこかに流れ去り、そこで消費されている。


 これが製薬工場での、魔力の流れ。

 それ以外の魔力は感じられない。


 ということは、ここには『部品』になっている魔法使いは、いない?


「あなた」


 ハッと振り向くと、そこには、緑色のドレスをまとった人間――青龍伯爵夫人が立っていた。


「青龍伯爵夫人……! 失礼しました」


 魔力の流れに集中していて、ちっとも気付かなかった!

 私は咄嗟に立ち上がり、頭を下げる。


「白陰子爵家のご令嬢でしたね?」

「はい。白陰子爵家長女のシヅと申します」

「ええ。先ほど聞きましたわ」


 なんだか、言葉に棘を感じる。

 居心地が悪くて早く立ち去りたいのに、青龍伯爵夫人の許可なく頭を上げるのは失礼に当たる。

 仕方なくそのまま待っていたら低い声が降ってきた。


「あなた、当(・)家(・)の(・)縁談を断っておいて、今さらどの面下げていらしたの?」

「はい!?」


 思わず顔を上げ――、すぐまた下げた。

 青龍伯爵夫人の顔が怒りに満ち、ひどく醜かったからだ。


 青龍伯爵夫人の言葉を心の中で反芻する。


 えんだん、……縁談?

 当家の?


 まさか青龍から――ミチル先生から縁談の申し入れがあったの……?

次話投稿は 2026/8/30 21:00 です。

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