69.魔法使いと夏休みの思い出(1/1)
事の起こりは夏休み初日。
朝食を取っていたら、ミチル先生に声を掛けられた。
「なあ、トウマ。魔物討伐に興味ないか?」
例年、寮に残る生徒は少ないため、学生寮の食堂は閉まる。
食事は職員寮の食堂に行かないといけない。
ポツポツとしか生徒がいないうえ、教師も生徒も寝間着な中、ちゃんと制服を着込んでいる俺は悪目立ちしたんだろう。
ご飯を口いっぱいに頬張っていた俺はすぐに返事ができず、ミチル先生はさらに用件を続けた。
「俺にも魔物討伐の仕事が来てな。一人でもいいんだが、トウマ、どうせ暇だろ? ついて来ないか」
言葉だけだと、なかなかひどい言い草だと思う。
けど、ニカッと白い歯を見せて笑うミチル先生の表情も、朗らかな声も、嫌味がない。
ごっくん、と飲み込んでから、俺はミチル先生に尋ねる。
「それ、俺に何かメリットあるんすか?」
「お、あるぞ。まず、報酬は分ける。俺が八、トウマが二、な?」
魔物討伐未経験者が二割ももらえるなら破格だ。
俄然やる気が湧く。
「次に、基本は俺が対処する。トウマは安全圏で記録を取ってくれ。それじゃあ退屈だって言うなら、俺が魔法や、魔物の狩り方を教えてやる。課外授業だな」
やっぱり破格だ。
魔物討伐ができるようになって金さえ稼げるようになれば、あの白虎伯爵の言うことを聞く必要もない。
「行きます」
こうして魔物討伐が始まった。
最初の数日間は記録係だった。
どこで、なにを、何体討伐したか、仕留めるまでにどんな魔法を使ったか、獲れた魔法石の重量……。
国に提出する書式に記入していく。
その次にやったのは、魔物の魔臓から魔法石を取り出す作業だ。
家畜の屠殺は孤児院でもやっていたから、これは別に、普通にやれた。
その手際をミチル先生は「なかなかいい腕じゃないか」と言って褒めてくれた。
それは普通に、嬉しかった。
そして遂に、魔物に対して魔法を使うときが訪れた。
首都と接する夏炎州の荒野で、水場を占領している魔狼を討伐してほしいという依頼だった。
現地に着き、離れた岩陰からそっと水場を覗き込むと、そこには確かに魔物がいた。
が。
「ミチル先生、俺、あれは魔狼に見えないんですけど」
「奇遇だな。俺もあれは魔狼じゃないと思う」
長い手足にしなやかな背中、長い尻尾。
なにより身体の大きさそのものが違う。
あれは魔豹だと思う。
けど、この辺りは魔豹がいるなんて聞いたことない。
そもそも、魔豹って群れを作らねぇんじゃなかったか?
だが現実には、水場には八体ほどの魔豹がたむろしていて、いがみ合う様子もない。
どう考えてもおかしい状況だ。
ミチル先生も首を捻る。
「うーん、まあ、万が一のときは俺がやるから、とりあえずトウマは順番に魔法を使ってみてくれ」
「分かりました」
授業と、それからミチル先生がこの数日間実際にやったことを思い出す。
まず、周囲の魔力探知を行う。
レーダー上の点は前方に八個。
その点を、念のため指を差して数える。
間違いはなさそうだ。
今度は目に魔力を集めて視力を上げ、水場にいる魔物を数える。
こっちも指差し確認して、八体で間違いがないことを確認する。
周囲に魔物はいない。
魔力探知も目視もした。
魔物に対して先制するなら今だ。
魔物は群れのリーダーがいなくなると撤退する。
だから、一番大きな体躯の魔物に狙いを定める。
ミチル先生ならぶん殴りに行くだろうが、俺にはそれは無理だ。
俺の得意な魔法でまず一撃入れる。
火だ。
一番大きな魔豹の足元から炎が噴き出し、魔豹を呑み込んだ。
焼き殺せるとは思っていない。
ただ、どこか火傷でもすれば十分だと思った。
だが、そう簡単にはいかなかった。
炎の真ん中から、びゅう、と強い風が吹く。
炎が花開くようにして一瞬で立ち消えた。
風は勢いを緩めず、こっちへやって来た。
焼けるような熱波に、咄嗟に外套の袖で顔を守る。
守った後に、しまった、と思った。
戦ってる最中に、視界を塞ぐなんて!
熱波が通り過ぎた瞬間、顔を上げ――思わず目を見開いた。
手を伸ばせば届くほどの距離に魔豹がいた。
跳び掛かり、今にも俺に噛みつこうとしている。
牙の一撃を覚悟し、目を瞑る。
直後、ガチン、と噛み合う音がした。
が、痛みも衝撃もなかった。
生暖かい鼻息が顔にかかり、俺はそっと目を開けた。
「よくやった。手順はバッチリだ」
魔豹の背後に視線をずらす。
そこには、魔豹の後ろ脚を引っ掴んだミチル先生がいた。
いつもの、白い歯の見える笑顔で。
そしてミチル先生はそのまま魔豹をぶんと振り回し、元いた場所へと放り投げた。
魔豹は空中で身体を翻し、整った体勢で着地する――その直前、地面から岩の槍が一つ突き出し、魔豹の胴を貫通した。
魔豹の身体が一度大きく跳ね、それからだらりと力を失った。
ミチル先生の、急所を正確に狙った一撃だった。
ほっと息を吐こうとして、ハッと息を呑む。
「他の魔豹は……!」
「あはは、殺っといたよ」
いつもみたいに朗らかに笑いながら、ミチル先生が指を差した。
その方向を見ると、魔豹の死体が一か所に集められていた。
後で聞いた話だが、熱波と同時に魔豹たちが飛びかかってきたところを、俺が魔豹のリーダーと集中して対峙できるよう、ミチル先生が周りを片付けてくれたらしかった。
……その結果がアレだと思うと、自分が情けなくなる。
咄嗟のことに身体が動かなかった。
ミチル先生が魔豹を制していなければ、俺は喉を抉られて死んでいたかもしれない。
結局、俺が魔物相手に魔法を使ったのはそれが最後だった。
当初はもっと魔物を討伐して回る予定だったが、ミチル先生が別件で多忙になって流れてしまった。
あ、あと、報酬は三割もらえた。
「報告書が丁寧だって褒められたからな」と言って、ミチル先生はやっぱり白い歯を見せて笑った。
まあ、特に買いたい物もないから貯めている。
※ ※ ※
「……って感じだ」
お昼休みに食堂で、トウマ君が夏休みにあったことを話してくれた。
「すごいなあ……!」
私が声を上げると、ふいとトウマ君に目をそらされてしまう。
でも、その日に焼けた顔はちょっと誇らしげな表情をしていて、私は嬉しくなった。
「変な魔物の群れがいるのねえ」
マリカは軽い感じでそう言いつつ、眼差しは真剣そのもの。
たぶん、冬雪で見たおかしな群れのことを思い出しているんだろう。
私も、トウマ君とミチル先生が一掃した魔豹の群れは、ユヅキの眷属なんじゃないかと思う。
首都の近くにまでユヅキの眷属がいるなんて。
そんななか、話をせがんだ張本人であるハクト君は、やっとご飯を食べ終え、ふと思いついたようにトウマ君に尋ねた。
「そういえば、トウマ君ってどうして魔法士官学校に来たの?」
その言葉にトウマ君の顔がみるみる曇っていく。
「……俺は別に、行けって言われたからってだけで、やりたいことは特に……」
そうだったんだ。
強要したのはやっぱり、白虎伯爵なのかな。
だとしたら、本当はイヤだって思っているのかな。
「ただまあ、食い扶持を稼ぐ術は身につきそうだから、その点はいいかなと思ってる」
それを聞いて、私は安心した。
トウマ君にとっても、魔法士官学校は牢獄じゃないんだと分かったから。
「できることが増えたら、やりたいことだってきっと見つかるよ。だからこれからも一緒に頑張ろうね!」
また目をそらされるかなと思った。
けれど――
「ああ」
トウマ君は私を真っ直ぐに見据えて頷いた。
困ったような笑顔を浮かべて。
「みーんな、真面目だねー」とハクト君がからかうように言った。
「ハクトが奇抜なだけだろ……」
トウマ君の呆れた声が漏れた直後、カーンと予鈴が鳴った。
二学期もみんなで頑張って、たくさん強くなりたいな!
次話投稿は 2026/8/25 21:00 です。




