68.魔法使いと新学期(2/2)
一年魔法特科にも、新任の先生が配属された。
ミチル先生に代わって一般教養を受け持つことになった、タクミ先生だ。
タクミ先生は、おおよそ人間が想像する『魔法使いらしい』外見をしている。
細身ですらりと背が高く、端正な顔立ちの中に刺すような冷たい眼光が映える。
青みを帯びる黒髪と群青色の虹彩が、タクミ先生をより冷淡に感じさせる。
「よそ見をするな」
鋭い声と共に、僅かな魔力が一直線に駆ける。
「いたっ」
気の抜けた声を上げたのはハクト君だった。
おでこの真ん中が赤くなっている。
「随分と余裕があるな」
タクミ先生の言葉からは皮肉めいたものを感じる。
たぶんタクミ先生は、ハクト君が一般教養を苦手としていることを把握している。
なんとなく、タクミ先生は事前に私たちのことを調べ上げ、万全の状態で私たちに対峙するような性格をしている気がしたのだ。
後れ毛なくまとめられた髪も、着崩しのない服装も、光る靴先も。
全部が全部、きっちりし過ぎている。
「だって楽しくないんですもん」
ハクト君が口を尖らせる。
「何が面白くないんだ?」
タクミ先生は、心底不思議そうに言った。
でも私には、タクミ先生の言葉も表情も意外に思えた。
ハクト君も驚いたようで、たじたじと答えた。
「だって、人間はすごい、魔法使いは人間に劣る、人間は正義で魔法使いは悪だ、人間を敬えってことばっかり書いてあるから……です」
そう、一般教養の内容なんて、魔法使いにとって屈辱的で面白味はない。
ミチル先生だって、教えるの嫌だなあ、みたいな顔をしていた。
タクミ先生が内容を知らないはずないのに。
「思想教育だからな」
タクミ先生はバッサリと切り捨て、さらに続けた。
「これが面白くないなんて、君たちは随分素直な感性をしているんだな。僕はこんなもの、人間が精一杯虚勢を張っているようにしか読み取れない。滑稽だとすら思う」
……すごい割り切りよう。
人間を見下しているのとも違う。
タクミ先生はきっと、怒りも侮蔑も湧かないほどに、人間なんて眼中にないんだ。
「事実、そうだろう。人間なんて妙に頭が回るだけで、魔法も使えず、すぐ死ぬ生き物だぞ」
しん、と静まり返った教室で、タクミ先生は一切の淀みなく、淡々と言い切った。
まあ、確かに、そうかも?
そのあまりに斬新な言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
※ ※ ※
その日の放課後。
第五実習室で授業での出来事を話すと、ツバキ先輩は苦笑した。
「それは……タクミさん、いえ、タクミ先生らしいですね」
気楽な口調のツバキ先輩が珍しく、私はなんとなく問いかける。
「ツバキ先輩はタクミ先生とお知り合いなんですか?」
「ええ。タクミ先生も春花州の出身ですから」
「そうだったんですね」
ツバキ先輩がタクミ先生のことを知っているということは、タクミ先生も優秀な魔法使いなのかな。
いや、魔法士官学校の卒業生だもの、すごいに違いない。
いつかタクミ先生からも魔法の授業を教わってみたいなあ。
「それにしても……本当にこんなことで良いのですか?」
「もちろんです!」
今日は魔力解析ではなく、以前約束した通り、ツバキ先輩から魔法の手ほどきを受けることになったのだ!
魔力解析のときには実験台や、いろいろな資料や工具があって狭く感じた第五実習室は、今は全部片付けられていて、一対一なら十分に身体を動かせる広さができていた。
「そういえば、先日、レイさんと手合わせなさったそうですね。シヅさんのことを褒めていましたよ」
「レイさんが? でも……」
白陰で手合わせをしたときのことを思い出し、眉根が寄る。
全然歯が立たず、挙げ句、両親に助けられる始末。
それなのに、どうして?
「短刀を構えたときの姿勢が良く、身体の動きがしなやかで、よく鍛えられている、とのことでした」
毎日、朝起きてすぐと寝る前、素振りや柔軟をやっていたのが良かったのかな。
それなりに形になっているのなら、頑張った甲斐があったな。
もちろん、クラス対抗戦で見たツバキ先輩の動きと比べると、私の動きなんて実戦からほど遠いことくらい分かっているけれど。
「ですので、今日は体術ではなく、身体強化魔法の基礎訓練をしてみましょう」
そう言うと、ツバキ先輩は手を伸ばしきらなくとも届くような距離で私と向き合った。
「シヅさんは身体強化魔法を使って、私の身体に触れてください。私は手でそれを防ぎます」
「触れる……だけですか?」
「叩いてくださっても結構ですよ」
「それはちょっと……」
さすがに侯爵令息を叩くのは気が引ける。
でも、せっかく胸を借りるのだから、遠慮せずに挑まないと。
幸い、ご隠居様から得た膨大な魔力は、随分と身体に馴染んだ気がする。
制御を手放さない練習をするにはちょうどいいかもしれない。
私は構え、魔力を腕に集中させた。
一呼吸ののち、瞬時に片手をツバキ先輩の肩に伸ばす。
が、パシン、といい音がして防がれた。
反対の手に魔力を集め直し、今度は脇腹に手を伸ばす。
けれど、やっぱり防がれた。
何度試してみても、私の手はツバキ先輩の手のひら以外に触れられない。
ツバキ先輩は真剣な眼差しをしながら、表情は柔らかい。
まだまだ余裕がありそう。
私はこれ以上早く動けないのに!
「では、次は私からいきます」
次の瞬間、ツバキ先輩の手が伸びてくる。
その手は魔力を凝縮し、まるで蜃気楼のように見える。
私は、魔力を帯びたその手の動きを追うために、今度は目に魔力を集中させた。
普段なら目にも留まらぬ速さが、今はゆっくり確実に私の肩に近付いている。
――止めないと。
再び魔力を手に集中させようとした瞬間――
「え?」
ポン、と反対の肩に何かが触れた。
全く意識していなかった、ツバキ先輩のもう片方の手だった。
私の集中はそこで途切れ、警戒していた方の手も私の肩にそっと置かれる。
顔を上げると、目が合ったツバキ先輩が微笑んだ。
いつもの温和な表情なのに、なんだか、とてつもなく巨大な壁に思える。
「何が起きたか、分かりますか?」
「魔力を込めた手を囮にした、のでしょうか?」
「はい、さすが、仰る通りです」
触れられて分かった。
ツバキ先輩は両手とも、魔力で強化されていた。
ただ、囮の方があまりに強い魔力だったから、意識を奪われてしまった。
「シヅさんは、魔力を一ヶ所に集中させることに関しては十二分にできています。しかし実戦では、効果的な魔力配分を判断し、集中と解放の切り替えを素早く行うことが大切だ、と教えられました」
「なるほど、魔力の配分と切り替え……」
確かに、それができれば強くなれそう。
「まずは、右手と左手で何度も素早く魔力の多寡を切り替えるといった基礎訓練は如何でしょうか?」
「なるほど、ありがとうございます! 練習してみます!」
早速、今日寝る前にこの練習も追加しようっと!
「実はこのお話、アスカ先生が仰っていたのです」
「えっ、兄が!?」
そういえば、兄は三年生の実技を受け持つと発表されていた。
今更ながら、さーっと血の気が引く。
「あの、兄は粗相してないでしょうか……?」
「まさか! 今日もアスカ先生と手合わせをする機会までいただき、その身のこなし、そして魔法の強弱や緩急の付け方が、とても参考になりました。さすが白陰子爵のご子息でいらっしゃいますね。私ではまるで歯が立ちませんでした」
相変わらず、ツバキ先輩は他人を褒めそやす。
けれど私は、兄があえてツバキ先輩を指名して負かしたんじゃないか、と気が気でなかった。
兄が失礼なことをしないよう、早めに釘を刺しておかないと――。
「あ! でも、しばらく実技の授業はありませんよね!」
「ええ。しばらくアスカ先生の授業が受けられないのは、少し寂しいです」
そう。
この時期は実技の授業に代わり――社会科見学があるのだ!
次話投稿は 2026/8/23 21:00 です。




