64.魔法使いと冬雪(1/1)
騰蛇から帰ってきたその翌日、私は早朝から馬車に揺られていた。
定期的に実施している冬雪侯爵との情報交換会に、一家揃って招待されたのだ。
白陰子爵家だけではなく、黒陽子爵家も。
林道を抜け、視界が開ける。
湖の上に佇む白い城――冬雪城だ。
朝日で輝く水面にその姿が映り込み、飾り気はなくとも、まるで絵画のよう。
「シヅ!」
冬雪城に到着し馬車を降りた途端、マリカに声をかけられた。
「もう体調は大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。ちょっと疲れが溜まってたみたい」
マリカには、家族で旅行に行ったあと、私が体調を崩してしまった、というふうに伝えたらしい。
私とシロウ様の関係をなるべく隠すためだ。
「移動続きだったもの、無理しないで頂戴? ……あら?」
マリカの視線が私の耳へ注がれている。
「シヅ、ピアスを付けたのね?」
すぐに気付くなんて、さすがマリカ。
「うん、似合うかな?」
「ええ、素敵よ。でも、シヅが自分からアクセサリーを身に付けるなんて珍しいわね。何かあったの?」
「んー……内緒」
マリカは目を丸くしたあと、ぷっと吹き出した。
「シヅもそういうこと言うのねえ」
大したことでなければ「内緒」と言っておけばそれ以上深く気にはしない。
そうシロウ様と会話していて学んだ。
……これ以上、マリカに秘密を作りたくはないのだけれど。
顔なじみの執事さんと挨拶をして、冬雪城の中へと入った。
今は冬雪侯爵家の住まいとなっている冬雪城は、元は白国との国境を守る戦略拠点だった。
そのせいか、紅い絨毯が敷き詰められている以外、目につくような装飾品はない。
ただ、手入れが行き届いた白い壁は、それだけで十分美しい。
案内された会議室では、冬雪侯爵ご夫妻とヒョウガ君が待っていた。
「予定を早めてしまってすまないね」
「私がお願いしたの。だって、シヅちゃんもマリカちゃんも、もうすぐ首都に戻ってしまうんでしょう? またしばらく会えなくなるんだもの、顔を見ておきたかったの」
冬雪侯爵ご夫妻は人間だけれど、魔法使いの私たちに分け隔てなく接してくださる。
――冬雪侯爵ご夫妻は昔、女の子を授かったけれど、夭折してしまったらしい。
「娘が増えたみたい」
私やマリカが冬雪州に移住してきたとき、とても喜んでくれたのを覚えている――。
こんな優しい人間ばかりならいいのにな。
「さて早速だが、マリカ嬢」
冬雪侯爵の指名にマリカは一つ頷くと、話を切り出した。
「昨今、魔物の活動が激化し、深刻な被害をもたらしています」
やっぱり、魔物の激化で今も被害が広がっているんだ。
「そこで、魔物たちの活動を可視化したら何か分かることがあるかもしれないと思い、私と――」
「僕、ヒョウガで調査をしました」
そう言うと同時に、ヒョウガ君はテーブルを覆うほど大きな地図を広げた。
「冬雪騎士団の調査記録や討伐履歴をまとめたものです」
日時、数、侵入経路、それから現地の様子までびっしりと書き込まれている。
マリカもヒョウガ君も、私がいないあいだにこんなことをやっていたんだ!
私、強くなって浮かれていたけれど……二人のほうがよっぽどすごいんじゃないだろうか。
尊敬の眼差しで二人を見つめる。
ヒョウガ君が続ける。
「調査中、一つ、違和感のある群れがありました」
そう言ってヒョウガ君は地図の一点を指差した。
そこは冬雪城にほど近い、雑木林。
「魔鳥に魔兎、そして魔狼と、異種族で群れを成していたのです」
異種族の群れ。
その言葉に、心臓がドキリと跳ねる。
「まるで『黒の森』だな」
父の呟きがやけに大きく響き、途端にピンと空気が張り詰めた。
そう、眷属と一緒。
――「ユヅキが魔物に影響を与えている可能性はあるでしょう」
昨日のシロウ様の言葉が脳裏によみがえる。
ユヅキが冬雪にも来ていた?
一体いつ?
背中に一筋の冷たい汗が伝って、鉢合わせしなかったことに安堵している自分に気付く。
黒陽子爵がマリカに問いかける。
「マリカ、そのおかしな群れの現状は?」
「監視を付けているのですが、さほど動きがなくて」
「ふむ……下手に刺激したくはないね」
ヒョウガ君も冬雪侯爵へ尋ねる。
「父上、引き続き監視を続けてもよいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。細かい指針は、このあとの定例会で決めることとしよう」
冬雪侯爵が私を見た。
「シヅ嬢にも同席してもらったのは、調査を手伝ってほしいからだ。特に、首都や他州でも同種の事例がないか、確認してもらえないだろうか」
「分かりました」
確かに、魔法士官学校に魔法の資料があるかも。
ユヅキの眷属のことが文献に残っている可能性もある。
マリカとヒョウガ君が頑張ったのだから、私もお役に立たないと!
※ ※ ※
魔物の激化の話を終え、大人たちはそのまま定例会に移った。
私たちは退室することになり――その間際、私は父に尋ねた。
「異種族の群れを見に行ってもいいですか?」
父が眉根を寄せたところに、マリカとヒョウガ君が助け船を出してくれた。
「おじさま、私が一緒に行きますから大丈夫です! 無茶させませんから!」
「僕も行きます。姉様方のことはお任せください」
さらに冬雪侯爵が魔馬と護衛を貸してくれると言うので、父は渋々ながらも承諾してくれた。
冬雪城の城門をくぐって橋を渡り、湖のほとりを馬に乗って歩きながら、私はマリカとヒョウガ君に話しかける。
「マリカもヒョウガ君も、魔物の群れの調査だなんてすごいね!」
「ありがとう。元々はヒョウガが言い出したことなのよ」
「そうなの!?」
「実績を残さないといけないし……。それに、僕も冬雪のためにできることをやりたいですから」
ヒョウガ君は誇らしげにそう言った。
十歳の人間の子どもが、できることを模索している。
私も負けてはいられない。
雑木林に入り、おかしな群れが視認できるところに到着した私たちは、陰に潜んで様子を窺った。
「見える? あの斜面の窪みのところ」
マリカにそう言われて視線を移すと……いた。
魔鳥と魔兎、そして魔狼と――首輪のような魔法陣!
間違いない、あれは眷属だ。
『黒の森』の眷属たちは騰蛇城を破壊するよう命令されていた。
この眷属たちはどうなんだろう?
観察を続けていると、巣の奥で何かがもぞもぞと動き、ぴょんと飛び出てきた。
魔狼の赤ちゃんだ。
毛はほわほわ、短い足でしっかり大地を踏みしめ、小さな耳はいっぱしにピンと立っている。
可愛い!
マリカも心臓を打ち抜かれ、顔が緩んでいる。
でも、違和感を覚える。
あの赤ちゃん魔狼、生まれて一ヶ月くらいに見える。
魔狼の繁殖期はとっくに過ぎているのに。
もしかしてこの眷属たち――繁殖するように命令されている?
確証はない。
いずれにせよ、眷属を駆除すべきであることに変わりはない。
今はおとなしくても、いつか冬雪城に牙を剥く可能性がある。
そして駆除するのであれば、同士討ちさせるしかない。
今ここに、あれだけの眷属を相手に戦える人はいないのだから。
でも、親が子どもを食い荒らすなんて……。
私は迷った挙げ句――魔力を伸ばし、眷属たちの首輪に触れた。
『反転』させる。
ただ――ユヅキの眷属ではなく、一魔物として野生に帰って。
そう願いながら。
首輪は一瞬光を失い、また仄かに灯る。
その瞬間、眷属たちはハッと顔を上げた。
魔鳥と魔兎、そして魔狼の視線がバチンとかち合う。
私が息を呑んだその瞬間、魔鳥は飛び立ち、魔兎は跳ね上がって逃げ出した。
魔狼は――赤ちゃんをその背に隠した。
魔鳥や魔兎が去ったあと、毛玉のように丸まって震える赤ちゃんを魔狼は労るように舐め、そして雑木林の奥へと歩いて行った。
――食べられなかった。
ホッと息をつく。
「マリカ姉さま、今の……」
「ええ、何だったのかしら……?」
二人は顔を見合わせ、護衛の方たちも首をかしげ合う。
よかった、誰にも私の魔力の動きは気付かれなかったみたい。
これにも安堵したそのとき、頭上に魔力の気配を感じる。
さっきの魔鳥が、私たちを狙って急降下してきていた。
「危ない!」
守らないと!
咄嗟に思いついた魔法陣を力一杯書き殴る。
魔法が発動すると――魔鳥が消し飛んだ。
「は?」「え」
マリカとヒョウガ君の素っ頓狂な声が響く。
やり過ぎた。
パッと護石のピアスに触れる。
魔力はちゃんと抑えられている。
それなのに、以前とは桁違いの威力が出るなんて。
……もしかしてこれも、何も考えずに魔法を使ったから?
「今の、シヅ姉さまの……?」
「そのはず、だけど……?」
怪訝な様子の二人に、私はぎこちなく笑った。
「と、咄嗟に魔法を使ったから、魔力が暴走した、のかなあ……?」
その後、私たちは護衛から帰城を急かされ、すぐにその場を後にした。
マリカとヒョウガ君には感謝されたけれど、今後は力任せに魔法を使わないようにしないと……。
次話投稿は 2026/8/12 21:00 です。




