62.魔法使いとお別れ(1/2)
治療院のお手伝いをした翌日、私は白陰領へ帰ることになった。
相変わらず魔物の襲撃は落ち着いているし、何より、もうすぐ夏休みが終わってしまうから。
「転送魔法で送ってもいいんだけど、ちょうど一緒に送りたいものもあるから」
シロウ様にそう言われ、白陰へは馬車で向かうことになった。
立派な馬車で行くのかと思ったら、用意されたのは幌馬車だった。
夏炎侯爵家の家紋――揺らめく百合の花を模した紋様が描かれている以外は、何の変哲もない幌馬車だ。
御者は二人の魔法士官に任せ、シロウ様と私は積み上げられた木箱と一緒に、荷台で揺られていた。
シロウ様が魔法で作り上げた、ふわふわとした結界の上に座っていられてお尻は痛くない。
轍が石を踏んだのか、馬車が大きく跳ねた。
魔法でしっかりと固定された木箱の中から、じゃらじゃらと音がする。
「これ、中身は全部、魔法石ですよね?」
「うん、そうだよ。見切品だけどね」
魔法石は貴重とはいえ、あまりに小さすぎたり純度が低すぎると、市場に卸せない。
そんな見切品を、シロウ様はこれまで何度も白陰領に提供してくれていて、そのおかげで白陰のみんなは訓練や生活に魔法を使えているのだ。
見切品でなくとも、等級の低い魔法石を特価で卸していただいてもいる。
「いつもありがとうございます」
「どういたしまして」
そんな雑談をしているさなかにも、シロウ様は魔物を倒し、魔法石がバケツの中に溜まっていく。
「やっぱり、『黒の森』以外は激化が収まってはいないみたいだね」
そう言われて私はやっと理解した。
解決したのは『黒の森』だけ。
ほかの地域では、変わらず魔物の活動は激化したままなのだと。
そもそも『黒の森』だって、一時的な平穏に過ぎない。
結局、ユヅキを部品に戻すまで、終わらないんだ。
解決した気になって、ちょっと浮かれていた自分が恥ずかしい。
「そんな顔しないで」
シロウ様にそう言われ、自分がしかめっ面をしていたことに気付いた。
「シヅさんにはもう十分、助けてもらったんだから」
シロウ様はそう言って優しく微笑むけれど……私はムッとしてしまう。
だって、なんだか「これ以上手伝う必要はない」と言われているみたいで。
「いいえ! 私でよければ、シロウ様のこと、いつでもお助けします! 最低でも結納品の分は働いて返しますから!」
「シヅさんは律儀でいい子だねえ」
……完全にあしらわれている。
まあ、シロウ様が私のことを子ども扱いするのは今に始まったことじゃない。
シロウ様の口から「また助けてね」という言葉がほしかったけれど、今は諦めることにした。
しばらくすると、幌馬車は関所を通過した。
ここからは冬雪州だ。
御番所町を抜け、街道を行き、度々魔物が現れてはシロウ様が討伐する。
バケツの中身がいっぱいになれば、私の出番。
魔法の皮膜で肘まで覆ってから、魔臓を掴み取った。
繊維の方向を見極め、裂き、魔法石を取り出して、バケツに選り分けていく。
魔臓に対してすっかり抵抗がなくなった。
「ありがとう、シヅさん」
「どういたしまして!」
逞しくなったなあって自画自賛する。
『ごめん、停めてくれる?』
突然、シロウ様が通信魔法で御者にそう言った。
不思議に思っていると、シロウ様が荷台から降りていった。
気になった私もシロウ様について行く。
すると、向こうから歩いてくる人影が見えた。
あの悠々とした歩き方に見覚えがある。
レイさんだ!
先に声を掛けたのはシロウ様だ。
「レイさん、こんにちは」
「シロウ君、ごきげんよう。シヅ嬢も、大変でしたね」
私を見つめるレイさんの目は気遣わしげだった。
きっと父や母から騰蛇で起こったことを聞いたんだろう。
「ご心配をおかけしました。レイさんは魔物退治、順調ですか?」
「ええ、それはもう」
レイさんの表情がにんまりと緩んでいる。
どうやら成果は上々のようだ。
「レイさん、見つかりましたか?」
そうシロウ様が聞くと、レイさんは首を横に振った。
「残念ながら。おそらく冬雪にはないのでしょう」
「まあ、そうでしょうね……」
「とはいえ、主上の勅とあらば、もうしばらく粘ってみますよ」
そうしてレイさんと別れ、荷台に乗り込むと、再び幌馬車が動き出す。
「レイさん、何か探し物ですか?」
「ああ、うん。『魔狩り』の本拠地を、ね」
「『魔狩り』の本拠地……!?」
魔法使いを攫う『魔狩り』。
小さな拠点はいくつも見つかっているけれど、その本拠地は見つかっていない。
こんな虱潰しに探していたんだ。
レイさんほど強い魔法使いでも見つけられないくらい、周到に隠されているということ?
いや、そもそもレイさんがどうして……。
「……もしかして、レイさんって『黒烏』なんですか?」
「うん、そうだよ」
やっぱり!
――皇帝陛下直属の魔法使い『黒烏』。
レイさんの底知れない魔力を肌で感じると納得だ。
さっきも『主上の勅』って言っていたし。
……あまりにもさらりと言うから流しそうになったけれど。
「『魔狩り』の壊滅は、皇帝陛下の悲願だからね。そのために『黒烏』は活動しているんだよ」
「校長先生もですか?」
「もちろん。ただ、ボタン様は皇帝陛下の相談役だから、あんまり遠征はないかな」
そんなふうに話しながら、シロウ様がまた襲ってきた魔物を倒し、魔法石を回収した。
「――で、シロウ様も『黒烏』ですよね?」
バケツめがけて飛んできた魔法石が、バケツの縁で跳ね、床に転がった。
シロウ様が金色の目をぱちくりとしばたたかせている。
「魔力の総量が桁違いですし、そもそも、これだけ『黒烏』の内情をご存じで……。これで『黒烏』じゃなかったら、そっちのほうがビックリです」
「……まあ、そうだね。隠すほうが無理があるか……」
シロウ様は頭を抱え、長いため息を吐いた。
その深刻な様子のシロウ様に、私は慌ててしまう。
「もしかして『黒烏』って、名乗っちゃいけない決まりがあるとか……!?」
「そういうわけではないんだけどね……」
シロウ様は苦虫を噛み潰したような顔をして、魔法で床を拭い、今度こそバケツの中に魔法石を入れた。
「……ボタン様やレイさんと比べられると、胸を張って『黒烏』ですとは言いにくいんだよ……」
「あー……」
私は何とも言えなくなってしまった。
もちろん、シロウ様はすごい。
例えるなら、私の元の魔力は蟻んこで、シロウ様は魔狼くらい。
十二分にすごい。
ただその比喩でいくと……、校長先生やレイさんは魔熊だ。
シロウ様が尻込みする気持ちがなんとなく分かった……。
次話投稿は 2026/8/3 21:00 です。




