61.魔法使いと城下町(1/1)
ご隠居様と別れてから二日経った。
魔物の襲撃は一段と減ってきて、今日はシロウ様が私を騰蛇の城下町へと連れ出してくれた。
ずっと騰蛇城に閉じこもっていたので息抜きに、と気遣ってくれたのだ。
これまで城下町は馬車で通過するくらいだったから、とっても楽しみ!
城下町に来てまず感じたのは、統一感だ。
騰蛇城の城壁と同じ、砂色の煉瓦でできた建物が建ち並んでいた。
それから、家々はどれも同じ形をしていた。
魔物の被害が町にまで及ぶことが多かったから、修繕しやすいように画一的な造りにしているらしい。
城下町で一番栄えている中央市場は、多くの人が行き交っていた。
真夏だということもあり、人間たちは様々な色のヴェールを頭にかけている。
赤や黄色が多く、ちょっと身なりがいい人間は金糸や銀糸を織り交ぜていて、それが単調な石造りの街並みを華やかなものにしている。
市場の半分くらいは食料品のテント。
芋に穀物、それから野菜と色鮮やかだ。
果物は隅にこぢんまりと置かれている程度で、この前食べたブドウなんかびっくりするくらいのお値段が付けられていた。
辺境だからか、嗜好品は貴重みたい。
行きすがら、他のテントも覗いてみた。
布製品は派手な物が多いけれど、装飾品の類は少ない。
城壁も機能性を重視しているし、城下町も、そこに住まう人々も、あまり着飾らない地域性なのかもしれない。
物珍しさに街中をきょろきょろ見回す私に歩調を合わせつつ、シロウ様はまっすぐに目的地へと向かっていた。
そう、シロウ様は遊びに来たわけではないのだ。
市場を抜けてすぐ、他の建物よりずっと立派な石造りの建物にシロウ様は入って行った。
入るなり、中で待ち構えていた魔法使いが声を上げる。
「城主様! お忙しいところ申し訳ございません」
「構わないよ」
シロウ様が気さくにそう言うと、私に向き直った。
「シヅさんは城下町を見てていいよ。しばらくかかるから」
そう言い残して建物の奥に向かおうとするシロウ様の背中に、私は慌てて声を掛ける。
「あの、私もご一緒してもいいですか?」
「いいけど……。それなら、少し手伝ってもらおうかな?」
「はい! もちろんです!」
この建物は『治療院』。
人間が利用する、怪我や病気を魔法で治す施設だ。
シロウ様は今日、奉仕活動の一環として、ここで治療にあたるのだ。
シロウ様は治癒魔法だってお手のものだ。
なんせ、私がピアス穴を開けるとき、力加減を間違って吹き飛ばした耳たぶをシロウ様が蘇生してくれた。
私も治癒魔法、使えるようになりたい!
シロウ様の施術を見て技術を盗むんだ!
……けれど、そう甘くはなかった。
「いつもこんなことしてるんですか……!?」
お昼休憩になるや否や、私はその場にへたり込む。
シロウ様がいると知った町の人たちがどんどん押し寄せてきて、私はあまりの目まぐるしさに受付のお手伝いだけでいっぱいいっぱいだった。
「ときどきだよ」
シロウ様はまだまだ余裕たっぷりに笑っている。
――シロウ様は想像以上にすごかった。
次から次へとやってくる患者さんを、片っ端から治していった。
ひどい骨折もあれば、ちょっとした擦り傷、切り傷、打ち身……。
怪我ならどんな小さいものでも受け付けた。
怪我だけじゃない。
頭痛や咳、鼻水、嘔吐や下痢なんていう病気の諸症状も、シロウ様にかかれば、消え去ったり軽くなったりしていた。
「治療院ってお高いものだと思っていたので、こんなに患者さんが来るなんて思ってませんでした……」
「首都の治療院は高いけど、ほら、騰蛇は魔物討伐で怪我をする人間が多いだろう? ちゃんと治療してあげないと人間はすぐ死ぬから、遠慮なく治療院に通えるように補助しているんだ」
「それ、無駄に通う人間が増えません?」
実際、肩が凝っただの腰が痛いだのでたくさんのご老人がやってきた。
さらにニキビだのささくれだのでやってきて「やっぱり城主様は目の保養になるわあ」なんて言うご婦人方までいた。
そんな理由で来ないでほしい。
「だいたい、こんなことしていたら、人間がどんどん弱くなっちゃいません? いつか人間が堕落を極めて、ちょっとした段差で躓いて死んじゃうんじゃないですか?」
私が不満いっぱいにそう言うと、シロウ様はおかしそうに笑った。
「あはは! いいんだよ、それで」
シロウ様は誇らしげだ。
これは騰蛇が潤っている証拠でもあるのだから。
確かに、誰でも治療を受けられるのは、素晴らしいことだと思う。
……それでも、シロウ様が良くても、私の心情的にはよろしくない。
ついムスッとした、そのときだ。
「城主様っ!!」
慌てた様子でお婆さんが現れて、シロウ様を引っ張り外へ連れ出した。
休憩中なのに! と思いつつ、お婆さんのあまりの形相に、私も追いかける。
そこは『助産院』と掲げられていた。
それじゃあこのお婆さんは、産婆さん?
戸惑う間もなく、産婆さんはシロウ様を一番奥の部屋へ通した。
中には、仰向けに寝転がった女性がいた。
ぐったりと目を閉じ、顔を真っ青にして、わずかに膨れたお腹を呼吸と共に上下させている。
二人の命が危ない。
そう直感した。
「シヅさん、少し手を貸してくれる?」
シロウ様はそう言うと、返事を待たずに私の両の手を取り、片方を女性の頬に、もう片方を女性の下っ腹に押し付け、魔力を流し始めた。
女性の頬に当てた手からは優しく緩やかな魔力が、私を伝って女性の身体を循環するように流れていく。
一方、下っ腹に当てた手からは穿つような強い魔力が、私を伝って女性に――いや、お腹の赤ちゃんにまで流れていくのを感じる。
そうしながら、シロウ様が私の耳に囁いた。
「お腹の子どもが危険になると、生きるために母親の魔力を奪おうとするんだ。母親は消耗するし、魔力が足りなければ子どもも死んでしまう。だから、外から魔力を流してあげる必要がある」
しばらく魔力を流し続けていると、少しずつ、母親の顔に赤みが戻っていく。
瞼がピクリと動き、まつげが持ち上げられ、露わになった濃色の目がしっかりと私を見つめた。
助かったんだ。
シロウ様は魔力を流すのをやめた。
シロウ様が産婆さんと頷き合ったのち、私たちは静かに助産院を後にした。
すごいなあ、シロウ様。
城主のお仕事をして、魔物討伐もして、治療院を手伝って、こうやって妊婦さんを助けるなんてことまで……。
尊敬の眼差しでシロウ様を見つめ――ハッとする。
「シロウ様、ちゃんと休んでます?」
「んー……内緒」
最高にいい笑顔だった。
この感じ、絶対休んでない!
ジトッと睨むと、シロウ様は肩をすくめた。
「休んでると落ち着かないんだよねえ」
「それ、病気ですよ」
「あはは」と笑い飛ばされた。
いつ寝てるんだろう?
というか、一日中魔法を使っているのに倒れないってどういうこと?
ご隠居様がシロウ様を寝かせたのは、ご隠居様なりの気遣いだったんだなあ、と思った。
次話投稿は 2026/7/31 21:00 です。




