60.魔法使いと鎮静化(3/3)
ユヅキの眷属たちに私の魔力を流したのが、一昨日の出来事。
眷属の襲撃頻度は大幅に減った。
まだ油断はできないけれど、現状を報告するため、私とシロウ様はご隠居様のお屋敷に来ていた。
「私の想定内ではある」
そう言いながらご隠居様が茶杯を呷った。
やっぱり、ご隠居様はすごい。
眷属が同士討ちすることを、私たちは成り行きで発見した。
それに対してご隠居様は、最初からその発想があったのだ。
でも……なんとなく、嬉しくなさそう。
「シヅ、なぜ眷属は同士討ちを始めたと思う?」
「私が魔法陣を反転した、から……?」
答えながら、ご隠居様の意図を読み違えている気がして言い淀む。
「質問を変えよう」
ことん、とご隠居様が茶杯を置いた。
「なぜ『騰蛇城以外を攻撃する』命令になった? なぜ『騰蛇城を守護する』命令に転じなかった?」
『騰蛇城を攻撃する』魔法陣。
それが反転して騰蛇城以外を攻撃する魔法になったのは、自然なことだと思っていた。
けれども確かに、『攻撃』を『防御』に反転させることだって、不可能ではなかったはずだ。
もしかして――
「私が何も考えずに魔法陣を反転させたから……?」
ご隠居様は頷いた。
「魔力は、使用者の想いを最大限叶えようとする」
入学してすぐ、ミチル先生に言われた言葉を思い出す。
――「魔法はお前たちのやりたいことを実現してくれる。だから、お前たち自身がやりたいことをきちんと思い描くことが重要なんだ」
私はその基礎を疎かにした。
その結果が、あの残酷な状況。
私があの場でやるべきことは、傷つくことでも逃避することでもなかったのだ。
「自身の力に、常に責任を持ちなさい」
「はい!」
ご隠居様のお陰とはいえ、私は強くなった。
自身の力を自覚すること。
どんな結果でも学ぶこと。
私の返事に、ご隠居様は満足そうに頷いた。
「眷属は数を減らした。その他の魔物も異変を察知し、『黒の森』の出入り口には近付かないはずだ。当面の目的は達成できた」
ご隠居様がふっと微笑んだ。
「よくやったな」
「ありがとうございます!」
「おまえたちには、ユヅキの不始末を解決した礼をせねばな」
ご隠居様のその言葉に、私とシロウ様が目配せし合う。
「では陛下。一つ、お願いがございまして」
そう言ってシロウ様は外套から、赤と深緑、二つの化粧箱を取り出した。
化粧箱の中には、どんぐり大の歪な黒い石が二つずつ並んでいる。
「おまえたちが作った護石か」
「はい」
そう。
赤い化粧箱に入っている護石はシロウ様が、深緑色の化粧箱に入っている護石は私が作った。
……まさか作れるとは思っていなかった。
シロウ様のご指導もあったし、ご隠居様のお陰で魔力が増えたとはいえ、私にもできるなんて! と、とても感動した。
……まあ、力加減を間違えていくつもの魔法石を割ってしまったけれど……。
「なるほど」
ご隠居様がそう呟くと、四つの護石が宙に浮かび、その場で回転し始めた。
止まって見えるくらい速い。
そのうち、どんぐり大だった護石がどんどん小さくなっていく。
回転をやめたときには、護石は小さくなっていて、滑らかになった表面はつやつやと輝いている。
大きさも質感もクロモジの実みたい。
そして、護石はまん丸ではなく、球体から一本、細長い針が伸びていた。
「きれいなピアス……」
元々『ピアスにする』とは聞いていた。
けれど、まさかご隠居様に――元王様に手ずから作らせるなんて。
シロウ様、ご隠居様に遠慮ないなあ。
護石のピアスは、それぞれの化粧箱に帰っていった。
「ありがとうございます、陛下」
シロウ様が恭しく頭を下げる。
私も同じように頭を下げた。
「よろしい」と言うご隠居様はちょっと満足そう。
シロウ様はまず、私に深緑色の化粧箱を差し出してきた。
「こっちは手筈通りに」
「はい!」
私は深緑色の化粧箱の蓋を閉め、外套の内ポケットに仕舞った。
そして赤い化粧箱は……私の前に差し出される。
「どうぞ、シヅさん」
艶やかな護石は鏡のように私の顔を映し出している。
……冴えない顔を。
「ありがとうございます……」
いや、シロウ様からピアスをいただいたことは、とても嬉しい。
しかもこれはシロウ様とご隠居様が作って下さった、とても貴重なピアスだ。
嬉しくないはずがない。
問題は……シロウ様から聞かされた、この護石の効能だ。
「魔力を抑えるのは、やっぱり不満?」
――そう、シロウ様の作った護石には『装着者の魔力を抑える』効能がある。
このピアスを装着しているあいだ、私の魔力は低く抑えられてしまう。
これじゃあ、ご隠居様が血を飲んで得しただけでは?
はっきり言って、飲まれ損だ。
下を向いた私を見かねて、ご隠居様が言った。
「おまえたちの国では、魔法使いは不埒者に狙われるのだろう? 今のシヅのように、魔力だけが多く、魔法の経験が浅い魔法使いは、そやつらの餌食となるのではないのか」
「はい、シロウ様からもそう言われました……」
シロウ様もご隠居様も、私のことを気遣ってくださっている。
と同時に、二人とも口に出さないまでも、私のことを「弱い」と思っていることはひしひしと伝わってくる。
魔力は増えたのに、まだ足りない。
……とても悔しい。
尚も俯く私の前に、シロウ様が跪き、覗き込んできた。
困ったように笑った表情は昔から変わらない。
「大丈夫、魔力がなくなるわけじゃない。ピアスを外せば元に戻るから」
「……はい」
「確かに、ピアスがなければ強大な魔力を使えるよ。でも、制御はできない。それはシヅさんの言う『強い魔法使い』かな?」
「……いいえ」
「そうだね。シヅさん自身で魔力の制御ができるようにならないといけない」
「……はい」
「『強い魔法使い』になったシヅさんを、私に見せてね」
そう言って優しく微笑むシロウ様のことを、ずるいなあって思う。
そんなこと言われたら、私は断れない。
私は小さくため息をついたあと、シロウ様を真っ直ぐに見据えた。
「……はい!」
金色の目が緩む。
言いくるめた自覚があるからなのか、ほんのり罪悪感を帯びた眼差しだった。
「シヅ、私からも一つ教えてやろう」
ご隠居様の言葉に、私は顔を上げた。
「私がおまえに触れ魔力量が増大したことは事実だが、それはおまえに十分な素養があったからだ」
「私に……?」
ご隠居様は頷いた。
「私がいくら魔力を注ぎ込もうと、器が小さければ、こぼれ落ちるのみ」
……知らなかった。
自分のことって、案外分からないものなんだなあ。
「そして――おまえの器は、満ちてはいない」
私は目を見開く。
満ちてはいない、ということは——
「私、もっと強くなれるんですか……?」
「無論だ。器も、中身も、それらを操る感覚も。おまえには、まだまだ可能性がある。精進しなさい」
ご隠居様にそう言われると、なんだか本当にもっと強くなれるような気がしてくる。
ピッと背筋を伸ばした。
「はいっ! 次にお目にかかるときには、すごく強くなって、ご隠居様をびっくりさせますから!」
「そうか、楽しみにしている」
ご隠居様はやっぱり私のことを慈しむような眼差しで見てくる。
きっと次に会うときも、まだまだご隠居様には敵わないんだろうな。
※ ※ ※
騰蛇城に戻ってからも、私はなんとなく『黒の森』が気になった。
目を向けると、まるでご隠居様が見つめ返してくれるような気がした。
あの宣言が嘘にならないようにしないと。
もうすぐ夏休みが終わる。
ピアスの重みを感じながら、私は決意を新たにした。
次話投稿は 2026/7/25 21:00 です。




