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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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55.魔法使いと魔物制御装置(2/4)

「私が騰蛇を不在にしていた春の折、魔物制御装置から『部品』が姿をくらませました」


 姿をくらませる?


 その言い回しに、妙な違和感を覚えた。


「『部品』の名は、ユヅキ」


 ゾッと背筋に冷たいものが走る。


 その名前を、私は知っている。


「ユヅキ、ってまさか……!」


 私の呟きに、シロウ様は硬い表情のまま頷いた。


 ――ユヅキ。


 魔法士官学校に入学してすぐの頃、マリカと私を誘拐しようとした男の子がそう名乗っていた。


 あのときの感覚がよみがえる。


 全身を這う悍ましい魔力。

 ゴミを見るような冷たい目。

 息苦しさを覚えるほどの圧倒的な存在感。


 思い出すほど、不安と、ある疑問が広がっていく。


「『部品』ってどういうことなんですか?」


 ユヅキは生きていた。


 走ったときの息遣い、撫でたときの髪の毛の柔らかさ、それに何より、ボタボタと落ちてきた血の音を鮮明に覚えている。


 それなのになぜ、ユヅキは『部品』と、まるで物のように扱われているんだろう。


 ご隠居様は私を真っ直ぐに見据え、淡々と述べた。


「拘禁の上、血を搾取され続ける。その血が、装置の動力源となる」

「……え?」


 私はそれ以上、言葉が出なかった。


 拘禁されて、血を取られて、動力源に利用されている?


 ご隠居様は、尚も私のことをじっと見つめている。

 冗談を言っている顔には見えない。


 比喩ではなく、本当に一つの『部品』。

 人ではなく物。


「では、現状は?」


 ご隠居様がシロウ様に尋ねた。


「現在は魔物制御装置は完全に停止しており、魔力を発している様子はありません。ユヅキも一度接触したきりです」

「……そうか」


 ご隠居様がそう言ったきり、重たい空気が流れる。


 私は茶杯に口を付けた。

 ……とても苦い。

 今の空気そのものみたい。

 私は眉根を寄せて、茶杯を置いた。


 それに対し、シロウ様は涼しい顔をして飲み干してしまった。


「さて陛下、そろそろ蔵書庫に案内していただけますか」


 シロウ様が腰を浮かせ――


『待ちなさい』


 魔力を纏ったその言葉が、シロウ様と私にべったりと張り付いた。


 途端に『待たなければ』という使命感に駆られ、私は動けなくなる。

 シロウ様も、浮き上がった腰がピタリと止まり、ソファに掛け直した。


「シロウ、随分と無理をしているようだな?」


 ご隠居様の鋭い眼差しに、シロウ様がたじろいだ。


「この茶は、疲労が蓄積している者ほど甘味を感じる茶だ。まさか飲み干すとは思っていなかった」


 シロウ様は気まずそうな顔をしていた。


 図星なんだ。


 いくら強いと言っても、シロウ様だって生身の『人』。


 騰蛇城の城主としての仕事をこなしながら、魔物制御装置が停止した原因を探り、激化した魔物たちを討伐し、そのうえ、鳳に連れ去られた私を助けに駆けつけてくれて。

 疲れないわけがない。


「焦る気持ちは理解できる。だが、お前はただでさえ――」

「陛下っ!!」


 半ば叫ぶようなその声で、私はびくりと肩が震えた。


 こんなシロウ様を見たのは初めてだった。

 声を荒げるのも、他人の言葉を遮るのも、必死な顔も。


 でもご隠居様は驚くことなく、むしろ面白そうに口端を吊り上げた。


『シロウ、眠りなさい』


 ご隠居様の言葉がシロウ様を飲み込む。

 するとシロウ様の身体がゆらりと傾き、黄金色の目がゆっくりと閉ざされていく。


 膝から崩れ落ちるシロウ様を支えようと私は立ち上がった。

 けれど、それより早くご隠居様が魔法で受け止め、ソファに横たわらせた。

 シロウ様の安らかな寝顔から、小さな寝息が聞こえる。


 さすがは魔法使いの王様。

 さすがは純血の魔法使い。

 強いはずのシロウ様すら、相手にならない。


「しばらく寝かせておくか」


 ご隠居様の魔法で肌掛布団がどこからともなく現れ、シロウ様をふわりと覆う。


 相当深く眠っているようで、長い睫毛がピクリとも動かない。


「シヅ」

「は、はいっ!」

「シロウがこれでは不安だろう。帰るか?」


 そう言われて気付いた。

 今、私はご隠居様と二人っきりなんだ。


「……あの、ご隠居様」

「どうした」


 たくさん聞きたいことがある。


 ご隠居様は純血の魔法使いなのか?

 本で読んだ楽園の真偽も。


 でもそれよりもまず、シロウ様が確実に眠っているうちに、どうしてもやりたいことがあった。


「ご隠居様に血を飲まれると魔力量が増えるって聞きましたが、本当ですか?」


 ご隠居様が目を瞬かせた。


「時と場合によるが、そうだな」

「でしたら、ぜひ! また飲んでいただきたいんです!」

「は?」


 ぽかんと固まるご隠居様を前に、私は外套から短刀を取り出した。

 刃先を反対の手の甲に添えたところで、ご隠居様の褐色の手が私の腕を掴んだ。


「こらこら」


 ご隠居様は呆れ、ふう、と一つ溜め息をこぼした。


「私が血を飲む理由を、シロウから聞いていないのか?」


 私は首を傾げる。

 血を飲まれたあのとき、ご隠居様があまりに嬉しそうにしていたものだから、そういう嗜好なんだと思ってた。


「私は他人の魔力を取り込むことで、その者の特性を得ることができる。そういう特性なのだ」

「じゃあ、私の特性も?」

「ああ、私の蒐集品の一つとなった」


 ご隠居様はニヤリと笑って自身の左胸――魔臓の辺りを撫でた。


 なるほど、異常嗜好ではなくて蒐集家だったんだ。


「つまり、私にはもう、おまえの血を飲む理由がない」

「そんな……!」


 私はがっくりと肩を落とした。

 すぐに強くなって、シロウ様やみんなの役に立てると思ったのに。


 でも、これでよかった、とも思う。

 こんな方法で力を手にしたら、これから先、ずっとご隠居様を頼りたくなるはず。


 それは私が目指す『強い人』ではないかな、と思うのだ。


 それに……血を飲まれるのって、やっぱり気持ち悪いし。


 私が短刀を仕舞い込んだのを見て、ご隠居様がくつくつと笑った。


「これだけ威勢が良ければ、心配は無用だな」


 ご隠居様は翻り、背中越しに語りかける。


「私は蔵書庫に行く。ついてくるか?」

「はい!」


 私はご隠居様を追いかけた。


 今まで無理をしていたシロウ様のためにも、調査くらい、私が頑張らないと!


次話投稿は 2026/7/9 21:00 です。

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