54.魔法使いと魔物制御装置(1/4)
白陰に戻る父や母、魔法士官のみんなを見送り、その日は居館でゆっくりと過ごすことになった。
私に不便がないようにと、シロウ様はわざわざ魔法使いの侍女さんをつけてくれた。
侍女さんはご飯やお茶の用意はもちろんのこと、魔法の勉強がしたいと伝えたら、いくつか本を見繕ってくれた。
その本の中に、一冊だけ、風変わりなものを見つけた。
本というより、手帳のような収まりのよい大きさ。
表紙は朝焼けのような色をしてキラキラと輝いて見える。
タイトルはない。
紛れ込んでしまったのかな。
私はなんとなく、その本の表紙を開いた。
――楽園は失われた。
そんな一文から始まったその本は、その楽園がどんなに素晴らしいところか書き記されていた。
おとぎ話?
それとも回顧録?
本は一切傷んでないのに、文字や言葉遣いは古い。
ゆっくり読み解いて、それでも全部は理解できないけれど、大体、こんなことが書いてあった。
魔法使いの王様と、そのお妃様、王子様は、それはそれは素晴らしいお人柄であったこと。
王族は皆、美々しく、一族の象徴である漆黒の虹彩は、魔法使いの羨望の的であったこと。
皆、争いはなく、平和に暮らしていたこと。
生命を慈しみ、混血の魔法使いたちの誕生すらも、楽園の皆が祝福したこと。
――混血!
あまりに当たり前のことだから忘れていた。
紅国で魔法使いと呼ばれる者はすべて『混血の魔法使い』。
そしてこの本、取り立てて『混血』と書かれているということは、筆者や楽園に住んでいるのは『純血の魔法使い』?
さらに王族の相貌――ご隠居様と一致する。
――ご隠居様は純血の魔法使いで、楽園の王様?
でも、紅国では純血の魔法使いは絶滅したはずじゃ……。
カンカンカン、と魔物襲来の合図が響いてきて、私は顔を上げる。
なんとなく、立ち上がって窓の向こうを覗き込んだ。
「心配ですか?」と言いながら、侍女さんがお茶を出してくれた。
「えーっと、まあ、はい……」
正直、シロウ様の心配はしていない。
だって強いんだもの!
ただ、ふと漂ってくるシロウ様の魔力を感じて、つい、気になってしまったのだ。
一緒に戦いたいなあ。
いや、まだ足手纏いになるかなあ。
それならせめて、また魔法を使っているところを見たいなあ。
「大丈夫ですよ。もうここ十年近く、魔物が騰蛇城を突破したことはありませんから」
侍女さんのその言いように、私は首をかしげた。
「昔は突破されていたんですか?」
「そうですとも! 城下町に大変な被害が出たものです」
知らなかった。
幼いころ、初めて騰蛇を訪れたときには、そんな雰囲気はなかったから。
そういえば、シロウ様が騰蛇に赴任したのが十年くらい前だったはず。
「シロウ様が赴任されてから何か変わった、ということでしょうか?」
「そうなのです!」
侍女さんは目を輝かせて言った。
「今の城主様はまず、魔法の活用を推進しました。魔法兵はもちろん、魔装置や護石の技師、治療師、庶務に至るまで、当時はまだ反発の声があったにもかかわらず、多くの魔法使いを雇用したのです。わたくしもそのときに雇い入れていただいたのですよ」
シロウ様はすごいなあ。
魔法もとってもお強いのに、統治もできるんだ。
魔法使いの活用は、ほんの少しでもうまくいかなければ、周りから糾弾される可能性だってあっただろうに。
当時の魔法使いとシロウ様が頑張ったから、今、魔法使いは騰蛇では欠かせない存在になっている。
礎を築いてくださった方々に頭が下がる思いだ。
「早く城主様の功績が認められて、名実ともに騰蛇を統治いただけるといいのですけれどね」
侍女さんのしみじみとした言葉から、お世辞ではなく、本当にそう思ってくれていることが伝わってくる。
そして一つ気付いた。
シロウ様が褒められると、自分のことのように――いや、自分のこと以上に嬉しい!
もっともっとシロウ様が活躍できるように、お手伝い頑張らないと!
* * *
そして次の日、シロウ様から声がかかり、私は再び騰蛇城の執務室に来ていた。
シロウ様から『助けてほしい』と言われた私の熱は一日経っても冷めることはなく、むしろ早くシロウ様の力にならなきゃ! とわくわくそわそわしていた。
「それで、私は何をすればいいんでしょう?」
前のめりになった私を見て、黄金色の目が細められた。
「シヅさんは私が何をお願いしようとしてるか、分かる?」
「やっぱり、魔物討伐でしょうか!」
「残念、不正解」
「ええ……」
私は肩を落とした。
『黒の森』の魔物討伐だと思ったのに、違うらしい。
「ヒントを出すなら……私の仕事は『黒の森』からやってくる魔物を抑えること」
そう言われてピンときた。
あくまで目的は、魔物の抑制。
魔物を抑えられさえすれば、わざわざ戦う必要はないのだ。
「じゃあ、魔物制御装置の修理ですか?」
「できることならそうしたいけど、今はちょっと無理かな。『部品』がなくてね」
『部品』?
そういえば、この前ご隠居様もそう言っていたような。
「シヅさんには、『部品』なしでも魔物制御装置を動かせないか、もしくは、魔物を抑える方法がないか、その調査を手伝ってほしいんだ」
「はい、もちろんです!」
……正直、魔物討伐に参加できないのは残念に思う。
でも、シロウ様の力になれるなら、あまり得意じゃない調べ物も頑張ろう! と思える。
「ありがとう、シヅさん」
シロウ様はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「調査って、どういうことをするんですか?」
「大きな蔵書庫があってね、これからそこを虱潰しに見ていこうと思ってる」
「わ、大変そう……」
「でしょう? 人手は欲しいんだけど、ちょっと特殊な場所だから人を入れられなくて」
そう言ってシロウ様が描いた転移魔法の魔法陣に、思わず目を見開いた。
魔物討伐のときよりも大量の魔力で作られた、大きな魔法陣なのだ。
蔵書庫って騰蛇城内じゃないの?
騰蛇領内にしたって、随分遠いような……。
「それじゃあ、行こうか」
魔法が発動するや否や、魔力の奔流に呑まれ――瞬き一つのあいだに、視界が薄暗くなった。
ひんやりとした風が抜け、ざざあっと葉擦れの音が響く。
振り返ると、高い木々に囲まれた、蔦まみれのお屋敷があった。
……どう見ても、ご隠居様のお屋敷だ。
『黒の森』に転移してきてしまったんだ。
「……ここ、ですか?」
私はシロウ様に怪訝な顔で尋ねた。
「そう、ここだよ」
シロウ様は優しくそう言った。
ここに純血の魔法使いがいる。
私が一人緊張していると、静かにお屋敷の扉が開いた。
出てきたのはもちろん、ご隠居様だ。
木漏れ日に照らされ、髪も目も漆黒に輝き、肌も浅黒い。
昼なのに、真夜中の静謐な雰囲気に呑まれるかのよう。
「よく来た。入りなさい」
言われるがままお屋敷に入り、前回と同じ居室に通される。
テーブルの上には最初から茶杯が三つ用意されていた。
シロウ様が慣れたようにソファに腰を下ろし、私も隣に座った。
向かいに掛けたご隠居様は、ほんの少しお茶を飲むと、眉根を寄せて口を開いた。
「魔物制御装置に関する書物は見つかっていない」
「そうですか……」と、シロウ様が目を伏せた。
「存外『部品』のほうが早く見つかるかもしれんな」
シロウ様とご隠居様が話す中、私は申し訳ないと思いつつ、そろそろと手を上げて言った。
「あの、『部品』って何ですか?」
私の問いに、ご隠居様は目を丸くする。
「シロウ、シヅに何も話していないのか」
「ええ、まあ、はい……」
気まずそうにしながら、シロウ様が茶杯に口を付けて誤魔化していた。
「まったく……。まあいい。せっかくだ、事の起こりから改めて報告しなさい」
「承知しました」
シロウ様は茶杯を置き、誰もいないか確認するように、ぐるりと辺りを見回してから口を開いた。
「私が騰蛇を不在にしていた春の折、魔物制御装置から『部品』が姿をくらませました」
次話投稿は 2026/7/7 21:00 です。




