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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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53/61

53.魔法使いの帰還(2/2)

 唐突にシロウ様が防音魔法を解除した。

 次の瞬間、コンコン、とノックが響く。


「どうぞ」とシロウ様が言うと、父と母が困った顔をして入ってきた。


 只事ではなさそうな雰囲気を感じ背筋を伸ばすと、母が口を開いた。


「シヅ、急で悪いんだけど、すぐに白陰に戻ることになったの」

「ええっ!?」


 なんでこんな急に!?


 シロウ様の代打という役目を終えたとはいえ、まだまだ騰蛇に来襲する魔物は多いのだから、お手伝いしたほうがよさそうなのに。


 父が眉根を寄せて言った。


「白陰から緊急の通信があってな」


 声音も真剣そのもの。

 まさか白陰に魔物の大群が現れた、とか?

 思わずごくりと固唾を飲む。


「皆、『レイさんがしんどい』と」

「はい?」


 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「レイさんは性根がひん曲がって救いようがないから、無理もないわ」


 母はもはや悪口以外の何物でもないことを言い出した。


「むしろ一般人がよく六日も持ちましたねえ」


 シロウ様までそんなことを言う始末。


「作物がダメになっていないといいのだが……」

「変なモノ作ってないといいんだけど」

「白陰の皆さんに無理な訓練を強いた挙句、指導代を巻き上げてそうですねえ」


 父も母もシロウ様も、好き勝手なことを言う。

 一体これまでレイさんからどんな目に遭わされてきたんだろう?


 はあ、と深いため息をついたあと、父が私に向き直った。


「そういうわけで、荷物の積み入れが終わり次第、出発する。シヅも準備を頼む」


 ……残念だな。

 もう少し、シロウ様と一緒にいたかったのに。


 そう思って返事が遅れた、そのときだ。


「いえ、シヅさんは置いていってください」


 シロウ様の言葉に、「ほう?」と父が怪訝に首を傾げる。


「『黒の森』の魔力に当てられて、まだ体内の魔力が安定していません。今はあまり負荷をかけるべきではないかと」

「それは分かるが、帰りはどうする? シヅ一人で行動させるわけにはいかんだろう。危険すぎる」

「その点はご安心ください。私が責任を持ってお送りします」


 父は顎髭を撫で、やがて撫で終わると、私へ視線を移す。


「シヅはそれでいいか?」

「えっと……、まだ本調子ではないので、もしよろしければ、もう少し騰蛇にいたい、です」


 ……ちょっと本当で、ちょっと嘘だ。

 本調子ではない自覚は全然ない。

 もう少しだけ騰蛇にいたいのは、本当だ。


「分かった。シヅがそう言うなら尊重しよう」

「ありがとうございます、お父様」


 嘘をついてごめんなさい、と心の中で父に謝りつつ――嬉しいと思ってしまった。

 シロウ様ともう少し一緒にいられる、と。


 そのとき突然、カンカンカン、とけたたましく警報が鳴り響く。

 魔物襲来の合図だ。


「くそ、こんなときに……」


 急ぎ前線に向かおうとする父を、シロウ様が手で制した。


「私が対応しますので、子爵は帰り支度をどうぞ」

「だが……」


 言い募ろうとする父を無視して、シロウ様が私を見た。


「シヅさんも一緒に行く?」

「いいんですか!?」

「見てるだけなら、ね。じゃあ、急ごうか」


 シロウ様はそう言うと素早く魔法陣を描き、私は魔力の渦に飲み込まれた。


 瞬き一つのあいだに視界が変わる。


 天井も壁も無骨な岩肌に変わり、大きな窓の外に青空と『黒の森』が広がる。

 ここは、騰蛇城の執務室だ。


 父も母もおらず、シロウ様と二人きり。

 見上げると、シロウ様が、私を気遣わしげに見つめていた。


「転移に巻き込んだけど、気分は悪くない?」

「はい、大丈夫です」

「それならよかった」


 シロウ様は微笑むと、ふいと窓のほうへ視線を移した。


「さて、片付けないとね」


 シロウ様は窓のそばに寄り、外を見下ろした。

 私もすぐに後を追って窓の外に広がる『黒の森』を見渡す。


「あれ……?」


 騰蛇城と『黒の森』のあいだにある原っぱに、二十弱の黒い()()が湧き上がっている。


 よく目を凝らして見てみると――草陰に何かが潜んでいる。

 きっと魔物だ。

 それじゃあこの()()はもしかして、魔物から染み出した魔力?


 しなやかな動きで草陰から飛び出してきたのは――


魔豹(ヒョウ)……!」


 珍しい。

 魔豹は群れを作らないはずなのに、こんなにたくさんいるなんて。


「私が留守にしていたから探りにきたのかも」

「魔物ってそんなことまで分かるんですか!?」

「『黒の森』の魔物は特別だから」


 シロウ様が素早く魔法陣を描き上げた。

 通信魔法だった。


『総員、その場で待機』


 地上で防衛の準備をしていた重装歩兵が、ぴたりと動きを止めた。


 前線が待機する、ということは――


「シロウ様が魔豹を討伐するんですか!?」

「うん、そうだよ」


 シロウ様の首肯に胸が躍った。


 どう戦うんだろう?

 しっかり見て、何か一つでも技術を盗むんだ!


 シロウ様は窓に手を添え、じっと外を見下ろした。


「ちゃんと私がここにいるって、分からせないとねえ」


 シロウ様の口元が仄かに緩み――、びゅうっと烈風のような魔力が放たれる。


 瞬間、全身がビリビリと痺れ、心臓が、魔臓が、悲鳴を上げた。

 首を絞められたみたいに息が苦しい。


 ――すごい魔力量。


 暗雲となって原っぱに立ち込める魔力に、魔豹たちは一目散に『黒の森』へ引き返そうとした。


 でも、間に合わなかった。


 暗雲は次々に魔法陣へと姿を変え、魔法の発動と同時に強い光とけたたましい音が響き渡る。


 まるで雷だ。


 撃ち抜かれた魔豹はその場に崩れ落ち、黒い()()が霧散する。

 ……死んだのだ。


 カーンカーン、と魔物との戦闘が終わったことを告げる鐘の音が響き渡る。


「はい、おしまい」


 シロウ様は私に一つ微笑みかけると、すぐに通信魔法で兵士たちに指示を出し始めた。

 その横顔は、美しくて麗しい——私がよく知るいつものシロウ様だった。


 ——想像の域を超えていた。


 魔力の制御は難しい。

 魔力量が大量であればあるほど。

 遠ければ遠いほど。

 数が多ければ多いほど。


 でもシロウ様は、一瞬で大量の魔力を放出し。

 弓も届かないような遠くまで魔力を伸ばし。

 二十近くの魔法陣を同時に描いた。

 ……涼しい顔をして。


「今ので魔物たちが大人しくなるといいんだけど、きっとそうもいかないんだろうな」


 ひとりごち、窓の外を眺めるシロウ様の横顔を見ながら、私は現実に向き合っていた。


 私は、シロウ様の足元にも及ばない。

 あわよくばシロウ様の技術を盗もうだなんて、なんて烏滸がましいことを考えていたんだろう。


 格の違いを、痛いほどに突き付けられてしまった。


「ねえ、シヅさん」

「は、はい!」


 名前を呼ばれ、肩が震えた。


 シロウ様が怖いわけではない。

 私なんかがシロウ様の隣にいてもいいのかという疑念と、それがシロウ様の口から語られるのではという恐怖。


 鼓動で胸が張り裂けそうになりながら、私はシロウ様の言葉を待った。


 シロウ様は目を細め、膝をつく。


「シヅさんの体調を口実に残ってもらったのに、こんなことを頼むのは虫のいい話だと思うんだけど……」


 シロウ様は顔を上げ、金色の眼差しが真っ直ぐに私を捉えた。


「……助けてほしいんだ」


 その言葉に、私は胸が一段と高鳴った。


 ――「それじゃあ、いずれ、助けてほしい」


 『偽装婚約』の結納返しとして提示された言葉。

 再び耳にして、込み上げるものがあった。


 今の私に、シロウ様の力になれることなんてあるの?

 そんな真っ当な疑問すらはじけ飛んでしまう。


「はい、もちろんです!」

「ありがとう、シヅさん」


 頑張ろう、頑張らなければ!

 そうでないと、いつまで経ってもシロウ様のお役になんて立てないんだから!


次話投稿は 2026/7/6 21:00 です。

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