48.魔法使い、強襲に遭う(2/2)
鳳だ。
伝説上の生き物なのに、なぜかそう確信した。
鶴のように長い首。
鷲のような太い曲線状の嘴。
頭上でなびく黒染めの絹のような鶏冠。
胴は魔熊のように大きく、それ以上に巨大な漆黒の両翼を羽ばたかせ、目玉がぎょろりと私だけを捉えている。
城内に戻らないと!
それなのに、恐怖のあまり足が震えて走れない。
鳳から目を離すこともできず、ゆっくりゆっくり、扉に向かって後ずさる。
鳳は突如、嘴をあんぐりと大きく開けると、口から火の玉を吐いた。
火の玉は目にも留まらぬ速さで私の脇を掠め、後ろにあった扉に直撃した。
ドン! と激しい音がした――けれど、扉も周囲も無事だ。
『賢者の遺物』だけあって、堅固な防御魔法が騰蛇城全体にかけられているのだ。
でも火の玉の核が轟々と燃え盛り、扉に近寄れない。
……この炎は、怖い。
触れてはいけない、と直感が告げている。
消火したいのに、上手く魔力を練ることができない。
鳳の魔力が私の魔力を妨害している。
『弓兵、魔法兵!』
父の指揮が聞こえる。
一斉に上空に向かって矢と魔法が放たれた。
矢は、鳳よりも一度高く飛んでから、鳳の上に放物線状に落ちてくる。
魔法は直線的な軌道で鳳を狙う。
けれど、いずれも鳳に届くことはなかった。
鳳の周りに厚い魔力の層があって、そこが衝撃を吸収してしまっている。
鳳は気まぐれのように大きく羽ばたいた。
するとキラキラとした光の粒が下に落ちていく。
流れ星みたいなそれに見惚れていると、突如、光が膨張してドカンと弾けた。
爆弾だった。
地鳴りと共に、ぶつん、と通信魔法が途切れる。
「お父様っ!」
爆弾の煙が下階を覆う。
みんな無事だろうか?
早く助けに行かないといけないのに――鳳の視線が私を捉えて離さない。
私も、目を離せない。
離した瞬間、きっと殺される。
その鳳の後ろに、人影が見えた。
一筋の煙を引き連れて、下階から跳んできたその人は、母だった。
「シヅ!」
怒号のような呼び声と共に、母は手を突き出す。
すると、鳳に向かって一直線に砲撃魔法が放たれ、鳳の翼に穴を開けた。
……けれど、新しい羽に生え変わるようにして、すぐに塞がっていった。
さらには、鳳を守る魔力の層が、一段と厚みを増す。
「はあ!?」
不服そうな母の声が直接私の耳に届いた。
そして今度は鳳の胴を目掛けて三発、砲弾を放つ。
けれど三発とも、途中で軌道がぐにゃりと曲がって、母のほうへと舞い戻っていく。
「ああ、もう!」
母は空中で砲弾を躱し、砲弾同士がぶつかる。
その衝撃を利用して、母自らが弾丸のようになって鳳に突っ込んだ。
魔力の層を突破して、母は鳳の背に掴みかかった。
鳳は不快そうに身をよじる。
けれど、母は手を離さない。
鳳の背中から長い首を伝い、そして頭頂までよじ登ると、垂れた鶏冠にぶら下がった。
その途端、真っ黒だった鳳の鶏冠がほのかに赤みを帯びる。
「熱っ――!」
そう言いながらも、母は鳳の鶏冠を握り締めて離さない。
片手で鶏冠にぶら下がり、もう反対の手で思いっきり鳳の首目掛けて短刀を突き刺す。
弾かれる。
それでも構わず、何度も何度も同じところを突き刺しては弾かれていた。
鳳は微動だにしない。
鶏冠は更に赤みが増し、鶏のように真っ赤になったとき、ぼぼ、と音がした。
鶏冠に触れる母の服が発火していた。
それでもかまわず、母は短刀を振り続けた。
鶏冠を握る母の手は、すでに真っ黒になっている。
痛くないはずがない。
きっと痛覚を遮断しているのだ。
そうまでして鳳を引き付けようとしている。
私を助けるために。
煩わしくなったのか、鳳がぶんぶんと勢いよくかぶりを振る。
落ちないよう、母が両手でぎゅっと鶏冠にしがみつく。
母の服にさらに引火し、全身が炎に包まれた。
それでも、母はちっとも退く気のない強い目で鳳を見ていた。
さらに鳳は鶏冠を大きくしならせた。
振り向いた鳳と、鶏冠の先にしがみつく母の視線が、かち合う。
と、鳳が口から火の玉を吐いた。
ゴン、と鈍い音がした。
火の玉が直撃した衝撃で、母の手が鶏冠から離れた。
「お母様!!」
私は魔法で母を受け止めようとした。
けれど、鳳の魔力が邪魔をして、母に届かない。
炎に包まれた母が、それでも鳳を凛とした目で睨みつけながら、煙を割って墜ちていく。
私はそれを、見ているだけしかできなかった。
「あ、ああ……」
言葉が出てこない。
動悸がして、呼吸ばかりが荒くなる。
締め付けられるように痛む胸を、震える手で押さえた。
――私がもっと強かったら、こんなことにはならなかったのに!
鳳が悠然と屋上に降り立った。
これから私は、火の玉を受けて死ぬのか、嘴で貫かれて死ぬのか、鋭い鈎爪で切り裂かれるのか。
嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。
一矢報いたいのに、そんな絵面は存在しない。
私はなんて無力なんだろう。
私は鳳を力いっぱい睨めつける。
今さら命乞いしたいとも思わない。
これが、今の私にできる精一杯の抵抗だった。
鳳が羽ばたき、暴風が直撃する。
ものすごい風圧に立っていられなくなって、身を低くした。
目も開けていられない。
飛ばされないようにふんばるのがやっとだ。
そうして耐えていると……、ひときわ大きな突風のあと、風が和らぐ。
不思議に思って目を開けたそのとき、胸から腹にかけて、硬い何かが私に喰い込んだ。
そのまま上に引っ張られて、身体が宙に浮く。
「へ?」
――私、飛んでる。
「ええっ!?」
私の身体に喰い込むこれは、鋭い鈎爪のついた鳳の足。
私がじたばたと暴れると、足指の力が増して内臓を締め付けられる。
苦しい、と思うと同時に、硬化魔法が自然と発動して身体を守ってくれた。
鳳は大きく羽ばたき高度を上げると、風を切る速さで『黒の森』へと引き返した。
次話投稿は 2026/6/21 21:00 です。




