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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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48/61

48.魔法使い、強襲に遭う(2/2)

 (おおとり)だ。


 伝説上の生き物なのに、なぜかそう確信した。


 鶴のように長い首。

 鷲のような太い曲線状の嘴。

 頭上でなびく黒染めの絹のような鶏冠(とさか)


 胴は魔熊(クマ)のように大きく、それ以上に巨大な漆黒の両翼を羽ばたかせ、目玉がぎょろりと私だけを捉えている。


 城内に戻らないと!


 それなのに、恐怖のあまり足が震えて走れない。

 鳳から目を離すこともできず、ゆっくりゆっくり、扉に向かって後ずさる。


 鳳は突如、嘴をあんぐりと大きく開けると、口から火の玉を吐いた。

 火の玉は目にも留まらぬ速さで私の脇を掠め、後ろにあった扉に直撃した。


 ドン! と激しい音がした――けれど、扉も周囲も無事だ。

 『賢者の遺物』だけあって、堅固な防御魔法が騰蛇(とうだ)城全体にかけられているのだ。


 でも火の玉の核が轟々と燃え盛り、扉に近寄れない。


 ……この炎は、怖い。

 触れてはいけない、と直感が告げている。


 消火したいのに、上手く魔力を練ることができない。

 鳳の魔力が私の魔力を妨害している。


『弓兵、魔法兵!』


 父の指揮が聞こえる。

 一斉に上空に向かって矢と魔法が放たれた。


 矢は、鳳よりも一度高く飛んでから、鳳の上に放物線状に落ちてくる。

 魔法は直線的な軌道で鳳を狙う。


 けれど、いずれも鳳に届くことはなかった。


 鳳の周りに厚い魔力の層があって、そこが衝撃を吸収してしまっている。


 鳳は気まぐれのように大きく羽ばたいた。

 するとキラキラとした光の粒が下に落ちていく。

 流れ星みたいなそれに見惚れていると、突如、光が膨張してドカンと弾けた。


 爆弾だった。


 地鳴りと共に、ぶつん、と通信魔法が途切れる。


「お父様っ!」


 爆弾の煙が下階を覆う。


 みんな無事だろうか? 


 早く助けに行かないといけないのに――鳳の視線が私を捉えて離さない。

 私も、目を離せない。

 離した瞬間、きっと殺される。


 その鳳の後ろに、人影が見えた。

 一筋の煙を引き連れて、下階から跳んできたその人は、母だった。


「シヅ!」


 怒号のような呼び声と共に、母は手を突き出す。

 すると、鳳に向かって一直線に砲撃魔法が放たれ、鳳の翼に穴を開けた。

 ……けれど、新しい羽に生え変わるようにして、すぐに塞がっていった。


 さらには、鳳を守る魔力の層が、一段と厚みを増す。


「はあ!?」


 不服そうな母の声が直接私の耳に届いた。

 そして今度は鳳の胴を目掛けて三発、砲弾を放つ。

 けれど三発とも、途中で軌道がぐにゃりと曲がって、母のほうへと舞い戻っていく。


「ああ、もう!」


 母は空中で砲弾を躱し、砲弾同士がぶつかる。

 その衝撃を利用して、母自らが弾丸のようになって鳳に突っ込んだ。


 魔力の層を突破して、母は鳳の背に掴みかかった。


 鳳は不快そうに身をよじる。

 けれど、母は手を離さない。

 鳳の背中から長い首を伝い、そして頭頂までよじ登ると、垂れた鶏冠にぶら下がった。


 その途端、真っ黒だった鳳の鶏冠がほのかに赤みを帯びる。


「熱っ――!」


 そう言いながらも、母は鳳の鶏冠を握り締めて離さない。

 片手で鶏冠にぶら下がり、もう反対の手で思いっきり鳳の首目掛けて短刀を突き刺す。

 弾かれる。

 それでも構わず、何度も何度も同じところを突き刺しては弾かれていた。


 鳳は微動だにしない。


 鶏冠は更に赤みが増し、鶏のように真っ赤になったとき、ぼぼ、と音がした。

 鶏冠に触れる母の服が発火していた。

 それでもかまわず、母は短刀を振り続けた。


 鶏冠を握る母の手は、すでに真っ黒になっている。

 痛くないはずがない。

 きっと痛覚を遮断しているのだ。


 そうまでして鳳を引き付けようとしている。

 私を助けるために。


 煩わしくなったのか、鳳がぶんぶんと勢いよくかぶりを振る。

 落ちないよう、母が両手でぎゅっと鶏冠にしがみつく。

 母の服にさらに引火し、全身が炎に包まれた。


 それでも、母はちっとも退く気のない強い目で鳳を見ていた。


 さらに鳳は鶏冠を大きくしならせた。

 振り向いた鳳と、鶏冠の先にしがみつく母の視線が、かち合う。

 と、鳳が口から火の玉を吐いた。


 ゴン、と鈍い音がした。


 火の玉が直撃した衝撃で、母の手が鶏冠から離れた。


「お母様!!」


 私は魔法で母を受け止めようとした。

 けれど、鳳の魔力が邪魔をして、母に届かない。


 炎に包まれた母が、それでも鳳を凛とした目で睨みつけながら、煙を割って墜ちていく。


 私はそれを、見ているだけしかできなかった。


「あ、ああ……」


 言葉が出てこない。

 動悸がして、呼吸ばかりが荒くなる。

 締め付けられるように痛む胸を、震える手で押さえた。


 ――私がもっと強かったら、こんなことにはならなかったのに!


 鳳が悠然と屋上に降り立った。


 これから私は、火の玉を受けて死ぬのか、嘴で貫かれて死ぬのか、鋭い鈎爪で切り裂かれるのか。

 嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。

 一矢報いたいのに、そんな絵面は存在しない。

 私はなんて無力なんだろう。


 私は鳳を力いっぱい睨めつける。

 今さら命乞いしたいとも思わない。

 これが、今の私にできる精一杯の抵抗だった。


 鳳が羽ばたき、暴風が直撃する。


 ものすごい風圧に立っていられなくなって、身を低くした。

 目も開けていられない。

 飛ばされないようにふんばるのがやっとだ。


 そうして耐えていると……、ひときわ大きな突風のあと、風が和らぐ。


 不思議に思って目を開けたそのとき、胸から腹にかけて、硬い何かが私に喰い込んだ。

 そのまま上に引っ張られて、身体が宙に浮く。


「へ?」


 ――私、飛んでる。


「ええっ!?」


 私の身体に喰い込むこれは、鋭い鈎爪のついた鳳の足。


 私がじたばたと暴れると、足指の力が増して内臓を締め付けられる。

 苦しい、と思うと同時に、硬化魔法が自然と発動して身体を守ってくれた。


 鳳は大きく羽ばたき高度を上げると、風を切る速さで『黒の森』へと引き返した。

次話投稿は 2026/6/21 21:00 です。

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