47.魔法使い、強襲に遭う(1/2)
騰蛇城にやってきて四日目。
私は今日も処置室で魔臓から魔法石を取り出していた。
魔臓はもう、ただの気持ちの悪い物体ではなくなっていた。
ハクト君がコツを教えてくれたこと、否が応でも数をこなすことになって、気付けば他の人たちに大きな後れを取ることなく捌けるようになっていた。
ハクト君にお礼を言うと「首都に戻ったらごはん驕ってねー」と言われたので、それはそれで戦々恐々としている。
お昼過ぎ、魔臓の処理が片付いた私は、騰蛇城の屋上に出てみた。
空はまだ清々しい青さで、通り抜ける風は澄んでいて気持ちがいい。
『黒の森』を見下ろすと――真っ暗になっていた。
騰蛇城の陰が『黒の森』に覆い被さり、昨日見た光る深緑の姿はなく、ただ鬱蒼として気味が悪い。
「あ、シヅちゃん、いたいた」
明るい声で話しかけてくれたのは、ハクト君だ。
私の隣にやって来て、そのとき唐突に吹いた強風に、気持ちよさそうに髪をかき上げる。
「ハクト君? どうしたの?」
「僕もそろそろお使いに出ないといけないから、声掛けとこうって思って」
そういえば、シロウ様からお使いを頼まれてるって言ってたな、と思い出す。
「一人で行くの? 大丈夫?」
「一人だけど、大丈夫。僕の故郷だから」
故郷?
私は首を傾げた。
「ハクト君って騰蛇出身じゃないの?」
「騰蛇からさらに離れてるんだよ」
白陰も騰蛇も首都からすごく遠いと思っていたけれど、上には上がいるんだなあ。
大変だね、と声をかけようとして、引っ込めた。
ハクト君の表情が弾んでいるように見えたから。
「気を付けてね、ハクト君」
私がそう言うと、ハクト君は真面目な顔で私をじっと見つめてきた。
真っ直ぐな眼差しに、思わず身じろぎしてしまう。
「シヅちゃんも気を付けてね? 身を乗り出し過ぎて落っこちたり、強いからって知らない人についていっちゃダメだよ?」
「私を何だと思ってるの!?」
「あはっ、冗談だよ」
またおちょくられた!
ハクト君ったら、まるで私が聞き分けのない子どもみたいなこと言って!
気を取り直して、上機嫌に笑うハクト君に手を振った。
「それじゃあハクト君、行ってらっしゃい!」
「はーい! 行ってきます!」
ハクト君の背中を見送りながら、なんだか不思議な気持ちになった。
魔法士官学校でいつも一緒にいて、たくさんおしゃべりもしたのに、私はハクト君のこと、何も知らなかったな。
シロウ様が後見人になっていることも、出身地も。
改めて振り返ってみれば……、ハクト君って自分の家族のことや身の回りのことを一切口にしなかったなあ、と気付く。
ハクト君の故郷はどんなところ? お父様やお母様はどんな方? 兄弟はいるの?
……何も知らない。
ハクト君のこと、気にならないと言えば嘘になる。
でも、あのハクト君が積極的に話さないのなら、何か事情があるのかもしれない。
きっと詮索するのは良くない。
いつかハクト君のご家族にご挨拶できる日がくればいいな、と思った。
* * *
ハクト君を見送ったあとから、魔物がひっきりなしに来襲した。
私も見張りの一員として屋上で監視を続けた。
父が屋上にも通信魔法を張ってくれたおかげで、私も報告するのはもちろん、現場の声や父の指示を常に聞いていた。
どんなに魔狼や魔犬、魔鳥の大群が来ても、父も兵士たちも苦戦する様子はない。
うまく人員を入れ替えながら、この先の戦闘も継続できそうだ。
ただ、もう日が傾き、『黒の森』の上空は昏い。
これからさらに魔物の数が多くなるはず。
なんとなく不安になる。
この闇から、どんな魔物が這い出てくるのか。
どれほど数が増えるのか。
先が見えないことは、こんなにも怖いんだ。
『白陰子爵、正面から巨大な魔物が!』
報告と同時に、『黒の森』から大きな影が跳び上がった。
その跳躍は、優に人の背丈を越すほど高く、そして速い。
魔物の着地地点にいた重装歩兵が槍を構え――ぽーん、と後ろに放り出された。
父の魔法だった。
着地の瞬間、どしん、と地響きが鳴り、地面がめくり上がっている。
あのまま重装歩兵がいたら、鎧ごと潰されていただろう。
四つ足の巨体が、前足を上げ、首をもたげる。
魔熊だ。
大きい。
重装歩兵と比べて、魔熊の上背は倍近く、身幅は三倍はある。
紫黒の体毛は、濃密な魔力量を物語る。
半端な攻撃では、傷をつけることすら難しいだろう。
屋上にいても本能的に察した。
あれは私が太刀打ちできるものじゃない。
殺される。
そんな魔熊の眼前に飛んで出たのは、父だ。
とん、と静かに着地した父は、迷わず短剣で魔熊を斬りつけた。
けれど、魔熊は微動だにしない。
今度は魔熊が大きな腕を振り被って、父に振り下ろす。
父は横に回避し、同時に伸びた腕を斬り上げた。
父の魔力が込められた短刀は紫色の光を帯びていて、薄暗いなかでも剣筋がはっきり分かる。
私はじっと、父の動きを窺う。
父は決して魔熊の懐に踏み込もうとはしない。
小さな攻撃を重ねるばかり。
まるで、何かを狙っているみたい。
突然、魔熊が大きく身をもたげ、父に覆い被さるように身体を叩きつける。
でも父は魔熊の攻撃をひらりと躱し、低い位置に来た魔熊の脳天に踵落としを喰らわせた。
「ガアッ」と魔熊の悲鳴が響く。
周りの地面が凹み、魔熊の下顎がめり込んだ。
魔熊が立ち上がろうとして、手足が地面を掻く。
上手く力が入っていない。
さっきの一撃で脳震盪を起こしている。
父は体毛が薄い頭への打撃を狙っていたんだ。
こうなると、もう魔熊に勝ち目はない。
父は短刀に一層魔力を込め、紫黒の短刀を魔熊の目に突き刺すと、そこから魔力を流し、心臓と魔臓を破裂させた。
魔熊は一度大きく身体を震わせ、そのまま力なく頽れた。
――すごい。
あんな大きな魔熊を、こんなに素早く倒してしまった。
やっぱり父は強いんだ。
『各員、警戒を続けろ』
通信先の父は、息切れ一つしていなかった。
『おかしいな』
「おかしい?」
思わず父の呟きを拾い上げる。
『今の魔熊は、弱すぎる』
ぞっと悪寒が走った。
父の言葉と、強い魔力の気配に。
『白陰子爵! 森の奥から、巨大な鳥型の魔物が飛来しています!』
探知班の報告に、私は弾かれたように顔を上げた。
大失態だ。
『黒の森』を見張っているべきだったのに、つい父の活躍を凝視して、おまけに、勝利の余韻に浸ってすらいた。
宵色の空と、墨で塗り潰したかのような漆黒の森。
そのあいだを引き裂くように何かが飛んでくる。
突然、両翼を力強くはためかせ空高く飛び上がり――私と同じ目線に降臨した。
そう錯覚するほど、神々しさと禍々しさが溶け合った、美しくも恐ろしい巨大な怪鳥だった。
次話投稿は 2026/6/15 21:00 です。




