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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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46/61

46.魔法使いと騰蛇(4/4)

 騰蛇(とうだ)に来て三日目、私は朝から憂鬱だった。


 今日も処置室での仕事がある。

 それに不満はない。


 ただ、昨日と違って、今日は魔臓から魔法石を取り出す仕事をしなければならない。

 私に魔臓の処理がこなせるかどうか、不安だ。


 いつもなら誰かに助言を求めるのだけれど……、今朝はとてもそんな雰囲気じゃない。


「おい、シロウ」

「なんです、子爵」

「……なんだ昨夜の魔物の数は」

「言ったじゃないですか、一昨日は少ないほうだって」


 相当ひどい状況だったらしい。

 そしてもう一つ、みんながピリピリしている理由も分かっている。

 この朝食を終えたら、シロウ様は旅立ってしまうのだ。


「いやあ、子爵がいたら百人力だなあ。なんて言ったって、私より強いんですから」

「あー、シロウ、それは――」

「いい報告を期待してますね」


 ……いくら父や母がいるとはいえ、私も不安になる。


 朝食に出されたおやきをかじる。

 ……味がしない。

 もそもそとした舌触りが残り、お茶でごくんと流し込んだときだ。


「ただいま戻りましたー」


 ノックと共に、気の抜けた声がした。

 ……この高い声、聞き覚えがあるような?


「どうぞ」というシロウ様の声と共に、食堂の扉が勢いよく開け放たれた。


 予感は的中した。

 ふわふわとした黒い髪も、くりくりとした灰色の丸目も、今日もとても可愛い。


「ハクト君……!?」


 私を見て、ハクト君も目を丸くした。


「あれ? シヅちゃん? なんでこんなところにいるの?」

「私は魔物討伐のお手伝いに来たんだよ」

「へー、大変だね」


 私に尋ねておいて、ハクト君はさして興味なさそうだった。

 間違いなく私の知るハクト君だ。


 そしてなんの断りもなく私の隣の席に座り、そうするのが当たり前みたいに、朝ごはんのおやきに手を伸ばす。


「ハクト君はどうしてここに?」

「どうしてって、ここが僕の実家だもん」


 私は首を捻った。


「でもここ、シロウ様の……」

「そのシロウサマが僕の後見人だもん。だから実質、僕の実家」

「ええ!?」


 そんな偶然ある!?


 というか、ただの後見人の家を実家と言い張るなんて、さすがハクト君は神経図太いなあ……。


 私が固まっているあいだにハクト君は、白陰のみんなと打ち解けて談笑している。

 さすがの人懐っこさ。

 みんなの緊張も少し緩んで、私はまた、おやきをかじる。

 今度は、野菜のシャキシャキとした歯ごたえを感じた。




 * * *




 シロウ様が旅立つ前の、最後の時間。

 父や母がシロウ様から最後の引継ぎを受ける場に、私も同席していた。


 設備や物資に対する不安はない。

 ただ、やっぱり魔物の激化と、『魔物制御装置』の故障がどう影響するか、楽観視はできない。


 父は明らかに苛立っていて、シロウ様に突っかかっていた。


「いつ頃帰ってくる予定でいるんだ?」

「会議自体は夕方には終わるので、早ければ日付が変わる前に帰ってこられると思います」

「今回は欠席したらどうだ?」

「そうもいかないんですよねえ」

「大体、家族会議など、毎月毎月やる必要があるのか」

「私に言われましても……」


 シロウ様は父をいなしながら、人員の調整を行っていた。


 シロウ様がいないあいだ、前線に多く人員を割くようにしていた。

 けれど、そうすると見張りの人員がカツカツらしい。


 そこで、私は迷わず手を挙げた。


「はい! 私、見張りのお手伝いをしたいです!」


 父と母が目を丸くして顔を見合わせる。

 助け船を出してくれたのはシロウ様だ。


「いいんじゃないですか? あくまで手伝いってことで、監視台ではなく、屋上なら足場も悪くないですし、いい勉強になるかと」


 その言葉に、父と母も頷いてくれた。


「ただし、日が落ちたら居館に戻るんだぞ」

「少しでも危険を感じたら城の中に入るのよ」

「はい! お父様、お母様、ありがとうございます!」


 そうして忙しく引継ぎを終え、ついにシロウ様の出発の時間がやってきた。


 馬車までお見送りしようとしてシロウ様から止められる。

 どうやらシロウ様は遠くの馬車まで転移して、そこから本家に行くらしい。

 少しでも時間を節約できるように、だそうだ。


 居館の執務室で身支度を終えたシロウ様が、最後に外套を羽織る。

 深紅のつややかな布地に、百合を模した金色の刺繍。


 その背中はどこからどう見ても、夏炎侯爵家の人だ。

 ……少しだけ、シロウ様が遠く感じる。


「シヅさん」と言ってシロウ様が振り返った。

「見張り、よろしくね」


 シロウ様はいつものように優しく微笑んだ。


 たったそれだけで、嘘みたいにやる気がみなぎってくる!


「はい! もちろんです! シロウ様、お気をつけて」

「ありがとう、シヅさん。行ってくるね」


 シロウ様は父に視線を移す。


「万一の際は信号を。奥の手がありますから」

「……ああ。気を付けて行ってこい」


 シロウ様がにっこりと笑うと、途端に魔力が渦巻く。

 私が一つ瞬きをするあいだに、シロウ様の姿は消えていた。




 * * *



 見張りを担当するまでの時間、私は処置室で魔臓の処理をしていた。


 魔法石を傷つけないように魔臓を裂き、魔法石を一つ残らず回収して洗浄係に回す。


 言葉にすれば簡単なのに、魔臓のどこに魔法石があるのか、本当にすべての魔法石を取り出したのか、一つ一つの確認に時間がかかって、バケツの中がちっとも減らない。

 ほかの人たちはどんどんバケツの中を空にして、次のバケツを持ってくる人もいるのに。


 私が一人焦っていると、向かいに誰かが腰を下ろした。

 顔を上げると――


「ハクト君!」

「手伝えって言われちゃって。一緒にいい?」

「うん!」


 ハクト君は私のバケツから一つ魔臓を掴み上げる。

 魔臓を捌きながら、ずっと喋り倒していた。


「シロウサマったら、帰ってきたばかりの僕を扱き使ってさあ。魔臓の処置のほかにも、書類整理とか、魔力観測とか、お使いとか……。帰ってくるのに四日もかかったんだから、ちょっとくらい労わってほしいよ。

 シロウサマは本家の集まりに行くんでしょ? きっと美味しいもの食べてくるんだろうなー。いいなー」


 ……そんなふうにシロウ様の愚痴を吐きつつも、ハクト君は丁寧かつ慣れた手つきで魔法石を取り出していく。


 ひとしきり愚痴を言い終えてすっきりしたのか、ハクト君はさらに処理のスピードを上げ、次に私が顔を上げたときにはバケツを空にしていた。


「慣れてるんだね?」と思わず聞いた。

「まあね」とハクト君は得意げだ。


 そんなハクト君が、ふと気まぐれのように私の手元を見て、ぎょっとしていた。


「……シヅちゃんって、魔臓の処理、初心者?」

「うん。……よいしょ、っと!」


 魔臓を割くために、両の親指を無理やりねじ込んだ。

 びちゃっと血肉が飛んで、周りを汚す。


「うわ……」と呟いたハクト君の顔が、あーあ、みたいな表情になっている。


「もー、誰か教えてあげればいいのに。……あ、違うな。シロウサマめ、僕が教えろってことか。しょうがないなー」


 ハクト君がため息一つついたあと、私の手を取り、魔臓から私の指を引き抜いた。

 べちゃっと落ちた魔臓を拾い上げ、私の目の前に突き出してくる。


「気持ち悪いかもしれないけど、ちゃんと魔臓の構造を理解しないとダメだよ。

 ほら、魔臓に入るほうの弁があるでしょ。で、こっちが出るほうの弁。出るほうの弁は指入らないでしょ。今みたいに無理矢理入れちゃダメだよ」


「ご、ごめん……」


 私は言われた通りに手を動かし、魔臓を割く。

 すると、ハクト君はまた説明を始めた。


「魔法石が生成される場所は……、これ、この太い血管をなぞるといいよ。大体ここにあるから」


 ハクト君はそう言って、実演しながら教えてくれた。

 さっきは面倒臭そうな顔をしていたのに、今のハクト君はにこやかで、不思議と声音も優しい気がする。


「じゃあ、ほら、最初から一緒にやってみようよ」

「うん!」


 そうしてハクト君の指導の通り、しっかりと魔臓を観察してから手を動かす。

 すると、今までの苦労はなんだったんだろう? というくらい、すんなりと魔法石を取り出すことに成功した。


「ね、できるでしょ?」とハクト君がちょっと得意げに言った。


 達成感と、私にもできたという安堵で、ふっと肩の力が抜ける。

 いつの間にか、必要以上に気を張ってしまっていたことに気付いた。


「ありがとう、ハクト君」


 私の言葉に、ハクト君はきょとんとしていた。

 けれど、悪い気はしなかったみたい。


「どういたしまして」


 いつもの、花の綻ぶような可愛い笑顔が返ってきた。

 こんなに丁寧に教えてもらったんだから、今までの手際の悪さを挽回しないと!

次話投稿は 2026/6/13 21:00 です。

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