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魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


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45/61

45.魔法使いと騰蛇(3/4)

 魔物の群れの周りだけ、まるで空気が淀んでいるかのよう。


 その得体の知れなさに私は息を呑む。


 でも、怖がっている場合じゃない。

 魔物討伐を見学できるチャンスなんだから!


 手のひらをぎゅっと握り締め、無理矢理震えを止める。


 シロウ様が窓越しに前線を指差して言った。


「シヅさん、重装歩兵が見える?」

「はい!」


 頭は兜で、身体は鎧で覆われた人たちが、片手に槍を、片手に巨大な盾を持ち、騰蛇(とうだ)城の前に壁を作った。


「シヅさん、下を見てごらん」


 シロウ様が指を差したほうへ視線を落とすと、騰蛇城のバルコニーのような部分にも多くの兵士が並んでいた。


「あれは弓兵ですか?」

「その通り。それから、ここからは見えないけど、この真下には魔法兵も配備されている」


 大きく揺れ動く原っぱに視線を戻す。

 だんだんと揺れが大きくなり、ちらりちらりと紫色の体毛が見え始めた。

 と、思ったのも束の間、あっという間に若草色を紫色が塗り潰していく。


「魔狼、三十くらいかな」と呟くシロウ様の口調には、どこか余裕があった。


 でも私は、その勢いに気圧されて息を呑む。


 ひと塊になった魔狼の群れは、まるで土砂のよう。

 あんな勢いで突っ込まれたら、いくら武装していても吹っ飛ばされてしまいそう。


 そう思った瞬間、弓兵が一斉に矢を放った。


 矢は見事に土砂の上に降り注ぎ、所々から赤い飛沫が上がる。


 そこでやっと、あれは生き物なんだ、という実感が沸いた。


 勢いが弱まった魔狼たちを、重装歩兵が数人一組となって魔狼一体を取り囲み、確実に突き殺していった。

 魔狼は徐々に数を減らしていく。

 この調子ならもう覆ることはないだろう。


「今回は魔法兵の出番はなかったですね」


 私がそう言うと、シロウ様はにやりと笑った。


「そうでもないよ」


 シロウ様が指差した先に、空を悠然と泳ぐ一匹の魔鷲(ワシ)が見えた。


 次の瞬間、何かが魔鷲を貫く。


 この気配は、魔力だ。

 私の足元よりずっと深く、魔法兵のいる場所から放たれた。


 よく見ると、魔鷲の胸にぽっかり穴が開いている。

 魔法兵が狙撃したんだ。


 魔鷲はしばらく風に流されていたけれど、やがてふらつき、墜落していった。


「あの魔鷲は偵察かな」

「偵察?」

「そう、地上の魔物と連携しているんだ」

「魔物って、そんなことができるんですか!?」

「うん。『黒の森』の魔物くらいだけどね」


 そんな会話をしているうちに、最後の魔狼が串刺しにされ、完全に動かなくなった。


 抜けるような青空には一点の曇りもなく、草木は風に揺れるだけ。


 カーンカーン、と鐘が鳴る。

 掃討完了の鐘だ。


 わあっと歓声が沸き上がる。

 重装歩兵のみんなが肩を組み、弓兵がハイタッチしているのが見える。

 魔法兵の姿はここから見えないけれど、きっと喜び合っているんだろう。


 人間も魔法使いも関係なく笑顔になった光景が眩しい。

 こういうの、なんだかいいなって思った。


「少しは参考になったかな?」

「はい! 解説いただきありがとうございました」

「どういたしまして」


 シロウ様に解説していただけて、本当によかった。

 魔物との戦闘一つとっても、まだまだ私の知らないことだらけ。

 強くなるためにも、もっと現場を知らないと!


「さて、魔物も片付いたし、そろそろ仕事の話をしようか」


 私はハッと我に返る。

 そういえば仕事の話を聞きに来たんだった。

 すっかり忘れていた。


「シヅさん、これをどうぞ」


 手渡されたのは、真っ黒で平べったいひし形の『護石』だ。


「これ、入館証ですか!?」


 騰蛇城には入館証がないと入れない仕組みになっている。

 さらに、入館証ごとに出入りできる場所を細かく設定している。

 一般人が迷い込んだり、未熟な兵士が危険な場所に立ち入ることを防ぐためだ。


「うん。……ただ、仕事場と地上階の出入り口、あとは屋上くらいだけど」

「屋上に出ていいんですか!?」


 幼いとき、屋上に行きたいと何度訴えてもダメだと一蹴されたのに。


「うん、子爵がいいって。シヅさんも大きくなったからね」

「ありがとうございます、シロウ様!」


 入館証を首から下げ、服の上から秘密の宝物みたいに撫でた。


 嬉しい!

 これでみんなの魔物討伐が見学できる!


「さて、それじゃあ仕事場に案内するね」

「はい! お願いします!」


 そうして私はシロウ様の背を追って、騰蛇城を下へ下へと進んで行った。




 * * *




 対魔物戦の最前線である騰蛇城で、私に託された仕事は――魔法石の洗浄だった。


 ……まあ、そうかなって思っていた。

 私はまだ戦力にならないのだから、裏方仕事くらいしか回ってこない。

 みんなと一緒に戦いたかったなあ……。


 いやいや、これも大事なお仕事だもの。

 頑張ろう!


 私は騰蛇城の最下層にある『処置室』の扉を開けた。

 ひんやりとした空気が身を包む。

 一歩踏み出し、中を見て――固まった。


 山のように積み上がっていたのは、魔狼の死体。


 処置室は討伐された魔物が安置される部屋だ。


 シロウ様に言われた通り、嗅覚を遮断していてよかった。

 妙な静けさのなか、苦悶の表情を残した魔狼たちの姿を見て、死の気配を肌で感じて、それだけで鳥肌が立ってしまっている。


「シヅさん、大丈夫?」

「は、はい! 大丈夫です!」


 ……委縮している場合じゃない。

 私は私のやるべきことをやらないと。


 シロウ様が処置室を出たあと、私は早速、洗浄係として作業を開始した。


 魔物の解体係から魔臓を受け取り、魔法石を取り出して、きれいに洗う。

 その中でも、私は魔法石をきれいに洗う作業を任された。

 ……さすがに魔臓を触るのはまだ抵抗があるから、簡単な作業で良かったなと安堵した。


 途中、何度も終わりかけたところで魔物の来襲があり、なかなか休む間もなかった。


 処置室には、腐敗を抑えるための冷却魔法がかかっている。

 けれど私は、汗をダラダラかきながら、でもそれを拭う間も惜しいくらいに、必死で手を動かした。


 ここの作業が滞れば死体が傷み、貴重な食糧が無駄になる。

 適当に洗って魔法石が割れてはいけないし、付着物のせいで魔法石の純度が落ちることだってある。


 魔物討伐のような派手な仕事ではないけれど、ここにいるみんなが騰蛇を、ひいては紅国を支えている。

 私もその一員でありたいと思った。


「シヅ」


 唐突に真上から名前を呼ばれ、肩が跳ねた。


「お父様! どうしてここに?」

「迎えに来た。もうすぐ夕飯だぞ」

「もうそんな時間……!? ありがとうございます」


 残っていたものはほかの人にお任せして、私は父と一緒に騰蛇城を上へ上へと上っていった。


 地上階に辿り着き、父がふと、『黒の森』のほうを振り返った。


「なにか、考え事ですか?」


 父は考え事をするとき、顎鬚を触る癖がある。

 処置室から地上階に来るまで、父は何度も顎鬚を撫でていた。


「どうも妙な気配がする」

「妙な気配? 魔熊(クマ)とか魔豹(ヒョウ)ですか?」


 私がそう尋ねると、父は被りを振った。


「いや、これは『黒の森』にのみ生息する魔物だろうな」

「『黒の森』にのみ生息する魔物……?」


 小さいころ読み聞かせてもらったお伽話を思い出す。


 『黒の森』には、龍と呼ばれる大きな蛇みたいな動物とか、(おおとり)という巨大な鳥とか、特別な魔力を持つ白い虎とか、一万年も生きていて山のように肥大化した亀とか、そういった魔物が存在するといわれている。


 でも所詮はお伽話。

 そんなものは実在しないと思っていた。


 ――それがまさか、存在する?


「シロウなら訳もなく倒せるだろう。だが俺は……、倒せるが、犠牲者も出るだろう。そうなる前に情報収集と事前準備を――」

「お父様」


 私は父の言葉にある引っ掛かりを覚え、思わず父の言葉を遮った。

 今聞くべきではないと分かっているけれど、でも、聞かずにはいられない、決定的な矛盾だった。


「シロウ様って、()()()()()()()()()強いんじゃなかったんですか?」


「あ」と言って、父が硬直した。


 そういえばそう言ったんだった、みたいな顔をしていた。


「シロウ様のほうが、お強いんですよね?」

「……まあ、場合によっては、そうなるときもある」


 本っ当に、負けん気が強いんだから……。


 実はもう、気付いていた。

 父よりシロウ様のほうが魔力がうんと高いこと。


次話投稿は 2026/6/12 21:00 です。

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