表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いと偽装婚約  作者: ぷうまみい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/61

43.魔法使いと騰蛇(1/4)

 朝一にツバキ先輩を送り出し、正午に差し掛かろうとしたところで、ツバキ先輩から伝書魔法が届いた。


 春花州に到着したこと、それから、滞在のお礼がしたためられていた。

 ツバキ先輩の無事に安堵しつつ、私に加えて、父や母はもちろん、マリカやヒョウガ君まで気遣った文面で、ツバキ先輩らしいなあ、と思わず顔がほころんだ。


 ――それが、おおよそ半刻前のこと。


 私はいま、父と母、それから白陰の魔法士官数名と一緒に、幌馬車に乗っていた。


 どこへ向かっているかというと、夏炎州の騰蛇(とうだ)領――魔物戦線の最前線だ。

 父に対して魔法士官の派遣要請があったらしい。


 久しぶりに乗った幌馬車の乗り心地はあまりよくない。

 ツバキ先輩が手配してくださった馬車があまりに快適だったせいで、いつの間にやら身体が贅沢を覚えてしまったみたいだ。

 揺れるし、跳ねるし、――それになにより、血生臭い。


「本当に魔物が多いな」


 父は幌馬車の後ろから外を窺いながら、忌々しげにそう呟く。

 魔狼の群れが幌馬車を追いかけて来ていたけれど、父が切断魔法で一閃した。


「ええ。その上、随分と好戦的だわ」


 母は父に同調しながら、魔物の死体から魔法石を引き寄せる。

 飛んできた魔法石は、幌馬車の後ろに備え付けられたバケツに溜まっていく。


 魔物から取り出したばかりの魔法石は、血や内臓がこびりついている。

 魔法石を生成する魔臓という臓器がそのままゴロンと入っていることもある。


 私はそんな、触るにはちょっと勇気がいるような状態から魔法石を取り出し、無心で洗っていた。

 それくらいしか、私にできることがないのだ。

 私みたいな未熟な魔法使いは、うまく魔物を斃せない。

 だから裏方に回るしかない。


 もちろん、魔法石を洗うのだって立派な仕事だ。

 そう分かってはいても、鼻を突く獣の臭いと鉄錆の臭いに涙が出そうになる。


 やっとの思いでバケツの中身を空にした。

 洗う前はバケツいっぱいあったのに、洗ってみればほとんどが魔臓や血肉で、魔法石は四分の一にも満たなかった。


 そして更に、また血と内臓がいっぱい溜まったバケツが目の前に置かれた。

 取れたて新鮮な内臓は生温かくて、ときどきイタズラのように跳ねては顔に血がかかる。


 内心、ひいっと悲鳴を上げる。


 でも、泣き言を言ったって仕方ない。

 奥歯を食いしばって、手元はあんまり見ないようにして、ひたすら手を動かした。


 その傍ら、確かに魔物の数が多いな、と感じていた。


 騰蛇に行くのは初めてではない。

 こんなに魔法石が溜まったことなんてない。

 その上、まだまだ増えそうだ。


 騰蛇に行くまでの道のりでこれほど魔物が多いのに、騰蛇に着いたらどうなるんだろう? 


 父も母も他のみんなもいるのに、不安でいっぱいだった。




 * * *




「お疲れさまでした、子爵」

「すまん、遅れた」


 そんな声が聞こえて私は目を覚ました。


 途中から父に休むように言われて、幌馬車で横になっていたらそのまま眠ってしまったみたい。


 ひんやりとした空気と、澄んだ虫の声。

 周囲を照らす照明魔法に、羽虫が集まって来ている。


 いつもならもっと早く着くけれど、今日は魔物が多かったせいで到着が遅れたのだろう。


「シヅ、起きたわね。降りるわよ」

「はい、お母様!」


 幌馬車の後部に向かうと、ちょうど荷下ろしの最中だった。

 そのなかに、きれいにした魔法石をまとめていた木箱もあった。


 なんとなくそれをじっと見つめていたら、母の手がそっと私の頭を撫でる。


「よく頑張ったわね」と、労わりの言葉までもらって、私は嬉しくなった。

 ちゃんとお役に立てたんだ。


 跳ねるような気持ちのままに馬車を降りようとして――、外から手を差し伸べられた。


 その方の顔は、ちょうど幌の陰になって見えない。


 でも私には、誰だかすぐに分かった。


 迷わず手を伸ばす。

 触れた瞬間、当たり、と嬉しくなる。


 角ばっていて、ひんやりしていて、大きくて、けれども小さくも感じる、何度も何度も繋いだことのある手。


 私がその手を握り締めると、向こうもぎゅっと強く握ってくれた。

 そして、ぐっと力強く引っ張られた。


 身体が馬車から乗り出す。


 腰まである黒髪と、外套に輝く家紋が見え、艶やかな唇が目に入ったところで、私は跳ねるように馬車を降りて、とん、と両足で着地した。


 正面を真っ直ぐに見上げると、柔らかで甘やかな金の眼差しとかち合った。


「こんばんは、シヅさん」

「こんばんは、シロウ様! お久しぶりです」


 私の『偽装婚約』の相手がそこにいた。




 * * *




 カーン、カーン、と長く響く鐘の音に目を覚ました。


 騰蛇に来て二日目の朝。


 部屋のなかは薄暗い。

 でも、カーテンを開け、窓から外を見上げると、空はもう青く澄んでいて、夜明けはとうに過ぎていた。


 この居館に朝日は差し込まない。

 高い城壁に遮られるからだ。


 身支度を整え食堂に向かうと、すでにみんな、食卓についていた。

 父も母も、一緒にきた白陰の魔法士官たちも、それからシロウ様もだ。


 私に気付いたシロウ様はわざわざ立ち上がって、私の席の椅子を引いて手招きした。


「おはよう、シヅさん。よく眠れた?」

「おはようございます、シロウ様。はい、ぐっすり眠れました」


 私は勧められた席に腰を下ろす。

 と同時に、絶妙なタイミングでシロウ様が椅子を前に滑らせてくれる。


「そう、それは良かった。……ふあぁ……」


 シロウ様が大きなあくびをした。

 金色の目が潤んで、きれい。


「シロウ様は眠れなかったんですか?」

「昨夜も魔物が来ていたからね」


 知らなかった……。

 魔物の襲来があったのなら警報が鳴ったはず。

 すやすや寝ていたなんて恥ずかしい……。


「疲れていたんだから仕方ないよ」


 シロウ様はそう言うけれど、悔しく思った。

 みんなが戦っているところ、間近で見たかったのに!


「しかし、昨日の魔物の来襲、あれが毎日なのか?」


 父が剣呑な様子でシロウ様に尋ねた。

 見渡せば、みんな深刻な顔をしている。


「そうですね、このところはほぼ毎日です。むしろ、昨日は楽なほうですね。数も少なかったですし、魔熊(クマ)魔豹(ヒョウ)も出ませんでしたから」


「あれで……?」と心底具合が悪そうに父が言う。

「あれで」とシロウ様が頷く。


「いや、どう考えてもおかしいだろう。魔物制御装置はどうなってる?」

「壊れてるんですよ」


 シロウ様はまるで当たり前のようにそう言った。


「ええっ!?」「はあ!?」


 私も父もシロウ様以外のみんなが一斉に声を上げる。


 ――騰蛇城は、かつて紅国を興した『建国の賢者』により造られた『賢者の遺物』だ。


 騰蛇城には『魔物制御装置』が組み込まれていて、魔物の巣窟『黒の森』から魔物たちが外に出ないようにしている。

 とはいえ、魔物たちを完全に隔離することは難しいようで、騰蛇城は常に魔物の襲来を受けている。


 ……魔物制御装置が壊れているなら、一体、どれほどの魔物が来るんだろう……?

 私には想像もつかない。


 さすがの父も焦っていた。


「いやお前、そんなこと一言も……!」

「だって、聞かれなかったので」


 シロウ様が美しい笑顔を浮かべてそう言った。


「聞かなくても言うだろ普通!」

「言ったら渋りそうだなと思って」


 父は反論しなかった。

 図星だったのだろう。

 でも、私が父と同じ立場だったら、私も渋ると思う。


「私が留守のあいだ、よろしくお願いしますね、子爵」


 シロウ様はお茶を飲み干すと、生あくびをしながら食堂を出て行ってしまった。


 ――白陰の魔法士官に派遣要請が出た理由。

 それはこの魔物が激化して忙しい時期に、シロウ様が騰蛇城を留守にするからだ。


 こうやって派遣要請を受けて騰蛇城に来たことは、これまで何度もあったけれど……父は頭を抱えていた。

 随分としょぼくれていたので、見かねた母がバシッと勢いよく背を叩いて父に活を入れる。


 一体、父は深夜にどんな光景を見たんだろう?


 でも父は強いもの。

 きっと乗り切れると思う!

 ……たぶん。

次話投稿は 2026/6/5 21:00 です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ