41.魔法使いと白陰領(3/4)
私と父とツバキ先輩の話し合いが終わったときには、すでにマリカもヒョウガ君も帰ったあとだった。
多分気を遣ってくれたんだと思う。
婚約者が来ているから、と。
父とツバキ先輩はもうしばらく話し合うことがあるそうで、自由になった私は、マリカから魔雉をもらったことを思い出した。
あの魔雉、ツバキ先輩に美味しく食べていただかないと!
納屋に入ると、その一角で、魔雉は逆さ吊りにされていた。
魔雉の蹴爪に、梁から伸びたロープがきつく結ばれている。
おそらくマリカがやってくれたんだろう。
魔雉はまだ魔法が効いているのか、それとも頭に血が昇っているのか、一切バタつかず大人しい。
「さて、やりますか」
私は雉の頭をむんずと押さえ、首めがけて思い切り鉈を振った。
「ふんっ!」
ゴッ、と鈍い音がして、魔雉の胴と頭が離れた。
垂れ下がる魔雉の首を片手でぎゅっと掴んで、バケツへ入れる。
ダバダバと血がバケツに入っていく。
ようやく命の危機を察した魔雉が大きく身体をよじらせるけれど、魔法で腕力を強化して負けじと首を握り続ける。
血抜きをしながら、私は猛烈に感動していた。
魔法って、なんて便利なんだろう!
鳥の解体は何度かやったことがあった。
でも、魔法を使って鳥の解体をするのは今日が初めてだ。
さっき首を斬ったとき、魔力で鉈の刃先を強化していたから、いつもより簡単に首が落とせた。
暴れる魔雉を抑え込むのも、筋力強化魔法を使えばちっとも苦じゃない。
多少の返り血は浴びてしまったけれど、作業場の汚れは少なく済んだ。
これから使うお湯だって、魔法で沸かせば一瞬だ。
あとは内臓を出して、これまた魔法で丸焼きなり丸蒸しにしてしまえばいいかなあ。
そんなふうに頭の中で手筈を整えていると、後ろでガタンと音がして、咄嗟に振り返る。
そこにいたのは――
「えっ、ツバキ先輩!?」
ツバキ先輩が顔を真っ青にして、壁に身体を預けて辛うじて立っていた。
どうしたんですか、と口に出す前に思い当たる。
たぶん、屠殺の一部始終を見てしまったんだろう。
ツバキ先輩、魔物の血だって苦手なのに!
「ツバキ先輩、どうしてここに……!」
「夫人が、シヅさんを、お呼びで……」
そう言って大きくふらついたツバキ先輩に、私が駆け寄り手を伸ばすと――ツバキ先輩はびくりと大きく肩を跳ねさせ、その場に崩れ落ちる。
間一髪でツバキ先輩の身体を受け止め、そっと地面に下ろした。
ツバキ先輩は青ざめた顔に玉のような汗を浮かべ、ぐったりと目を瞑っている。
汗を拭おうと手を伸ばして――、ハッとした。
私の手、赤黒い。
そうだった、魔雉の返り血を浴びているんだった……。
道理で、私を見て倒れるはずだ。
でもきっと、それだけじゃない。
帰省の準備に旅の疲れ、父との対峙……いろんなものが溜まっていたんだろうな。
いつまでもこんなところで寝かせておくのは忍びない。
早く休めるところに運ばないと。
せっかくなので筋力強化魔法を使ってから、ツバキ先輩を横抱きにかかえてみた。
軽い! 兎を抱っこしてるみたい!
魔法ってやっぱりすごいなあ。
魔法を使えるようになってよかった。
私でも、こんなふうに役に立てるんだから。
私は父と母に事情を話し、ツバキ先輩には客間を宛がうことになった。
ちなみに、母が私を呼んだのは「おやつができたから」だったそうだ……。
そんなことでツバキ先輩が寝込むことになるなんて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
* * *
「本当に、本当に、醜態をさらしてしまい申し訳ございません……!」
日が段々傾き始め、空が黄色みを帯び始めたころ、目が覚めて状況を把握したツバキ先輩は布団から飛び起き、開口一番こう言った。
「い、いえ。私も来客中に捌いてすみません……」
お互い、頭を下げ合った。
「もう夕刻ですか……」
黄色から赤へと移り変わろうとしている空を見て、ツバキ先輩が言った。
本来なら、ツバキ先輩はとっくに白陰をあとにして、春花領に着いているはずの時間だったのに。
「父が言っていたのですが、今日は無理せず泊まっていってください」
「そんな……ご迷惑では?」
「夜は魔物も多いですし、ツバキ先輩の身に何かあってはいけませんから」
ここで無理をして、もしもツバキ先輩が魔物や『魔狩り』に襲われたり、そうでなくても怪我をしてしまったら、後悔では済まない。
ツバキ先輩も私の気持ちを汲んでくださったのか、困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね。それでは、一晩お世話になります」
「はい! 何もないところですが、ゆっくりしてくださいね」
そうと決まれば、ツバキ先輩には少しでも快適に過ごしていただこう。
そしてできることなら、白陰を好きになってもらいたい。
まずは腕によりをかけて美味しい夕食を作ろう!
「……そういえば、ツバキ先輩の好きな食べ物って何ですか?」
割と一緒にいるのに、好みとか全然知らないな、と気付いたのだ。
「お昼にいただいたお野菜がとても美味しかったので、ぜひ他のものも食べてみたいです」
「はい、ご用意しますね! 逆に、苦手なものってありますか?」
「いいえ、苦手なものは……あっ」
ツバキ先輩が気まずそうに目を逸らす。
「今日だけは、雉肉は遠慮できればと……」
昼間の鋭さはどこへやら、顔を赤らめてそう言うツバキ先輩が、こう言ってはなんだけれど、ちょっと可愛く思えた。
小さく笑うと、ツバキ先輩も恥ずかしそうに小さく笑ってくださった。
次話投稿は 2026/5/29 21:00 です。




