40.魔法使いと白陰領(2/4)
父の執務室の一角、『強さこそ正義』の家訓が見守る応接テーブルで、父と私はツバキ先輩と向き合っていた。
父が私を呼んでる、というから、てっきり父と私の二人きりなのかと思ったのに。
その上、どうしてツバキ先輩と対峙しているの?
そう思っていると、ツバキ先輩はいつものように丁寧に頭を下げた。
つられて私も頭を下げる。
「まず、改めまして、白陰子爵とシヅさんには『偽装婚約』を快諾いただきありがとうございます」
「それはこちらも感謝している。おかげでシヅへの縁談の申し入れはほとんどなくなった」
父の言葉に私は胸を撫で下ろす。
ちゃんと効果があったんだ。
父の負担が軽くなって、本当によかった。
「本日私が参りましたのは『偽装婚約』のご挨拶と、もう一つ、春花侯爵代理として、お願いしたいことがあったからです」
……テーブルに着いたときから思っていたんだけれど、私、この場にいていいんだろうか。
少なくとも、侯爵代理と子爵の話に、私がいる必要なんてないと思うのだけれど。
「魔法石を融通していただきたいのです」
迷っているうちに本題に入ってしまった……。
やっぱり私、いる必要ないんじゃない?
でももう退席できない雰囲気になってしまったから、借りてきた猫みたいに小さくなって耳を傾けることにした。
ツバキ先輩は続ける。
「魔法石の産出は、夏炎州が圧倒しております。春花も夏炎から買い付けているのですが、この度の価格高騰により、魔法工場の経営に支障が出ております」
私はギョッとした。
「そんなに高騰してるんですか?」
こっそり父に聞くと、父もツバキ先輩も、横から口を出したことを咎めることなく頷いた。
「今年は魔物が多いだろう? 魔物を斃せば魔法石は手に入るが、魔物を斃すために魔法石が必要だからな。
その上、『魔狩り』だ。魔法使いが身を守るために魔法石が必要だろう?
夏炎は抜け目ないからな。需要が高まれば当然、価格も吊り上げる」
言われてみれば、高騰する要素しかなかった。
それなのに私、学校の魔法石をあんなに使って魔力解析してしまったのか……。
知らぬ間の贅沢に、背筋がすーっと凍る。
そんな心境の私など置いてけぼりにして、父とツバキ先輩の会話が進んでいく。
「ツバキ殿、残念ながら白陰から春花に魔法石は渡せない。我々も例年以上の魔物掃討に追われている。これがいつまで続くか分からん以上、備蓄を手放すことはできない」
「何も私も、備蓄に手を付けろ、とは申しておりません。この異常なまでの魔物の激化で得た魔法石を分けていただきたいのです」
「ツバキ殿は魔法使いでありながら、魔法石の収支を理解していないのか? 魔物から得る魔法石と魔物を斃す魔法石は良くてトントン、大概は足が出る」
「いえ、存じ上げております。ですがそれは、私のように未熟な魔法使いの話です。魔法使いの精鋭である白陰の皆様が、その収支計算を怠っているとは思えません。今は潤沢な状態かと推察しております」
「それはツバキ殿の推測だろう?」
「ええ、推測です。ただし、十年間の魔物討伐報告書、国庫に納めた魔法石の推移、魔法石の棚卸報告書、この度の情勢悪化による特例措置も、すべて確認したうえでの推測です」
ぐっ、と父の言葉が詰まる。
二人の会話を、私は黙って聞いていた。
命のやり取りこそないけれど、まるで戦場のよう。
こちらに矢が向かってきませんように、と祈るような気持ちでいた。
そして気付く。
父が私をこの場に呼んだのは、私に貴族の戦場を見せたかったからだ、と。
でも、後れを取っているのは父のほうだ。
こんなつもりじゃなかったのに、と思ってそう。
しばらく反論しない父を見て、ツバキ先輩が口を開く。
「シヅさんと私は、表向きには婚約しております。もし白陰に潤沢にある魔法石を、春花に全く融通できないとなると、この婚約の意義に疑問を持つ者が出て参ります。その矛先は私と、そしてシヅさんに向かいます。
先ほどお約束した通り、それはお互い望むところではないと思うのですが、どうでしょう?」
……父は一体、どんな『お約束』をしたんだろう?
ただ、これが父にとって予想外の一撃であることは私にも分かった。
微笑むツバキ先輩に、父は渋い顔を向けていた。
ツバキ先輩に対する感服と、己の不甲斐なさが入り混じった苦々しい表情だった。
「……よかろう。確かに余剰はある。それを幾分か売ろう。夏炎の六掛けでどうだ」
ツバキ先輩の顔がパッと明るくなる。
「白陰子爵のご慈悲に、感謝いたします」
ツバキ先輩はまた頭を下げた。感謝を表するには余りある、深い深いお辞儀だった。
私はまたこっそりと父に聞いた。
「大丈夫なんですか? 魔法石を売ってしまって。魔物、多いんでしょう? しかも六掛けなんて」
「構わん。白陰の魔法石は夏炎の魔法石より質が劣る。気持ち負けた程度だろう」
そうは言っても、魔物から獲れる魔法石は白陰領の財源の一つ。
こんな簡単に渡してしまっていいんだろうか?
「それに、教官まで連れてこられては、な」
教官って、レイさんのこと?
レイさんと魔法石の融通、何か関係があるんだろう?
「どういうことですか?」
私の疑問に答えたのはツバキ先輩だ。
「しばらくレイさんは白陰領に滞在し、また、滞在期間中は白陰領の支援を行うよう依頼しております」
「支援、ですか?」
「ああ。ここ最近の魔物の激化には白陰も手を焼いている。教官の支援は願ったり叶ったりだ」
父が全幅の信頼を寄せている事実。
昨夜、肌で感じたあの研ぎ澄まされた魔力。
レイさんは間違いなく、強い魔法使いだ。
強い人に会えて、とっても嬉しい!
白陰にいるあいだに、手ほどきしてもらいたいな!
興奮する私と違って、父とツバキ先輩は渋い顔をしていた。
「どうせ魔法石はガメていくだろうが、まあ、教官だからな」
「恐れ入ります。このところ鬱憤が溜まっているようでして、暴走する前に手を打たねばと……」
「若いのに苦労しているな、ツバキ君は……」
父とツバキ先輩が、同時に大きなため息をついた。
……一体、レイさんって何者なんだろう?
どこか飄々としていて、父と母の鬼教官で、ものすごい人材らしいのに、すごい問題児みたいな言われよう……。
まあでも、レイさんは強いから、正義だ。
執務室に堂々と掲げられた『強さこそ正義』の文字を見て、そう思うことにした。
次話投稿は 2026/5/24 21:00 です。




