39.魔法使いと白陰領(1/4)
父とツバキ先輩の話し合いが終わったあと、私たちは遅めの昼食をとった。
食事といっても、畑の野菜をもいできて、生のままつまんだだけ。
これ以上ないほど質素なのに美味しかった。
学校では、ご飯に汁物、さらにおかずを食べないと満腹にならなくて不思議に思っていたけれど、白陰で採れた野菜は魔力が多いから満足感があるみたい。
……侯爵令息に丸のままキュウリをかじらせるのは良くない気がするのだけれど、本人が美味しそうに食べているからいいのかな……。
昼食のあと、みんなでゆっくりお茶を飲んでいたら、おもてから馬のいななきが聞こえた。
聞き覚えのあるそれに私は玄関に急ぐ。
「マリカ! どうしたの?」
マリカが愛馬のタエちゃんに乗ってやって来ていた。
体毛が白妙のようだから、タエちゃん。
マリカが小さい時から一緒に育った、小さめの魔馬だ。
「ゆっくりしようと思ってたのに、この子ったら、早く早くって落ち着かなくて」
困ったようにマリカは言うけれど、久しぶりの故郷を乗馬しながら回るのって素敵だなあ、って思った。
「あと、さっき取れた魔雉なんだけど、お父様が持って行きなさいって。納屋に吊るしておいていい?」
マリカの指差す先、タエちゃんの後ろの荷台に麻袋が載っている。
生きているのにピクリとも動かない。
「ありがとう! 私がやるよ」
「大丈夫よ。慣れてるし、まだしばらく魔法で大人しいでしょうし」
タエちゃんからぴょんと飛び降りて、マリカが麻袋を持ち上げようとしたときだ。
パカラ、パカラ、と爪音が聞こえ、私もマリカも振り返った。
タエちゃんの二回りくらい大きく、筋肉質で、闇夜のように真っ黒な体躯の魔馬が、こちらに近付いていた。
その背に乗る人物は、魔馬とは対照的に白くて小さい。
「シヅ姉さま! マリカ姉さま!」
まだあどけなさが残る声に名前を呼ばれ、私たちも声を上げた。
「ヒョウガ君!」「ヒョウガ!」
冬雪侯爵家の嫡男、ヒョウガ君。
私たちにとってはかけがえのない弟みたいな存在だ。
ヒョウガ君は魔馬から丁寧に降りると、私たちに駆け寄ってきた。
「お久しぶりです。シヅ姉さまもマリカ姉さまも、お元気そうでよかった!」
真夏の日差しを反射して、冬雪侯爵家の象徴である銀の髪と虹彩がキラキラと輝く。
儚げな雰囲気とは対照的に、その笑顔は明るい。
再会の喜びが伝わってきて、私も嬉しくなった。
「ヒョウガも元気そうでなによりね」
「ヒョウガ君、また大きくなったね!」
少し見ないうちに、顔立ちがお兄さんになった気がする。
とはいえ、身長はまだ私の胸くらい。
私はいつものように、ヒョウガ君の頭のてっぺんを撫でた。
「もう! 子ども扱いしないでください!」
そう言って恥ずかしそうにしつつも、撫でられるがまま、手を払おうとする気配はない。
ただ、いつもより湿っぽい目でじっと見つめられることに気付き、私は手を止めた。
「どうしたの?」
「シヅ姉さま、その簪は春花侯爵家のものでしょう?」
「あ……。うん、そうだよ、よく知ってるね」
「婚約したって聞きました」
ヒョウガ君は背筋を伸ばし、深く礼をした。
「婚約おめでとうございます、シヅ姉さま、マリカ姉さま」
そう言ったあと、ヒョウガ君はしょぼんと俯き、上目遣いで私たちを捉えて呟いた。
「でも、ちょっとさびしいな」
甘えん坊な姿を見ると、大きくなってもまだまだ子どもだなあって安心する。
ああ、可愛い。本当に可愛い。
こんな弟がいたらよかったのになあ。
ほんわかした気持ちになって、もう一度ヒョウガ君の頭を撫でようと手を伸ばし――
「慕われていますね、シヅさん」
「ツバキ先輩!」
ツバキ先輩がすぐ後ろにいて、私は慌てて直立姿勢になる。
ツバキ先輩はいつもと変わらない穏やかな声と表情で、ヒョウガ君に向き合った。
「お初にお目にかかります、春花侯爵家三男のツバキと申します」
ツバキ先輩は相変わらず優雅で品のある礼を披露したあと、膝を曲げて屈みこみ、ヒョウガ君と目線を合わせる。
「冬雪侯爵家ご長男のヒョウガ様とお見受けします。どうぞお見知りおきください」
「いかにも、冬雪侯爵家嫡男、ヒョウガと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ヒョウガ君も負けじと礼をした。
やっぱり侯爵家だけあって、所作が洗練されている。
急にこの場が、貴族の社交場みたいになる。
挨拶をしてすぐ、ツバキ先輩は立ち上がり、ちらと私に視線を向けた。
「ご歓談中のところ申し訳ございません。白陰子爵がシヅさんをお呼びでしたので……」
「父が? 分かりました、すぐ行きます!」
ツバキ先輩にそう返事をして、ヒョウガ君に向き合った。
突然のことで目を丸くしている。
その顔もとてもとても愛らしい。
「ごめんね、ヒョウガ君。また今度ね!」
「はい、また今度……」
ヒョウガ君の元気のない声にしっかりと頷いてから、私は父の元へと急いだ。
次話投稿は 2026/5/20 21:00 です。




